高橋維新の「R-1ぐらんぷり2019」ネタ全批評
メディアゴン / 2019年3月17日 7時30分
高橋維新[コラムニスト]
***
3月10日にフジテレビ系列で放送された「R-1ぐらんぷり2019」。
筆者がこれまで何度も同じことを言っていますが、R-1はあくまで「ネタのおもしろさを競う大会」です。そして、「ネタ」という手法は、笑いを生み出す手法としてはさほど優秀ではありません。基本的には台本がガチガチに固められたものなので、アドリブの意外な展開や、天然ボケのおもしろさには決して敵いません。
まして、R-1における審査対象は演者を自分1人しか使えないピン芸です。2人以上の演者が使える漫才やコントと較べても、できることは大幅に制約されます。筆者は「一番おもしろいものとは何か」をずっと探求していますが、R-1を含めたネタや賞レースの中ではそれは見つからないということだけははっきりしているのです。
もちろん、R-1やネタという手法にに存在価値がないわけではありません。R-1みたいな賞レースやそこで競われているネタの存在価値は主に3つです。
(1)「一番おもしろいもの」ではないにしても、それが好きな人は(少なくとも商業的に成り立つ規模で)存在するので、その人たちに向けてやればお金が儲かる
(2)芸人が自分の芸や実力をトレーニングする材料になる
(3)芸人の実力をクリエイターが見極める機会になる
これは、Jリーグで例えると分かりやすいことに最近気が付きました。Jリーグは、世界最高峰のサッカーが展開されているわけではありません。それでも、Jリーグに存在価値がないということにはなりません。
(1)ファンは商業が成り立つ規模で存在するうえに、(2)選手がJリーグで試合に出ることで自分の実力を磨けて(そして、磨き続ければいずれは世界最高峰の舞台に行ける)、(3)Jリーグでのパフォーマンスを通して選手の力量をスカウトたちが品評することができます。そういうことです。
逆に言うと、ネタにも賞レースにもそういう存在価値しかありません。あくまで「一番おもしろいもの」を作り上げていく過程でのファームに過ぎないので、ここで最高峰の笑いが展開されているというような宣伝広告は羊頭狗肉が過ぎます。もっとはっきりと言えば、嘘です。
作り手も受け手(視聴者)もそういう自覚を持ったうえでネタの品評に臨みましょう。
なぜ視聴者にまでその自覚を要求するかと言えば、今年のスタジオの観覧客の笑い声がかなりうるさかったからです(これは、色々な人が指摘していることですが)。特に笑いどころでもないところ(前フリやネタ冒頭の設定の説明の段階)で笑い声が入ったり、拍手や歓声がかなりの頻度で(それも大音量で)巻き起こったりして、ネタへの没入を阻害してきました。
エンタの神様や通販番組の客みたいで、不自然なんですよね。生放送のはずなので、後から足した笑い声ではないと思います(と思いたいです)が、もっと静かなお客さんで固めた方がいいと思います。
枕はこれぐらいにして、各ネタの寸評に移ります。
<1:チョコレートプラネット・松尾>
松尾が最近テレビでよく披露するIKKOのモノマネ芸でした。松尾扮するIKKOが、一休さんがとんちで対抗した「虎を屏風から出してくれ」という要求に挑むというネタです。
全体的に、IKKOの普段の言動をよく知らないとあまりピンと来ない感じがしました(なので、ものすごくウケている客席に早くも違和感を覚えました)。モノマネのネタとして切り取っている部分がそれほどおもしろくない(=それ自体でズレを生んでいるわけではない)からです。
松尾のモノマネはかなり似てはいるのですが、こすりすぎなのでムチャクチャ似ているだけでおもしろい段階はとうに通り過ぎています。もっと、それ自体でズレを生んでいるIKKO本人のおもしろいシーン(その場でツッコミを入れれば笑いが起きるようなIKKOの言動)を切り取ることを意識した方がいいでしょう。 あと、声を張らない時のしゃべりはあんまり似てないと思います。そこも改善した方がいいですね。
<2:クロスバー直撃・前野悠介>
「2つの壁と壁の間を通った者が何かを当てるクイズ」というネタでした。最初のボケは「焼きそばに見えるものが実は皿に盛った輪ゴムだった」というものだったのですが、このテイストのボケはこの一発目だけで、あとは自作の珍妙な小道具の紹介に終始していました。
この小道具はいずれもかなりトリッキーなものだったので、ネタの好みはハッキリ別れるかと思います。トリッキーさにツッコミが入ればそれなりにオーソドックスな笑いはとれるのですが、ピン芸なのでそれは無理か・・・(自分のボケに自分でツッコんでもおもしろくない、というのは笑いの鉄則です)と思っていたら最後の最後にこの小道具をメルカリで出品した際に他のメルカリ利用者から入ったツッコミが紹介されていました。
ただ、オーソドックスな笑いをとりにいく場合、小道具がトリッキーすぎるゆえにツッコミが「なんやねんそれは」みたいなワンパターンなものになってしまうので、袋小路に追い詰められたネタだと思います。
個人的には、一番最初の「焼きそばに見えるけど実は輪ゴム」というテイストのボケが一番好きです。私はこのテイストでネタ全体を固めて欲しいですが、本人としては小道具を出したいんでしょうねえ。難しいですねえ。
<3:こがけん>
「歌が上手くなるマイクを買ったはずなのに、このマイクを通すとどんな音楽でも80年代洋楽風に歌わされてしまう」という設定のネタです。
根本的な問題として、こがけん自体の歌がもうちょっと上手くならないと説得力に欠けると思いました。あと、どうせならもっと伏線を張り巡らして、「ある曲での歌わされ方を別の曲でもしつこく出す」、みたいなクダリを入れて欲しかったです。ただまあ歌が全部英語になってしまうので、印象的なフレーズにしていかないと「さっきの歌でも出てきたやつだ」ってなかなか気付いてもらえないと思いますが。
<4:セルライトスパ・大須賀>
寝入った乳児の娘を抱いているという設定の下、ささやき声で世の中のおかしな点にツッコミを入れていくというネタです。つぶやきシローのネタに似てますね。
一つ一つのツッコミに共感できるか、それがささやき声という設定とマッチするかがキモになってきますが、ここは完全に個人差があるので云々しません。 ただ一つ一つのツッコミがぶつ切りでただの足し算のネタになっていました。事前に台本を考えるからにはこの時点で満足せず、天丼みたいな伏線を随所に入れ込んで欲しいんですよねえ。
<5:おいでやす小田>
「金持ちになったけど金持ちの風習に馴染めない人」を演じつつ金持ちのおかしなところにツッコミを入れていく構造のネタです。成金を皮肉りたかったのかどうかは分かりませんが、構造は(4)大須賀と一緒なので、コメントも同じです。事前に台本を考えるからにはもっと練って、天丼みたいな伏線を随所に入れ込んでください。
<6:霜降り明星・粗品>
去年のR-1決勝で披露したものと完全に同じテイストのフリップ芸でした。フリップに描かれたボケに粗品が一つ一つツッコミを入れていくという構造です。
一つ一つに共感できるかはやっぱり好みの問題なので、そこは何もコメントしません。ただ去年も指摘した「フリップの絵が下手」という問題点が改善されていません。部分的に上手い所もありましたが、かえって下手な絵とのギャップが気になってネタに集中できませんでした。外注するなら全部外注する、という一貫性が大事だと思います。
それから、粗品は衣装としてパジャマを着ており、最初に「夢って……なんか変ですよね」と言ってからネタを始めるのですが、その設定フリとその後のネタの展開との関連性がよく分かりません。フリップに描いてあることは全部夢で見た内容だということなんでしょうか(そうだとしたら、オーソドックスなボケばっかりだったのであんまり夢のカオスさが出ていないと思いました)。
やはり、(4)大須賀、(5)小田と同じで、事前に台本を考えるかにはもっと内容を練って、前後に関連した似たようなのを入れ込むとか、天丼とかをもっと意識してください。ボケフリップ→粗品のツッコミ→それを受けて改善されたけどきちんとツッコミが反映されていないボケフリップ→「そういうことじゃないねん」みたいなツッコミをもう1回入れる、みたいなのが一番いいです。時間差を入れるとなおいいです。
例えば(あくまでも「例えば」ですが)今回のネタだと「31というメガネをかけた人」のフリップに粗品が「それ平成でやらんねん。西暦でやるねん」という趣旨のツッコミを入れていました。これをこのワンストロークで終わらせずに、何個か別のフリップを挟んだ後に「2019」の「19」部分をメガネにしている人のフリップを入れる、とかいったことは考えられます。このフリップに対しては、「西暦になったけども!」「真ん中の数字にせいや!」というツッコミを入れるんです(しつこいようですが、全く例えばの話です)。
違うボケの端っこにこの31メガネの人を再登場させる、みたいなのもあり得るかと思います。そもそも、こういう重層的な構造を入れやすいかどうかでボケフリップの内容も考えていくべきなのです。たまにフリップに折り畳まれている部分があったりして、重層的なボケもなくはなかったのですが、不十分です。時間差のあるような重なりはありませんでした。
<7:ルシファー吉岡>
教師役の吉岡が生徒に語り掛けるという設定はおととし本人が披露したネタと一緒でした。吉岡の演技は堂に入っているとは思いますが、やっぱり「このコントは一人でやるのが最良の方法なのか」ということは疑問に思わざるを得ませんでした。生徒役がいた方が、分かりやすくないですか? 生徒役を捜索・選考する手間、ネタ合わせをする手間をサボっているだけではないですか?
1人でやった方がおもしろいという結論に達するまで、とことん自問自答して考えてみましたか? 少しフォローすると、個人的には「女子高生は、朝みんなに会った時に、『おはよー』って言ってきます」という台詞が今年のR-1で一番おもしろかった瞬間でした。
<8:マツモトクラブ>
この人がいつもやる「録音と会話する」体のネタです。人間が嘘をつくと吠えるイヌを連れている友人と行き会ったという設定でした。
本人が演じる人物は見栄を張って嘘をつくせいでイヌに吠えられまくるのですが、後半には吠えないパターンという裏切りを入れてくるのも流石です。 オチは「そんな気分じゃなくなったよ」に吠えさせてもいいとは思いましたが、好みの問題です。
<9:だーりんず・松本りんす>
かぶったカツラをとったり戻したりしてハゲが見えそうになるヒヤヒヤ感を楽しむネタです。同じ事務所のアキラ100%のネタと似ています。股間と違って見えてもいいものなのでいっそハゲを見せちゃった方が大きな笑いが起きるのではないかとも思いましたが、松本本人が男前なので引かれるような気もします(本人は、色々試したうえで今のスタイルにしているのだとは思います)。
あと、見せちゃうとそれ以上の展開がなくなってしまうので、それをやるとネタ自体がすりつぶされてしまうという危惧もあるのかもしれません。
<10:河邑ミク>
大阪のおかしなところにツッコミを入れるやすともみたいなネタです。多分、ツッコミの一つ一つはレベルの高いものが揃っていると思います。河邑本人も大阪出身らしいのでやすともと同じく地元民による自虐の構造にはなっているのですが、ネタでは標準語でしゃべっているし「大阪に引っ越していく」という設定から始まるので、地元民だということは伝わってきません。
少し、嫌な感じが出てしまうのは問題だと思います。イジりイジられの文化がある大阪をイジっているからこそ、それでもギリギリ成立しているような気もします。「ノリツッコミって言うんだって」は今年のR-1の中で2番目におもしろかったです。
<11:三浦マイルド>
広島弁でボケていくフリップ芸です。(4)大須賀、(5)小田、(6)粗品と一緒で、もっと伏線を張り巡らせて練った複雑な台本を作ってください。東南アジアに行った校長先生は2回登場しましたが、あれだけでは不十分です。
<12:岡野陽一>
鶏肉を生前よろしく風船で飛ばそうとする狂気的な人物のコントです。もともとこういうテイストのネタが得意な人だとは思いますが、ピンになってからの方が生き生きしている感じはします。ただ、狂気を出したいんだったら足りないとは思います。
鶏肉→生前は飛んでいた→だから飛ばそうとする という思考の因果律ははっきりしていて論理的ですからね。本当の狂気においては、この因果律が破綻していて論理的に成り立っていないはずです。それはもう、おもしろいという範疇を超えてしまう可能性はありますが。
以下、ファイナルステージの寸評です。
<1:セルライトスパ・大須賀>
設定は変えてきましたが、「声を出せない状況でささやき声でツッコミを入れる」という基本線は1本目と同じでした。1本目でウケた下敷きのクダリをもう1回入れてきたことは流石ですが、もっとこの手の時間差の伏線を張り巡らせてください。
<2:霜降り明星・粗品>
1本目と同じテイストのネタだったのでコメントも一緒です。 コナンやバンクシーの絵だけ上手いのが不思議ですね。絵を何枚も描くうちに「誰かが描いた絵の模写」だけは上手くなったんでしょうかね。他方で、「誰かが描いた絵の模写」ではない場合はまだまだヘタです。海の絵とかは棒人間だらけだったので悲しくなってきました。あそこは1人1人ちゃんと描いた方が確実におもしろくなります。
それと、フリップを床に捨てるのではなく用意した机に置いていたところは物を大事にしている感じが伝わってきて好感が持てました。
<3:だーりんず・松本りんす>
この人も1本目とやっていることは一緒でした。特に追加で言うことはありません。
最後に「総評」です。
優勝は「霜降り明星・粗品」でした。決勝では大須賀が同数の審査員票を獲得していたので文句なしの優勝という感じではありませんでしたが、それでもみんなM-1優勝という肩書に騙されている気もします。もちろん、芸人はそういう肩書も実力のうちなので、それを言っても始まらないですね。
顔や名前が売れていたり世間に広く浸透している肩書やキャラクターがあったりする人はそれをフリとして使える分、有利なのです。
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