倉本聰が描く「湾岸テレビ」に対する強烈な怒り
メディアゴン / 2019年4月23日 7時40分
高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]
***
4月11日放送のテレビ朝日「やすらぎの刻~道」は、倉本聰の強烈な架空のテレビ局・湾岸テレビへの「怒り」を感じた。
もちろん、ドラマはフィクションである。それを頭に入れて見るのが作法である。だが、4月11日の放送では、作者である倉本聰自身の止めても止まらぬ怒りが奔流のように溢れ出たと思えるものであった。
「高級老人ホーム『やすらぎの郷』に住む脚本家・菊村栄(石坂浩二)は、『心に思い浮かぶ何らかの道こそが人間の原点だ』という思いを込めて脚本を書き上げた。プロデューサーもディレクターも、放送決定の権限を持つ上層部の編成局も、このシナリオを絶賛した」
筆者の経験では、ドラマは通常、プロデューサーと脚本家が組み、編成局に企画、シノプシス(あらすじ)、キャスティングなどの案を最初に提出する。この段階ではロケハンや資料集めがすでに行われ、何らかの出費があるが、それは、プロデューサーが捻出する。
その企画が編成局内で認められると作品は放送されることがほぼ決定し、脚本家はシナリオの執筆を始める。最初から脚本ができあがっているというのは作者の思い入れが大変強いことを意味する。
「脚本家・菊村栄が満蒙開拓団をテーマに書いた終戦記念特別番組『機の音』(3時間以上のものと推定される)は、ベテラン女優・白川冴子(浅丘ルリ子)、水谷マヤ(加賀まりこ)を主演にした姉妹の話であった。菊村は、湾岸テレビの求めに応じて、改訂稿も書いて提出した。そこに、プロデューサーの財前(柳葉敏郎)から電話が来る。それは、中国へのロケハンの誘いであった。菊村はいよいよドラマが始動したと感じる」
番組放送の決定権を持つ編成局は、かつて、ひとりひとりの編成マンの個性がぶつかりあって火花を散らす一匹狼の集団であった。だが、最近は番組決定にあたって多数決が採用される事が多いと聞く。だから、平均点や、それ以下の似たような番組ばかりになる。菊村の作品が全員賛成というのは実は、危なさを抱えていたとも思える。
「ロケハンのスケジュールが迫っても、財前からの連絡がない。訝しがっている菊村のところとんでもない知らせが白川冴子と水谷マヤからもたらされる。菊村のシナリオがボツになったというのである。理由は『暗すぎる』というものであった。湾岸テレビでは菊村の作品に代わる特番『李香蘭物語』の制作ががすでに進行していた。信頼するプロデューサーの財前は、あろうことか菊村に何も告げることなく『李香蘭物語』のために中国に出張していた」
菊村の作品のかわりに採用されたのが『李香蘭物語』というのは、倉本の強烈な皮肉のように思える。最初に持ち込まれた本作の企画を蹴ったフジテレビは1989年12月『さよなら李香蘭』を放送している。演出は藤田明二。制作会社テレパック、フジテレビ傘下の共同テレビを経てテレビ朝日に移籍、現在は「やすらぎの刻~道」も演出している。
「菊村の作品『機の音』が没になったのは『暗いから』が理由ではなかった。大手広告代理店が白川冴子と水谷マヤでは視聴率が取れないと大反対したからであった。白川と水谷など、若い人は誰も知らない古い女優だ。視聴率が取れないのは明らかでスポンサーも反対している。『李香蘭物語』には、宝塚出身の人気女優をあてる」
どの俳優が、タレントが、芸人が、視聴率を取れるかについて電通、博報堂、テレビ局などは、膨大な統計資料を持っている。だが、この統計の妥当性をきちんと判断できる、エンターテインメントにも精通した、統計の専門家は果たして存在しているのだろうか。
菊村は真実を聞くために編成局に乗り込んだ。編成局長と部長と担当者が揃って菊村に謝った。だが怒りは収まろうはずもない。菊村は激昂する気持ちを抑えながら言う。
『あなたがたは私のホンを本当に読んだのか』
『なぜ我々に内緒で別の企画が進行するのか』
『卑劣以外の何ものでもないですか』
『高年齢の視聴者は見るものがなくてうんざりしています』
『白川と水谷がもう古い女優だと、あなた方の口から直接言ってやりなさい』
菊村は、自分の時代自体が侮辱されたと感じた。
倉本聰なら、倉本聰だから、テレビ局にこうした怒りを発することができるのだろうという感想をつい持ってしまう。テレビの世界で40年も仕事をしてきた筆者が、情けないということであろう。
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