NHK「AI美空ひばり」はこれからのAI技術のお手本だ
メディアゴン / 2019年11月6日 7時30分
宮室信洋(メディア評論家)
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2019年9月29日放送のNHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」という番組が話題を呼んだ。
これはAIの技術により美空ひばりの歌声を再現しようというものだ。既存の曲であれば過去のVTRを観ればいいわけだが、これはAI技術により、美空ひばりが過去に歌ったことのない新曲を歌わせようというものだった。その新曲の製作には秋元康らが携わった。
この記事では、その試みがどのような現代的意義を帯びているかを解説したい。ただ、この番組には否定の声もあったようだ。その大きなものは死者の扱いに関してのものだ。ただし、この記事では、そのような倫理的側面について扱うものではない。
このAI技術は、美空ひばりの声を元に、新曲を美空ひばりが歌えばどう歌うかをシミュレートするものだ。当初は機械的だと否定されながらの試作であったが、ブレ幅を大きくしながら、美空ひばりの生の歌声の魅力を再現していった。「シミュレーション」とは、人文・社会科学の領域では、消費社会論で著名なジャン・ボードリヤールの用語として知られている。「シミュレーション」とは、簡易に言えば、本物・偽物の区別がない(偽)物ということだ。この技術によって、歌手としての美空ひばりは現代に蘇り、再び新たな曲を歌うことができる。
そこにおいて、秋元康のプロデュースは素晴らしいものだった。新曲は「あれから」というタイトルで、歌詞は「あれからどうしていましたか? 私も歳をとりました 今でも昔の歌を 気づくと口ずさんでいます」というもの。また台詞も用意されていた。「お久しぶりです。あなたのことをずっと見ていましたよ 頑張りましたね さぁ 私の分までまだまだ頑張って」。美空ひばりが亡くなった後も歳を重ね、まるで生きていたのかのような、いや亡くなっているけど近くでみてくれていたような、それはどちらでもよいのだが、美空ひばりがこれまで生きてきた私達に久しぶりに再会するような歌詞であった。
[参考]NHKスペシャル「AIに聞いてみたどうすんのよ!?ニッポン」の酷いミスリード
美空ひばりの息子である加藤和也もこの企画にもちろん関わっており、その完成を観て涙していた。同じくこの企画に携わった秋元康、天童よしみらも涙していたが、この台詞は、息子である加藤和也にこそ響くものだったのは間違いない。とはいえ、日本国民すべてに語りかけていたといっても過言ではなく、美空ひばりが神として再臨した感すらあるものだった。歌詞の最後は「振りむけば幸せな時代でしたね」と締めくくられる。日本はとりわけバブルで栄華を極めた国だ。昭和のスターがともに平成を私達と同じ視線で振り返り、語りかける。昭和世代の国民に、とりわけ響く言葉だったろう。
AI美空ひばりの出来は素晴らしく、美空ひばりが歌うからこそあらゆる曲が感動的な曲となる。しかし、今後もAI美空ひばりは新曲を発表していくのだろうか。AI美空ひばりが次々と日常的に新曲を発表するのは、やはり違和感があるだろう。それは生死の一回性を無にする虚しさに由来するものだろう。魂が実在するかはともかく、そこには魂のなさがどうしても障害となるだろう。哲学者ヴァルター・ベンヤミンは、伝統(本物さ)と一回性に基づくものを指して「アウラ」の存在を指摘した。現代の大量生産されるものは伝統(本物さ)と一回性を失っている(「アウラの喪失」)ということである。生の倫理性や魂の話は厄介であるが、伝統(本物さ)と一回性のなさをAI美空ひばりの通常的活動に対し、指摘することは可能である。
ただ、今回のように一回だけ実験的に美空ひばりを蘇らせるということは受け入れ可能だろう。紅白歌合戦への1度だけの出演もいいだろう。情報技術(IT)は、今後も現実社会に夢を与えてくれるものとして活躍する。本物だと言えるものがなくなってしまったシミュレーション社会で本物を求めることも大切だが、そのような社会だからこそ、本物とは言えないのかもしれないけども本物だと思うということも大切だ。社会学者の宮台真司はこれを<虚構の現実化>と呼び、一面的であるともいえるが必要なものとして肯定している。
AI美空ひばりを日常化して凡庸化しても価値を喪ってしまうが、時折蘇るものとして活用することはこれからの情報技術(IT)のまさしく活用法である。息子加藤和也にとってそうであったように、ITやAIによって、身近な死者を蘇らせる手段としては今後日常的に(それこそ頻繁ではいけないが)使用されるだろう。
死者が還る儀式は日本ではお盆として日常的に知られている。それがITやAIによってよりリアルに行われる日も来るだろう。宗教儀式がITやAIの技術によってリアルなイベントとして大復活することもあるだろう。美空ひばりが神第1号として再臨したのもゆえなしとするところではなかったのだ。AI美空ひばりはAI技術のお手本と言って過言でないのである。
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