<テラスハウス>木村花を追い詰めた「視聴者という名のヒットマン」
メディアゴン / 2020年5月27日 7時30分
藤本貴之[東洋大学 教授・博士(学術)/メディア学者]
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恋愛リアリティ番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラー・木村花の死去が、これからのテレビ番組と視聴者のあり方に大きな問題を投げかけている。ネットから多くの誹謗中傷を受けていたことから、自殺の可能性も疑われているためである。
同番組に出演した俳優の玉城大志は、これまでネットでの誹謗中傷に対しては反論することもなくサウンドバックであり続けたが、今後は、法的手段をとることも検討すべきであるとの見解を示した。番組出演者と誹謗中傷を好むネット民、SNS民たちとの関係について、出演者の立場から再考を促しているわけだ。
タレントなどの「メディアに出る職業」は、叩かれたり批判されたり、予期せぬ批評や評価を受けることも「仕事のひとつ」であると考えられてきた。ただし、それはあくまでも、本人に見えないところでの視聴者の陰口や、芸能マスコミによるゴシップという前提があってこそ成立していたことは言うまでもない。
しかしながら、SNS社会の急速な一般化によって、誰もが自由に、いつでも情報を公のスペースで発信できるようになった今日、SNSによる誹謗中傷は、従来のような「視聴者の戯言」「便所の落書き」として切って捨てることができないほどに大きな影響を持つようになってしまった。それは時に、出演者の社会的生命にさえ影響を及ぼしている。SNSを利用することが必要不可欠な仕事の一部になっている今日のタレントや著名人たちにとっては、それらの誹謗中傷は関係者から「見ない方がいいよ」などと気遣いをされたところで、否が応でも「庶民の声」や「世論」の体裁で目に入ってくる。
このようなSNSを中心とした著名人への誹謗中傷に対して過敏になることは、最近の芸能界のリテラシー能力の一つになりつつある。リアクションを恐れるあまり、ネットへの情報発信にナイーブになり過ぎている著名人は非常に多い。そして、そういうことが従来の著名人たちの「マスコミ対策」とはまったく異なっていることがポイントだ。
例えば、著名人が暴力事件や薬物事件に関与したり、不倫や詐欺、虚言や暴言などといった非道徳的・非社会的な問題を起こした時、かつてであれば芸能ジャーナリズムによって騒ぎ立てられ、攻撃された。しかし、これはあくまでも芸能ジャーナリズムというビジネスの一環でしかなく、それが世論を代表しているとはいえないし、ましてや著名人本人に「視聴者を名乗る素人」が直接的な批判や誹謗中傷を拡散させるようなことはなかった(できなかった)。誹謗中傷される側も「マスゴミ!」と反論もできた。
それに対し、近年のSNSで芸能批判を担う層は、あくまでも「いち庶民」「いち視聴者」という前提である。芸能ジャーナリズムを介することなく、「視聴者という名のヒットマン」が直接、芸能ジャーナリズム以上にダイレクトな表現や方法で批判や誹謗中傷を執拗に展開している。やっかいなことに、批判される側は相手が視聴者であるだけに、反論もしづらい。その反論が正当であったとしても、却って油に火を注ぐ結果になってしまうことも多いからだ。
しかし、そのような現状以上に不気味なことは、自死が疑われるほどに追い詰められていたリアリティショーの出演者と、追い詰めている「視聴者という名のヒットマン」であるネット民・SNS民たちの関係だ。
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そもそも「テラスハウス」に限らず、世界中で流行っているテレビのリアリティ番組は、「演出だし、台本もあるし、作り話である。ただし、その演出方法として、もしかしたら本当(リアル)かな?と思わせる作り込みやギミックがある」というコンテンツである。
恋愛リアリティ番組を標榜する「テラスハウス」も、「そうであることを楽しむフィクション」なのである。たびたび浮上するヤラセ疑惑さえもコンテンツの一部になっている。フィクションだけど、リアリティを感じる演出、リアルと誤解するような作り込みや、その真偽や是非が視聴者によって場外乱闘的に話題になることも含めて楽しむ企画である。視聴者もいろいろと分かった上で、その微妙な感覚を楽しんでいたはずだ。それがたとえ中高生であったとしてでもだ。
にも関わらず、出演者の番組上の人格、すなわち「台本上の人格」に対して、視聴者は、それがあたかも現実の人格であるかのように出演者(=配役)を批判し、誹謗中傷をしている。なぜSNS民たちは「視聴者という名のヒットマン」になってしまうのか。冷静に考えれば、これは不気味なことだ。テレビドラマの悪女役の女優、映画のいじめっこ役の子役の人格批判をするようなものだからだ。
本来そのような批判は、演者にとっては自分とは無関係なことであり、現実の自分が傷付いたり、悩む必要のないことだ。誤解を恐れずに書いてしまえば、それぐらいの気概を持たなければリアリティショーの出演者になってはいけない。むしろ、ムキになって騒ぎ立てる視聴者がいれば、それだけ自分の演技が真に迫った素晴らしいものであった、と逆に誇らしく思えば良いだけなのだ。
しかし、出演者である木村花は、おそらくそのような現実を理解した上でも、誹謗中傷に悩み、苦しんでいた。残念ながらこれは事実である。もし、自殺であったとすれば、あまりにも悲しすぎる話だ。なぜ、演出され、演じたキャラクターへの批判に対して演者が追い詰められる必要があったのか。作者ならまだしも、である。俳優が役の人格と現実の自分のギャップに苦しむような事例はよくある話だが、今回の件はそれとも異なる。
演出上の人格(ドラマのキャラクター)と、それを演じる出演者の人格を同一視して誹謗中傷する視聴者と、それを真摯に受け止めて悩み苦しむ出演者という奇妙な関係はなぜ発生してしまうのか? ひとことで言ってしまば、両方ともが錯覚をしているというだけなのだが、そのような錯覚を生み出してしまった加害者がいるとすれば、それは誰なのか。
一つの可能性として考えられるのは、リアリティ番組自体であり、また、それを作り、運営している制作担当者たちであろう。多くのリアリティ番組がそうであるように、「テラスハウス」の出演者の多くは「いわゆる有名人」ではない。番組を通して市井の庶民が有名になる、という物語構造をもっている。つまり、無名の出演者にとっては、自分を起用してくれる制作担当者や決定権者は絶対的である。本来の自分の性格やイメージとは解離した人格や視聴者に嘘をつく様な挙動を要望されても、それを断れない人も多いはずだ。
リアリティショーが高度な演出力が駆使されたコンテンツであるにも関わらず、その出演者は、決して一流俳優、一流タレントなどではない素人であるということも、リアリティショーが孕む大きな問題の一つなのだ。
無名の自分が番組の通して有名になってゆくといったシンデレラストーリー自体にも、出演者にフィクションと現実を錯覚させてしまう要因になっているようにも感じる。出演者自身が「フィクションと現実」を錯覚してしまっているからこそ、視聴者からの誹謗中傷に過剰に苦しむのではないだろうか。
もちろん、度を超えた誹謗中傷は、わかっていいても、どんなに強いメンタルを持っていても、傷つき、苦しんでしまう。残念なことだが、これが現実だろう。SNSによる誹謗中傷、いわゆる「ネットいじめ」「ネットリンチ」と呼ばれる行為を抑止するための法規制も検討されているというが、そのようなもので抑止できるとも思えない。ネットを使ったターゲットへの「追い詰めテクニック」などは、規制をかいくぐり、いくらでも新しい方法が生まれてくるからだ。
SNSによる誹謗中傷を止めるために、筆者がまず必要であると強く感じることは、ニュースと天気予報以外の全てのテレビ番組が「作り手のクリエイティビティが発揮された創作物である」という現実を、行政や学校教育の主導で周知徹底させることである。当たり前のことだが、実はこういうことを周知徹底することは教育現場では非常に難しい。行政でも苦手な分野だろう。
しかし、法規制も含め、それ以外の抑止方法や規制をいくら考えたところで、それらは対処療法にしかならないだろう。生み出される規制よりも、規制に該当しない新しく誕生するネットサービスやツールの方がはるかに多くて、速いのだから。
今回の木村花の悲しすぎる事件をぜひともそういった問題を考える契機としたい。
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