NHK「首都圏情報 ネタドリ!」異才特集にひそむ危険性
メディアゴン / 2020年6月22日 7時30分
高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]
***
NHK総合6月19日(金)19時半放送の『首都圏情報 ネタドリ!』を見て、テレビ制作者のひとりとして危惧を覚えた。放送の内容は以下のようなものだ。
(以下、番組HPより引用)「自由で勢いのある作風が海外でも高く評価されるダウン症の書家・金澤翔子さん。独特のアドリブやアレンジを武器に18歳でCDデビューした自閉症のピアニスト・紀平凱成さん。今、芸術の分野で次々と登場する異才たち。その才能はどのように見い出され、育てられているのか?」(後略)
この内容で何を危惧するのか? 思われるかも知れない。その危惧とは、番組を見る人や自閉症、ダウン症の親たちが誤解するのではないか、という点である。
では、それはどんな誤解なのか。ひとことで言ってしまえば、「自閉症、ダウン症の人たちは何らかの特殊な才能を持っているのだ」という印象を与えてしまう、という誤解である。もちろん、実態はそうではない。「自閉症、ダウン症」や他の障害の人もすべて含め、彼らの中の最多数派は「何も特殊な才能を持たない『凡人の障害者』」である。データがあるわけではないが、20年以上発達障害の当事者と関わってきた筆者の実感である。
テレビの影響力は未だに強い。しかもテレビはメディアの特性として、部分を切り取ることには大変長けているが、全体像を伝えるのは苦手中の苦手である。『首都圏情報 ネタドリ!』が切り取った『部分』、それは「自閉症、ダウン症」の人には特殊な才能があるという『部分』である。おもしろくする使命を帯びているテレビはこうした異才を好んで取り上げ、何もおもしろいことのない『凡人の障害者』は取り上げない。視る方も『異才』のみを印象に刻んでテレビを消してしまう。それで、人と会話するときに「自閉症の人って信じられない才能を持っているのよね」と、なってしまうのである。
[参考]放送作家も思わず笑った「蛭子能収がクズ」な理由
『凡人の障害者』がほとんどであると言う説を補強するためにこんなことも付け加えておこう。世の中には健常者という人がいる。その健常者にはイチローもいて、藤井聡太七段も、俳優大竹しのぶもいる。健常者にも異才がいる。
だが、他の大多数は『凡人の健常者』なのである。筆者は、こうした異才ばかり取り上げられることで、最も支援が必要な『凡人の障害者』に光が当たらなくなることを恐れる。『凡人の障害者』の父や母は、番組のメッセージを誤解して自分の子の異才を探し出そうと躍起になることを恐れる。
番組内で司会者のひとりが、解説の中邑賢龍・東大先端研教授に「こうした才能はどうやって見つければいいのですか」と聞いていた。答えは「ほったらかしです」だった。これはいささか無責任な発言だと思う。答えは「そんなに見つかるものではないです」が研究者としては誠実な答えではないのか。中邑教授は異才『ギフテッド(Gifted)』発掘を領域とする研究者であるのだから、番組としては『凡人の障害者』を研究する人も招くべきだとも考える。
書道の異才の母は書道家で、ピアノの異才の母はピアニストで、番組には登場しなかったが作曲家の大江光さんの父はノーベル賞作家の大江健三郎さんである。これは遺伝とかそういうことを言いたいわけではなく、『異才の障害者』を発見するには、周りに異才の存在が必要だということを言いたいのである。
大抵の『凡人の障害者』が悩んでいるのは健常者とのコミュニケーションである。『凡人の障害者』は多くが健常者とのコミュニケーションスキルをあげる為の訓練をしている。コミュ力が足りないと言われるからである。でも、これは変な話だ。コミュニケーションは相手があって成り立つことだ。一方だけにコミュ力が足りないという評価をすることは不当である。ふたり合わせてコミュ力が足りないのである。標準語話者がズーズー弁話者に対して何を言ってるか分からないと一方的にいうのが不当なのと同じことだ。ズーズー弁話者だって、標準語話者に早くてなに言ってるか分からない、という権利はあるのである。
番組は最後に、視聴者からの「発達障害者が才能を持っているという考えばかりを流布するのはいかがなものか」と言うメールを紹介していた。番組制作者の良心であるが、このメールを気に留めた人は少ないだろう。
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