高橋維新の2020「M-1グランプリ」全ネタ評論
メディアゴン / 2020年12月22日 7時30分
高橋維新[コラムニスト]
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2020年のM-1グランプリであります。全ネタの寸評を書きます。
1.インディアンス(敗者復活組)
去年と同じく、ボケの田渕がザキヤマみたいに際限なくボケる漫才でした。早口でテンポもよく、2人の演技力も高いので、きちんとアドリブでひたすらふざけているように見えまず。それができるのは技術と不断の努力があってこそでしょうが、立ち止まってよく考えてみると田渕の言っていることのひとつひとつはしょうもない(=大喜利で出したとしたら評価されない解答)のです。それでも、あれだけの早さと厚みで繰り出されるからなんとなくおもしろくなってしまうのです。
ザキヤマも、普段テレビで見るときはあんな感じでしょうが、アンタッチャブルの漫才の時はもう少し早さと厚みを抑えて、大喜利力を上げて個々のボケを聞かせる感じにしてきていると思います。
ボケの中身がしょうもないと、ウケも頭打ちだと思います。いくらアドリブでふざけているように見えても、漫才である以上台本通りにやっていることだというのは背後に透けて見えますからね。「事前に考えたんならもう少し中身で勝負してくれよ」と思ってしまいます。田渕のあの感じは、アドリブでできてこそ見ている方のハードルも下がるのです。あと、ツッコミのきむは終始若干カミ気味だったかしら。
2.東京ホテイソン
巨人の言っていたことが私の考えに一番近いです。
2番目のボケを一例にします。「ピラニア・ライオン・オオカミ・シカ。動物たちの尻尾を取り出すとどうなる?」というクイズがボケのショーゴから出されます。ショーゴの言う答えは「消しゴム」です。「尻尾」というのは「最後の文字」という意味である、というのがショーゴの説明です。これがボケになっており、ツッコミのタケルが「い~やアンミカ!」と歌舞伎のような大袈裟なモーションと大声で正答を言いながらツッコみます。今回の漫才でお題になっていたのは終始この手の言葉のクイズでした。
何が問題かというと、ツッコミで正答だけ言われても本当にそれが正しいのかがはっきり分からないことです。こちらは最初のクイズを耳で聞いているだけなので、すぐには何が答えかが分かりません。なのでツッコミで答えを聞いてもイマイチ溜飲が下がりません。
ボケが堂々と間違いを言っているだけに、ツッコミが言ったことが本当に正しいかどうかを確かめないと不安を抱えたままになり、笑っていいものかどうか面食らってしまうのです。その正しさがツッコミを聞いた瞬間に理解できれば、もっと気持ちよく笑えると思います。
例えばTHE WのAマッソやバカリズムのネタみたいにプロジェクターでクイズを表示しながら漫才をやるのは一つの手だと思います。あんまり分かりやすくし過ぎるとお客さんにオチがバレてしまうので、表示する映像には多少の分かりにくさを残しておく工夫は必要ですが。
[参考]漫才師のパタン9分類・ダウンタウンは何型か?
あとこれは松本の言っていたことでもありますが、たけるのツッコミは前述のように歌舞伎みたいに極限まで芝居がかった(悪く言えば、嘘くさい)大声です。このツッコミが、彼らの漫才の中の決め台詞になっています。でも、たけるはこの決め台詞以外の時もこのしゃべり方でしゃべるので(意識して抑え目にしてはいると思いますが、隠しきれていません。にじみ出ています)、あんまり決め台詞が映えていないと思います。ツッコミ以外の時はもっと普通にしゃべったらどうでしょうか。
1問目に対するツッコミも、この芝居がかった声でやることを意識しすぎたからなのか、非常に聞き取りにくかったです。1問目へのツッコミは、「ショーゴの説明に基づくと、正答として導かれる文字列が全く意味を為していない」というのがボケ(ズレ)の中核を為すため、その無茶苦茶さを聞き手に分かってもらうためにははっきり言ってもらわないといけません。
巨人のコメントの後にたけるに「い~やガチのダメ出し!」(それか、「い~やマジでタメになるやつ!」)って言って欲しかったですねえ。敗退決定時の彼らのコメントを聞く限り結構効いていたようですから。
3.ニューヨーク
おもしろいです。
屋敷は終始笑い顔を消しきれていませんでしたが、あれはもうそういう表情なんだと思います。今回のネタは、去年のとは異なり嶋佐のボケがかなり「悪」に傾いているため、笑いながらやるとお客さんが引いてしまうと思います。もうちょいちゃんと笑い顔を消せた方がいいでしょうか。
そして、2人とももう少し演技力を磨けると思います。
嶋佐はポーカーフェイスでボケをかましまくる人を、屋敷はボケのことを本気でおかしいと思う人を、いまいち演じ切れていません。特に屋敷の「なななななんやその話!」っていうツッコミは寒すぎて若干恥ずかしくなりました。この台詞は相当演技力がないとおもしろくできないので、台詞から変えた方がいいと思います。
4.見取り図
マネージャー役のリリーと大物タレント役の盛山のコント風の漫才でした。去年の漫才とは比較にならないほどおもしろかったです。「無意識でやってしまいました」の伏線まで張れていたのは見事でしたねえ。何より二人の素の漫才のキャラが合っていると思います。
特にリリーは、ポーカーフェイスで飄々とボケまくるので、「全然仕事のできないヤバいマネージャー」というキャラクターが非常にマッチしていました。盛山の素っ頓狂な声も、そのヤバいマネージャーに振り回される大物タレントの大変さをよく醸し出せていました。リリーは、本当にヤバいやつなのではないかという期待がすごくあります。是非、テレビで素の部分を見てみたいです。
5.おいでやすこが
ネタに伏線を入れていると私は褒めます。良かったです。塙の言っていたように、ボケにこの伏線以外の特別感はありません。特徴は何といってもおいでやす小田のやかましいツッコミです。あれだけウケをとるのは、台詞に風貌や声質が全て噛み合わないと無理です。何がどう噛み合っているのかの説明は私にもできませんが、多分冴えないおっさん風の見た目をしている小田が息を切らして騒ぐのが滑稽なんじゃないでしょうか。もっと若いとあんなにウケなかったと思います。
ネタ後の各審査員からのフリにもきちんとツッコめていたので、仕事は増えると思います。カンニング竹山的な仕事が増えると思います。体力を使いそうなツッコミなので、体には気を付けてください。
6.マヂカルラブリー
巨人も富澤も松本も「尻すぼみになった」という趣旨のことを言っていたのですが、最後にあんまりちゃんととツッコまないシュールなやつを入れ込むのも、野田の動き主体の偏差値の低いボケと同じくらいの比重を持った「らしさ」なんだと思います。野田がR-1でやっていた自作ゲームのネタなんかまさにそんな感じでした。「らしさ」を出して点数が伸びなかったのであれば、それはもうしょうがないことだと思います。
7.オズワルド
松本や巨人も言う通りツッコミは去年よりやかましくなっていましたが、好みの問題だと思います。どっちがいいとか悪いとかは特にないです。
私は一番おもしろかったですよ。欲を言えば、畠中はもうちょっと抜けた表情ができるといいと思います。自分がしゃべっていない間も、ずっと与太郎を演じて欲しいのです。雰囲気はカミナリまなぶと似ています。伊藤のツッコミも音量が上がったので、全体的によりカミナリに近くなりました。
8.アキナ
秋山が「前すいません」と2回言ったのが気になったんですけど、何の笑いにもつながっていなかったです。あれは何だったんでしょうか。審査員は順番のことを言っていましたが、あの人たちがそれを言い出したらおしまいだと思います。順番に関係なくネタのおもしろさだけで審査をしているよということにしないと、M-1が崖っぷちで何とか守っている体裁が崩壊していまいます。
ただまあ順番のことを抜きにしても爆発力には欠けるネタでした。多分富澤のコメントが一番的を射ていて、もう40歳の山名が好きな女子を意識するという設定が浮世離れしていてハマらないんだと思います。山名がチャラいキャラで世間に浸透している、とかなら別なんでしょうが。
9.錦鯉
ボケの長谷川さんは49歳だそうです。その年齢でこのネタみたいに動き主体のバカバカしいギャグをやると、普通は痛々しくて見ていられないものですが、不思議と見ていられました。多分、ずっとバカをやっている井出らっきょみたいな風貌だから許せるんだと思います。レーズンパンのギャグを何度もやるというような技も見せていたので、決してバカバカしいばかりではないんです。
[参考]「M-1グランプリ」全15回審査基準の変遷から考える
塙は「レーズンパン」の滑舌が悪かったと言っていましたが、確かにもうちょっとちゃんと聞こえた方がいいですね。スベらせる必要のあるギャグなのでちゃんと聞こえなくてもいいだろうという声もあるかもしれませんが、「そのスベるギャグを何度もやる」というボケが本当の聞かせ所なので「これはスベってもしょうがないな」とお客さんにきちんと思わせる必要があります。それには、何を言っているかを理解してもらう必要があります。ツッコミの渡辺さんは、声を張る時はいいのですが、それ以外の時は声がちょっと小さかったです。
10.ウエストランド
最後はツッコミの井口が南キャンの山ちゃんみたいに世の中への不満をぶちまけつつ偏見を大声で呼ばわる漫才になっていました。意識してパンチラインをいくつも入れ込んでいましたが、ちょっとそのキャラへの変貌が唐突過ぎます。冒頭でボケの河本が「不倫したい」とボケるのを制止しているので、まともな人に見えてしまうのです。井口のキャラクターが巷間に浸透しているわけでもない以上、ネタの最初から井口がそういうルサンチマンまみれのキャラだということをお客さんにフッておかないと、M-1の短いネタ時間ではウケきるところまで温まらないと思います。
井口の偏見まみれの言動に大してほとんどツッコミが入らないことも彼のキャラクターを分かりにくくしています。松本が「何漫才か最後まで分からなかった」と言っていたのもそういう意味だと思います。
井口のキャラを浸透させるための1発目のクダリは、井口が「かわいくて性格のいい子? いないよ」は3回立て続けに言うところなのですが、3回目で2回目よりウケが少なくなっていました。そのせいでやっぱり井口のキャラが分かりにくくなったと思います。3回目は、もっとたっぷり(2回目より)間をとって、動きも大きくした方がウケると思います(それでも無理なら2回で止めておくべきでしょう)。
「復讐だよ」という台詞も2回言っていましたが、2回目がウケていなかったので同じことが言えます。途中で河本が言った「ぷよぷよ」や「予習」のボケも漫才全体の流れとは関係がない(そのうえ前者は大してウケていなかった)ので、ない方がいいと思います。
それと河本は全体的にカミ気味でした。井口からツッコミが入るわけでもなかったので、良くないです。
<ファイナルステージ>
1.見取り図
1本目と違って去年みたいに2人でケンカをするしゃべくり漫才でした。やっぱり盛山の声質はガチのケンカに合っていません。1本目みたいに多少戸惑いながらツッコミを入れるキャラクターの方がハマります。
だから1本目よりはハネきらなかったですね。「カバー」や「マロハ島」みたいな伏線を入れていたのは良かったですが。
それと、2人が地元のディスり合いの時に出したライターと成人式のエピソードはおそらく完全な嘘なんですが、そのわりにつまらなかったです。嘘をつく からにはもっとウケ切って欲しいです。
2.マヂカルラブリー
1本目と同じ感じで野田が動きまくるネタでした。特に追加で言いたいことはないですけど、よくウケていました。
3.おいでやすこが
こちらも1本目と同じ感じでしたが、ウケは1本目より少なかった感じがします。個人的には、もう小田のツッコミに飽きてしまっていた感じがします。大声だけであんまりワードセンスとかがなかったからだと思います。
<総評>
最後に残った3組は確かにどこかが図抜けているということもなく、審査員の票は割れていました。見取り図とおいでやすこがは1本目より失速していたので、それはマヂカルラブリーにとっては幸運なことだったと思います。
野田のキャラは筋肉とバカなんですが、今後テレビで売れるにはキャラがかぶっている春日や庄司やきんに君といった強敵と伍していく必要があります。難しそうですが頑張ってください。村上の方は全くキャラが見えてきません。何か見つかるといいですね。
見取り図は・・・。何回もM-1の決勝に来てはいる以上、テレビでの使いどころがはっきりしているのならばもう売れているでしょうから、色々難しさはあるのでしょう。まあこれに懲りずにやってください。
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