「与太郎総理」と「尾身のご隠居」 笑えないコロナ対策滑稽噺
メディアゴン / 2021年1月15日 0時44分
両角敏明[元テレビプロデューサー]
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落語で観客から見て右側は上手、左側は下手です。必ず上位者を上手に置いて演じるのでご隠居と与太郎ならば上位者のご隠居が上手、与太郎は隠居の左側、下手にいます。
1月7日緊急事態再宣言記者会見での2ショット、下手・与太郎サイドに菅総理、上手・ご隠居サイドに尾身茂分科会長が立っていました。テレビなどでは上下原則はルーズなので別に気にすることもないのですが、会見が進むにつれて「この二人の関係は与太郎とご隠居じゃないか」と思えるような展開になってきたのでした。
記者の質問にまず菅総理が短く説明をし、「詳しくは尾身さんから」とすぐに尾身会長に話を振るというパターンが繰り返されました。それだけでも、情けねえ、という印象は否めないのですが、お偉方の言いなりだなんて陰口も聞こえるご隠居ポジションの尾身会長は、さすが老獪に菅総理をあしらい、与太郎サイドの菅総理はそのあしらいに気づかない?という、まさに与太郎滑稽噺の一場面を見せられているような気がしてきたのです。もちろん笑えない噺ですが。
それが会見ではっきり見えたのが2月7日までの1ヶ月という緊急事態宣言期間の話です。冒頭発言で菅総理は「1ヶ月後には必ず事態を改善させる」とミエを切ったのですが、記者から宣言解除の条件について問われると「仮定のことについては答えは控えさせていただきたい。何としても1ヶ月でという思いで・・・」とトーンダウンし、すぐに「1ヶ月で収束するかといった見通しなどは尾身会長の方がよろしいと思います」とご隠居ポジションに振って逃げちゃったのです。
しかし、この前々日、尾身氏は「1ヶ月で下火にするのは至難の業、それが3月、4月か分かりませんけど」と語り大きく報道されていました。菅政権はこの発言を無視する形で1ヶ月と決め、菅総理はその上で話を尾身氏に振ったのですから、尾身氏は二日前の発言を修正するものと思われたのですが、そこはご隠居、与太郎にひれ伏したわけではありませんでした。
尾身のご隠居「1ヶ月で感染を下火にして、ステージ3に近づきたいと思ってます。私どもは、その近づくための条件が4つ、私はあると思っています」として以下の4つの条件を挙げました。
1.具体的な、強い効果的な対策を打つこと
2.国と自治体が一体感を持って明確なメッセージを国民に伝える
3.できるだけ早く(特措法の)改正をして経済支援などとひもづける
4.国民のさらなる協力を得る
これは実に奇妙な発言です。この記者会見で菅総理は国民に向かい、効果的な対策?を示し、明確?なメッセージを伝え、法改正を急ぐとし、国民に協力を求めたばかりです。ところが尾身のご隠居の文言は国民に向かってではなく菅・与太郎政権に向かって実現のための条件を突き付けている文言なのです。与太郎さんにもわかるように言い換えれば、尾身のご隠居は与太さんに向かってこう言っています。
「与太さん、お前さんたちは強い手を打ってないし、あんたらお上のご意向は世間に伝わっていないじゃないか。法の改めも遅れてるし、こんな事で世間が動いてくれるのかい?」
そして尾身氏はこう結びました。
「私は、今申し上げた4つの条件を満たすために日本の社会を構成するみんながしっかりと頑張れば、1ヶ月以内でもステージ3に行くことは可能だと思っています」
「日本の社会を構成するみんな」とは一般の国民ばかりでなく、行政のリーダーたちを指していることは2日前の尾身会見で明らかなのです。
「国や自治体のリーダーは選挙で選ばれた人たちですよね。自分らも汗をかく。自分らも難しいことをやる、いろんな措置をやる、経済的支援をやる。自分らも汗をかく、だから一般の人もやってくださいというメッセージがないと…このことが私は極めて重要だと思います」
尾身のご隠居は短い文言中に「自らも汗をかく」を2度くり返し、明らかに菅・与太郎総理に向かって厳しく叱咤激励しているのですが、菅総理は自分への叱咤だと気づいたのかどうか。
[参考]「ニコ生」出て国会には出ない菅首相
これと似たようなことがもうひとつあります。宣言の解除条件です。解除に前のめりな政府はステージ3とか東京の新規感染者数が日に500人とかのきわめてゆるい条件をさかんにアピールしています。尾身氏は2日前の会見ですでにこの点にも触れていました。
「緊急事態宣言によりすみやかにステージ3に下げ、宣言解除後もステージ2までは対策を続けることが重要です」
宣言を解除してもステージ2まで対策を続けなければ意味がないと菅総理に説いているのですが、これも与太さんに届いているのかどうか。落語の世界で粗忽者の象徴が与太郎ですが、じつは与太郎はまるっきりの馬鹿ではありません。正直で隠しごとのできない町内の愛されキャラで、時にはけっこう賢く立ち回る役割なのです。怖れ多くも天下の総理大臣を与太郎に準えてきた非礼をお許し願いたいのですが、そうした与太郎に学ぶところがないわけでもないと感じるのです。
菅総理は言葉が流暢ではありません。論理的な説明や感情表現もお上手とは言えません。時に「何言ってんだかわんない」状態です。だから説得力に欠けます。さらに決定的なのは安倍政権の官房長官だった菅総理に対する国民の信頼が薄いことです。安倍・菅政権は理不尽な無理筋通しを続けました。それを何とか言い逃れても国民は納得したわけではありません。そのたびに信頼は確実に削り取られて来たのです。この不信感の蓄積が二人を襲っています。信頼されない総理に説得力はなく、このままで菅政権のコロナ対策が成功することは困難でしょう。
そこで起死回生、ここは一番、与太郎に倣って「馬鹿正直」でやり直したらどうでしょう。すべての事実をぶっちゃけて、町内の若いもんから「しょうがないね与太は、なんでも洗いざらい言っちゃおしまいだよ」なんてからかわれているうちに、「与太の言うことにウソはないよ、腹に悪い了見なんぞこれっぽっちもねえんだから」てなことになって行きます。
昨春以降のPCR・医療・保健所体制の強化失敗、GoToこだわりの弊害、第3波対応の遅れ、無謀な五輪への固執、ワクチンだって順調に進んでも集団免疫を獲得するには1年2年かかるのがホントの話。国民の多くはそう思っています。もう謝るところは謝り、事実とエビデンスをすべてぶっちゃけて出直したらどうですか。
コロナ対策に成功した台湾のオードリー・タン氏を取り上げたTBS「報道特集」の中で、「徹底した透明性と公開性」により台湾政府が信頼され、市民の強い協力を得てコロナを克服したとしています。信頼とは口先ではなく徹底した透明性と公開性で獲得するものです。その上で、信頼されるリーダーにより人々の気持ちがまとまることがコロナ対策の要諦と尾身のご隠居も多くの方々も言っているのですが、肝心要の与太さんには届かない話なのかもしれません・・・。
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