小林賢太郎を擁護するインパルス板倉と爆問・太田の残念感
メディアゴン / 2021年7月27日 7時30分
藤本貴之[東洋大学 教授・博士(学術)/メディア学者]
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小林賢太郎氏が過去のコントのネタに、ユダヤ人大虐殺(ホロコースト)を揶揄するものがあったとして東京五輪ディレクターを解任された件は、国際的な常識・良識と、日本メディアの人権感覚の希薄さの違いが浮き彫りになった事件といえよう。
エンターテインメントや創作物とはいえ、ホロコーストを否定したり、正当化したり、揶揄の対象にしてはいけない。これは国際社会では常識である。ドイツ国内であれば「逮捕案件」になる可能性すらある大問題。ナチスに関する犯罪には時効はなく、人類史上最悪ともいわれる民族虐殺の犯罪は、軽々しく笑いのネタにするようなものではないのだ。
小林単独で担当した箇所はなかったという理由から、組織委員会は、五輪開会式を予定通り挙行したが、これは快挙でも英断でもなく、日本という国家が知的後進国であることを如実に表した国辱的な愚行であろう。これにより、五輪開会式は私たち日本人が税金165億円を使って世界に恥を晒したイベントになったように思う。
そして何よりも危険な兆候は、小林解任に対して、一部で擁護する意見が散見されている、ということだ。擁護しないまでも、「隅々までチェックなどできない」「ちゃかした趣旨のネタではない」「切り抜きである」という論調で、小林がいわば誤解を受けた「被害者」でもあるかのような同情を寄せているケースもある。
グローバル化が進む令和にも関わらず、こういった国際感覚の欠如や希薄な良識性がどうどうと語られる日本のメディアに筆者はいささかの恐怖を覚える。例えば、お笑いコンビ・インパルスの板倉俊之氏は小林の解任に対して苦言を呈するという形である種の「擁護」を行なっている。
板倉はインターネットテレビの番組「Abema Prime」において次のように述べた。
「五輪というものだからいけないんですかね?」「小林さんの全コントを見て、全コントに問題がないかって調べてから発注しなきゃいけないのか?」
たとえ無知であったとしても、この発言が持つ危険性は致命的に大きい。知らないのであれば、軽々に発言すべきでもない。我々日本人からすれば、確かにその通りだ、と感じるかもしれないし、「そうだ、そうだ! いちいちめくじらを立てていてはキリがない!」と応援する人もいるかもしれない。
もちろん、これがホロコーストのような問題でなく、政治家の失言や揚げ足取り程度であれば、その通りなのかもしれない。生きていれば、なんの問題もないような人はいないのは当然だし、叩けば少しぐらい誰でもホコリは出る。
しかし、この板倉の「一見すれば正論に見える指摘」こそ、日本という国家の国際的な地位を貶め、日本人の国際感覚の希薄さを世界に露呈させるものになっている。
[参考]<東京五輪人事は国辱>開会式担当・小林賢太郎解任は当然
そもそも、小林の解任の要因は、「清廉潔白が求められる五輪に似つかわしくないから」だけではないだろう。五輪だろうが、世界選手権だろうが、書道大会だろうが、甲子園だろうが同じだ。今回たまたま東京五輪だっただけで、ホロコーストを笑いのネタにして揶揄するような人物は公職にはつけない、つかないということが世界の常識なのだ。
それどころか、そういった人物が中心的に関わったイベントがやメディアは消滅してもおかしくない。「開会式は小林一人が担当したわけではない」という理由から、本質的な変更もなく開会式が開催されたそうだが、そのこと自体、国際的な感覚からすれば非常識であり、日本人としては国辱モノだ。
そして、板倉の「全コントに問題がないか調べてから発注しなきゃいけないのか?」という見解。このような見解がもっとも愚言だ。
芸人の過去を遡って全てのネタを調べることなどできないし、そんな必要もない。すくなくとも、ホロコーストのようなトピックを笑いのネタにしているかどうかなどはチェックはしていないのも当然だ。なぜなら、ホロコーストを揶揄して笑いをとるような人は「普通はいない」からだ。小林の過去は、誰も想定していない、極めて異常な現象なのである。
つまり、「メディアに出たり、公職につくような人は、ホロコーストで笑いをとるようなことはしない(していない)」が正解であり、前提だ。誤解を恐れずに書いてしませば、板倉の見解は以下のようにも書き換えることができる。
「強盗殺人の犯行歴がないかしらべてから発注しなきゃいけないのか?」
この言葉とほぼ同義だ。よほどの異常でもないかぎり、目に前にいるタレントが強盗殺人犯だとは誰も思わないし、確認するまでもなく、そうでないことを信じて、仕事を発注しているだけだ。発注してから強盗殺人犯だったことが発覚・・・なんて、そのことの方が事件だろう。
筆者はある時期、メディアに出演した際は必ず、「疑ってるわけじゃありませんが、肩書きや経歴に嘘とか間違いはないですよね?」と確認されていたことがある。ショーンK氏が経歴詐称で問題になっていた時期(2016年)である。メディアが、それまでは出演者の自称や申告をそのまま信じていたが、もしかしたら虚偽があるかもしれない・・・と文化人に疑ってかかるようになっていたわけだ。
もちろん、それは当然のことでメディアが正しい情報を伝えるという意味では、むしろ歓迎すべき変化だ。それでも筆者はこれまで「あなたは強盗殺人の犯人でしたか?」などとは聞かれたことはない。ディレクターは私のような普通の大学教授は強盗殺人犯ではない、と調べるまでもなく、信じているからだろう。その意味では、今回の小林の解任に関しては、任命した組織委員会も被害者なのかもしれない。
国際的には「えっ? ホロコーストをネタに笑いをとるようなタレントが日本ではテレビに出れるの?」「オリンピックの開会式ディレクターになれるの?」ということの方に驚きだったはずである。
他にも爆笑問題・太田光氏が「解任はある程度仕方ないが、当然だとは思えない」「あのネタの趣旨はそういうこと(ホロコーストを笑いに利用する)ではなくて」という発言をしているが、これはさらに危険だ。
この問題が、解任どころか、本来であれば、五輪自体が吹っ飛ぶぐらい想定外の事件であると言う事実が完全に抜け落ちている。そもそも小林がどんな意図や趣旨であったかなど無関係だ。「殺しちゃったけど、本来の趣旨はそういうことではない」と言って、殺人鬼を擁護しているに等しい。しかし、笑いのネタにホロコーストを利用した、という事実には違いないのだ。あの部分だけ「お笑い」ではなかったとでも言いたいのか。
筆者は板倉の作るインパルスを始めとしたコントが大好きで、よく見ている。彼が原作した漫画だって、ユニークで大変に面白い。筆者は彼のクリエイターのとしての才能を疑わないファンの一人だ。爆笑問題の太田も同様である。才能溢れる二人だ。だからこそ、板倉や太田の小林擁護発言から滲み出る、国辱にも加担しかねない、認識の甘さ、国際的良識の欠落に強烈な残念感を覚える。少なくともメディアでどうどうと論陣を張るようなことではない。
芸としては面白い「逆張り」も万能ではない。それどころか、ケースによっては危険ですらあるということを改めて知って欲しいものだ。
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