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<明治座「本日も休診」>東京の松竹新喜劇をつくって欲しい

メディアゴン / 2021年11月17日 7時30分

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高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]

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この芝居は見なければならない。そう決めて楽しみにしていた明治座『本日も休診』(11/12-28)をようやく見た。こんなにも自分に由縁のある人がたくさん出る芝居も珍しい。

柄本明さんは劇団東京乾電池の座長。今は俳優・柄本佑くん、柄本時生くんのお父さんと言った方が、若い人には通りがいいかもしれない。今はなき小劇場「渋谷ジャンジャン」で初めて柄本さんを見たとき、筆者は度肝を抜かれた。世の中にこんな面白い人がいるのか。知っているのはコント55号とラジオで聞く三平さんや志ん生さんの落語のみ。ネット局がない故郷・山形ではドリフターズの「全員集合」すら見たことがなかった。その衝撃は半端なかったと記憶している。

佐藤B作さんは、東京ヴォードヴィルショウの座長。競艇の仲間でもある。ヴォードヴィルショウの芝居は幾度となく見たが、亡くなった脚本家の松原敏春さんが書いた「いつか見た男達(1981)」が大好きだった。新宿の無頓着というバーに集まってよく飲んでいたが、コント出身の松原さんにも、B作さんにも、よく怒られた。

「お前は寅さんが面白いと思うか」

筆者はまだ23歳で、そんな難しい問題には答えられなかった。昭和50年代、60年代、東京の笑いの劇団をひっぱていたのは東京乾電池と東京ヴォードヴィルショウの2劇団だった。

ベンガルさんも、東京乾電池。筆者のフジテレビ昼の生放送『笑ってる場合ですよ』(1980-182)で、東京乾電池ニュースというコーナーの台本を書いた。朝早くスタジオアルタに行き、その日の新聞からネタを拾ってコント台本にする。だが書いても書いても、ベンガルさんをリーダーとする東京乾電池チーム(高田純次さんもいた)は台本通りにやってくれない。しかも、変えたところが笑いになる。なぜやってくれないのか、朝起きるのが辛くなったことも。ところが、ある日、そろそろと筆者に近づいてきた東京乾電池チームはこう声を掛けてくれたのである。

「このセリフ直していいですか」

「そうか、セリフを変えるのにも、相当気を遣っていたんだ」

このやりとりで筆者は一気に楽になった。

松金よね子さんを初めて見たのは東京ヴォードヴィルショウに客演したときのことだ。舞台を上手から下手へ、走って横切るだけの芝居。その動きで笑いを取れる女優さんを初めて見た。さすが紀伊國屋演劇賞。『オレたちひょうきん族』(フジ・1981-1989)で筆者が書いた回のタケちゃんマンに出ていただいて、美容室の客の役をさんまさん相手にやってもらった。

[参考]日本に主役が張れる喜劇役者がいない危機

まだまだ、ゆかりの人はいる。ヴォードヴィルショウ初期メンバーの魁三太郎さん、三木まうすと名乗っていた佐渡稔さん。面識のない笹野高史さんに申し訳ないくらいだ。

しかも、脚本の水谷龍二さんは筆者にコントの書き方を教えてくれた兄弟子である。さらに、演出のラサール石井さんは『オレたちひょうきん族』の明石第三小隊で兵隊コントをやってくれた上に、その後も数々のテレビ番組でご一緒したテレビの戦友である。

これだけ揃っては、見に聞かないわけには行かない。何しろ筆者は彼らの造る笑いを見て育ち、彼らの実力をよく知っている。面白くない訳がない。

商業演劇の殿堂・明治座で席が埋まっていたのは7割ほどであった。勝手に推測するとみな、66歳の筆者より、年上のお客さんばかりに見えた。芝居を見に行ってひとりも知っている人と会わないというのも初めての経験だ。客層が、完全に明治座が好きな人々なのだ。明治座は大物歌手などが一部お芝居、二部歌謡ショウという形式で公演を行うことの多い劇場だ。お客さんたちは皆、そんな公演を見たい人たちなのだ。

山の診療所を舞台に人情喜劇が始まった。この役者の座組だと、筆者が期待するのは柄本明、佐藤B作の芝居合戦、松金よね子と佐藤B作の丁々発止、ベンガルの過激とペーソスなどなど、そんなシーンは存分に台本に書き込まれていて、笑うはずだ。ところが客はあまり反応しない。なんだが笑うのを忘れて、ストーリーを追っているようなのだ。筆者は職業病で声に出して笑うことがあまりないので、「ほら、ここ。そら、ここ」「笑って笑って」と心の中で言うのみだ。

30分の休憩時間にはいった。これは明治座のルールで劇場内の食堂や売店でお客さんに、お金を使ってもらうために必ず設けなくてはならない休憩時間だ。興を削ぐのだが仕方ない。筆者は外に出て、2本たばこを吸う間に決めた。

「僕が声を出して笑おう」

「お客さん達は面食らっているだけだ」

二部の幕が開いた。セット転換を多用した村の診療所を巡る騒動がテンポ良く展開する。筆者は声を上げて笑った。もちろん面白いから笑った。普段は出さない声を出して笑っただけだ。中でも笑ったのは、ここだ。明転すると、癌を宣告されたと勘違いしている寺の坊主役のベンガルさんがブランコに乗って歌っている「命短し、恋せよ乙女」ネタバレだがこれはネタをバラしても笑えます。筆者の笑い声がまず劇場に響き渡った、お客さんの笑いが付いてくる。

もちろん、ウェルメイドな人情喜劇に仕上がっているが、このスタッフキャストは笑わせなくては満足しない人たちなのだ。

観劇しながら筆者は思い始めた。このスタッフキャストならば『東京の松竹新喜劇』をつくれるのではないか。志村けんさんが茂林寺文福脚本の松竹新喜劇『一姫二太郎三かぼちゃ』を取り上げ、藤山寛美役で再演していたが、脚本を借りての再演ではなく、オリジナル脚本で『東京の松竹新喜劇』をつくってほしいのである。

うーん。ならば書きたいことが山ほどある。ある田舎町にやってきた2つの旅芸人一座。向かい合わせの小屋で芝居をはじめることになったが・・・なんてのはどうでしょう。つまり、お願いは筆者にも脚本を書かせて欲しいということでもある。

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