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<実録TGC:第6回>東京ガールズコレクション創業者が語るTGCからNFTへ

メディアゴン / 2022年2月17日 7時53分

<実録TGC:第6回>東京ガールズコレクション創業者が語るTGCからNFTへ

メディアゴン編集部

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新しい投資? 新しいアートビジネス? それとも・・・? 今、何かと話題のNFT。そんなNFTに東京ガールズコレクション創業者である大浜史太郎氏(Jake Ohama)が「NFTデジタルアートムーブメント」プロジェクトを掲げ、オランダ、シンガポール、英国から本格参入する。ファッション業界で成功を納めた大浜史太郎氏だけに興味は尽きない。ファッションからNFTに参入する意図と狙いは何か。本稿では、東京ガールズコレクションからコロナ禍を経て、NFTへと至る経緯を、メディアゴン編集部が、大浜史太郎氏に直接にインタビューした。東京ガールズコレクションの知られざる歴史についても詳細に語ってもらった貴重なインタビューをぜひお読みください。
(全て大浜史太郎氏に直接取材。全7回を予定)

* * *

[第5回https://mediagong.jp/?p=33385から続く]

<人気女性誌CanCamとのタッグと別離からSWEET100万部へ>

東京で東京ガールズコレクション(TGC)を開催するにあたり、人気ファッション誌の専属モデルを出演してもらうには、前述の通り大変苦労が伴った。各誌が販売部数でしのぎを削る中で、協力の説得は至難の業だ。出演を許諾してもらえればもらったで、開催前日の深夜から開幕する1時間前のギリギリまで、女性誌編集部やモデルが所属する芸能事務所からスポンサー企業まで、何度も呼び出される。

ある芸能マネージャーは、開催前日になって「現場スタッフの対応が気に入らないから、やっぱり明日は自社モデルはTGCに出さないぞ!」とドタキャン宣告してきたりとか、所属のモデルを「TGCの1番最初か1番最後に登場させて、もっと目立たせろ!」と演出に口を出してきたりとか。あるモデルは「このブランドの服は着たくない!」にはじまり、「スカートが奇抜すぎて嫌だ。私にももっと大きな風船持たせてよ」まで・・・事細かくあれこれクレームや無茶な指示に翻弄され続け、死ぬほど苦労したと言う。

現場で問題が解決しない時は、毎回最後はプロデューサーの村上範義氏から大浜氏に相談が来て、大浜氏から先方の事務所担当者やアパレルブランドの社長やスポンサー担当者との直接の示談でどうするか、開催1時間前のギリギリまで余談を許されない慌ただしい状況が続くのは日常茶飯事だった。

2004年頃から山田優を表紙にして急速に売上部数を伸ばし始めていたのがCanCam(小学館)だった。実はこの前に、ある事情が背景にあった。当時、知人を通して「y’s factory」というアイドルユニットのホームページを請け負って協力していた。沖縄アクターズスクール出身の山田優、屋宜由佳、伊敷優香の3人がメンバーだった。人気が出たら製作費を払うからという依頼で請負い、それを気長に待っていたら、ある日突然、残念ながら解散することになったから・・・と知らされる。当然、製作費は払えないという。困っていたところ、メンバーの山田優だけはCanCamの専属モデルになったから、ということで編集長を紹介された。それが当時のCanCam編集長O氏だ。

O編集長はとにかくクセの強い人だった。いつも相手を威圧しながら口早に話し倒していく。夕方早々から編集部内でもビールを片手に現場へ指示を出す。気性の激しい事でも知られる辣腕編集長だった。大浜氏は会った瞬間から何故か説教をされたというが、結局、仲良くやろうという協力的な話し合いで終わったそうだ。よくわからない勢いで押し切って、相手を混乱させつつ、コトを有利に進めるというよくある昔ながらの交渉の手だったのだろう。

大浜氏がのちに知人から聞いて話によれば、O編集長はCanCam発行日にgirlswalker.comからのメール配信をしてもらい、CanCamの発行部数の増加を狙っていたという。大浜氏に広告費を払わせながら自分の雑誌の販売部数を伸ばすことを考えていた。さすがの策略家である。

それでも専属モデルをTGCに協力してもらえるのならこちらも願ったり叶ったりだろうと大浜氏は感じた。当時は既にegg(当時ミリオン出版)時代から人気だった押切もえ、そしてブレイク直前の蛯原友里もTGCへの参加を承認してもらった。特に第2回のTGCからは『エビもえ』は一大ブームとなり、その横にはいつもTGCやgirlswalkerで700万人へのメール配信によるPRがとてつもなく効いていた。

さらにその裏では大浜氏が社長を務めるgirlswalkerやfashionwalkerでサイトのトップページやネット通販のモデルで2人を積極的に起用することで圧倒的な露出をさせたり、大浜氏がYahoo!やSoftbankとの提携JVで、Y! Fashionでも露出を集中させる事もできたのだ。その効果は絶大だった。だが、当時の出版業界はそれでもまだネットの恩恵を受けてるとは微塵も感じてはいなかった。相変わらず自社が卸す書店やコンビニでの店頭販売のみを気にして、ネット企業への配慮は怠っていたという。それが今日の雑誌メディアの凋落に至っていることは明らかだろう。

CanCamと大浜氏率いるTGCは互いにWIN-WNな関係となり、更なる脚光を共に浴びて飛躍していく。2006年にはCanCamは80万部(公称100万部とも)以上も売り上げ絶好調のセールスを記録し始める。TGCが社会的現象として大きな注目を浴びていくと、今度はNHKが1時間のテレビ番組で大浜氏を追った特集さえ組んだ。CanCamもさることながら、TGC自身が押しも押されぬ「女性ファッションの中心」へと踊り出ていった。

しかし、神戸コレクションとJJの時がそうであったように、WIN-WINで蜜月の関係は長くは続かなかった。徐々にCanCam編集部内からTGCやgirlswalkerに対して「自分たちを脅かす競合相手ではないか?」と、ライバル視をされ始めた。数なくとも、当時の大浜氏はCanCamからのライバル視を強く感じた。TGCがNHKで特集番組を組まれたことなど、TGCが単体で急成長する光景を見て、O編集長はとても嫉妬して、激怒していたということを、大浜氏は人づてに知り、ひどく驚いたという。当時、大浜氏サイドは、年間2億円前後の広告費をCanCamに支払っていたからだ。お互いに成長できた上に、巨額の広告費まで支払っているわけだから、CanCam側に何のデメリットもない。それなのになぜ・・・と大浜氏からしたらたまったものではない。

このような経緯から、大浜氏率いるTGCとCanCamの蜜月関係も急速に冷えてゆき、離別してゆくことになる。なお、大浜氏との別離の後のCanCamも過渡期を迎える。AneCanなどでテコ入れを始めたりもしていたが、迷走し始めて全体の販売部数を落としてゆく結果となった。

もちろん、大浜氏の苦悩も再燃した。ネット企業としての自分たちのポジションの低さに歯痒さを感じながらも、次の提携先を探すことを強いられることになったからだ。しかし、今回に関しては、すでに神戸コレクション、TGCという2つの成功事例を持っていたために、以前よりは遥かにやりやすい環境は整えられていた。それでも一筋縄ではゆかないファッションメディアを相手に、また一から交渉を始めなければならない苦労は想像に難くない。なによりも、どんなに成功しようとも、ネット企業は一段も二段も低く見られていたわけだから。

三度目の正直、今度の提携先は、宝島社「SWEET」だった。大浜氏のgirlswalker、fashionwalkerとのコラボレーション提案を当時のSWEET編集長W女史は歓迎して迎え入れてくれた。女性ということもあり、今まで会ってきた編集長とは異なり、とても穏やかで自然体な人だったという。

大浜氏とのコラボレーションを始めたSWEETは順調に成長を実現させ、約1年半後には、販売部数100万部を突破して、見事に女性ファッション誌のNo.1の地位へたどり着いた。もちろんこの成功は、W編集長率いるSWEET編集部や宝島社の積極的な取り組みの成果でもあるが、一方で、当時の女性ファッション業界の盛り上げに対して、大浜氏が黒子として演じた役割は大きい。

本記事の取材に際し、本記事では書ききれない(あるいは書けない)当時の女性ファッション誌やアパレルブランドなどとのより具体的で詳細な話を聞くことができた。創業時代を通して、TGCの実現から成功にかけての話を聞いてみれば、ムーブメントの裏には色々な『仕掛けと隠し味』があったことに驚かされる。もちろん、提携先や関わる人や会社たちの出会いと別れ、支援と裏切りなど、数えればキリがない。

大浜氏が存在がきっかけでこの世に送り出されてきたプロジェクトは数え切れないほど沢山ある。「girlswalker.com」、「東京ガールズコレクション(TGC)」、「神戸コレクション(神コレ)」、Yahoo!提携した「fashionwalker.com」とYahoo!Fashion、LAの人気セレクトショップ「kitson」、日本初のオーガニックのセレクトショップ「 Cosme Kitchen」、最高級ヨーグルト「クレマドール」、東急グループとの提携による代官山の駅ビル全体のプロデュース、ヨガスタジオ「メローボーテ」や「美肌一族」・・・話題のムーブメント、商品など枚挙にいとまがない。

さて、これまで6回にわたって、東京ガールズコレクションの成立過程を、創業者である大浜史太郎氏の実録を通して追ってきた。大浜氏がTGC(やそれに付随したさまざまなムーブメント)を通して実現させてきた数々の実績に基づき、新たに参入を表明しているNFTとそれを舞台としたデジタルアートムーブメント(芸術運動)の計画。次回はいよいよ、大浜氏がTGCに代わる新しい挑戦の舞台として選んだNFTと、その新プロジェクトについてだ。
(第7回に続く)

*編集部註:girlswalker.comおよび当時の運営会社は売却されており、現在のgirlswalker.comと大浜氏は一切関係ありません。

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