<ブラザー・コーンが乳ガン?>生活習慣ではない遺伝性のガンの危険性
メディアゴン / 2023年10月6日 7時0分
知久哲也(明治大学 客員研究員/放送作家)
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<ブラザー・コーンが男性の乳がん?>
40代にもなると、友人知人の範囲の中で、「癌になった」「癌で亡くなった」といった話がちらほら耳に入るようになる。芸能人などが癌で闘病…といったニュースを見れば、「ああ、この人もそんな歳になったのか」と妙な感覚を味わう人は多いはずだ。40代以降になると、親世代の話題だったと思っていた病気が、一気に自分のこととしてリアリティを持ってくる。
さて、先日、驚くべきニュースを耳にした。40代以上であれば誰もが知っている有名芸能人が癌と診断され、闘病している・・・というものだ。それだけであれば、よくあるニュースで何も驚くべきことではない。それが驚くべきニュースである理由は、その芸能人が「男性の乳癌」と診断された、ということだ。
その芸能人とは、バブル全盛期の80年代末から90年代初頭にかけて「WON’T BE LONG(1990年)」などの大ヒットで一世を風靡したバブルガム・ブラザーズのブラザー・コーン氏(67歳)である。現在のヒップホップなどのブラックミュージックの日本定着にも大きな影響力を与えた人物だ。
そんな男性ブラザー・コーン氏が乳がんと診断された。男性なのに? と筆者ならずとも耳を疑った人も多いはずだ。乳癌は女性だけの病気だと思い込んでいるからだ。もちろん、男性であるブラザー・コーン氏は、ごくごく普通の体型で、普通の男性よりも胸が大きいとか、乳腺が発達している・・・といった人ではない。そこで、いろいろと調べてみると「乳癌」というものが、実は女性だけの病気ではなく、男性とて他人事ではない、ということに驚かされる。
まず、日本国内では、年間で10万人ほどの人が乳癌と診断されるが、その中で、男性はおよそ600人で、割合にして1%だ。まず、ここで驚きだ。毎年600人もの男性が乳癌と診断されているのだ。例えばは日本の2022年のHIV感染者は625人。つまり、HIVの感染者・感染確率とほとんど同じぐらいの「流行性」はあると言える。意外と他人事ではない病気でもある。
そして何よりも危険なのが、「乳癌は男性には無縁の病気」と思い込みがちなので、女性よりも進行した状態で診断されるケースが多い、ということだ。ブラザー・コーン氏の場合も、発見時でステージ2。それなりに進行した状態で発覚している。その意味では、意外にもリスクの高い、男性とはいえ無視のできない病気であることがわかる。
つまり、男性も自分が乳がんにかかる可能性があることを排除せずに、女性のように鏡で自分の胸をチェックしたり、触ってみたりして、異常がないかの確認をするなど、早期発見に努めた方が良いということなのだ。乳がんの死亡率は30%程度とも言われている。男性の罹患確率を加味すれば、「男性の乳癌」での死亡率は偶然交通事故で死亡する程度のリスクにはなる。これは保険に入っていても良いレベルの数値であることがわかる。
さて、ブラザーコーン氏がなぜ「男性の乳がん」を発病してしまったのか、その原因は発表されていないが、がん患者の約5〜10%は生まれながらにがん遺伝子をもっており、がんを発症しやすい体質(遺伝要因)であるということが最近の研究でも明らかになっている。
<遺伝性の乳がん卵巣がんの発症率は80倍>
特定の遺伝子に生まれ持った変化があり、がんを発症しやすい体質のことを「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」と言い、親の遺伝子に変化がある場合、その変化は子供に男女問わず2分の1の確率で受け継がれる。ちなみに遺伝子の変化を持つ男性の乳がんの発症率は通常の80倍だというから、なんとも恐ろしい。つまり、生活習慣がしっかりしているからといって、必ずしもがんのリスクを回避できていない可能性があるというわけだ。1%の「男性の乳癌」ですら、HBOCであれば、その確率は飛躍的に高まる。
もちろん、遺伝子的にがんになりやすいのだから、どうしようもない・・・というわけではない。唯一の対応策はズバり、早期発見であるということらしい。最近では、日本でもHBOCに関する啓蒙が進み、その認知も高まりつつある。例えば、1996年に世界で初めて遺伝性乳がんおよび卵巣がんの分子診断検査(日本では唯一承認を受けた診断システム「BRCA1/2遺伝学的検査」)を発売したミリアド・ジェネティクス社では、積極的に遺伝性の癌に対する遺伝子検査の重要性を提唱し、海外では広く普及しつつあるという。
その日本法人ミリアド・ジェネティクス合同会社(代表:倉岡俊介)でも、最近、日本国内での啓蒙活動を進めており、そういった分野では出遅れ感のある日本での積極的な認知を目指している。同社では、10月1日に無料のYoutubeライブでオンライン啓蒙イベント「もっと 知って 乳がんのこと」が開催された。
男性乳がんに限らず、若年性乳がんなど、早期発見が重要となるケースを中心に、遺伝子検査の有効性について説明するということで、筆者も取材というだけでなく、自分のこととしても視聴したので、いかにレポートしたい。
<イベントレポート「もっと 知って 乳がんのこと」>
このイベントでは、実際に遺伝子診断や乳がんの闘病経験を持つ著名人3名(元SKE48 ・矢方美紀氏[31歳]、陶芸家・岡崎裕子氏[47歳]、パラレルシンガー・七海うらら氏)が登壇し、専門医を交えたトークセッションが展開された。
トップバッターの元SKE48 ・矢方美紀氏から正直、驚かされた。芸能人の乳がん闘病記者会見などをニュースで見ることは多いが、どれもこれも悲壮感に漂っているものばかりだが、非常に明るい。どこから見ても乳がん闘病者とは思えない様子だ。
しかし、矢方美紀氏は25歳の時に若年性乳がんと診断され、左胸を全摘出しているというから、なかなかの闘病だ。しかも、25歳という年齢は、若年性の中でも特に早い、珍しいケースであるそうだ。一方で、矢方美紀氏は乳がんになるまで、病気らしい病気を経験したことのない体質で、「まさか自分が乳がんになるなんて」と思っていたと言う。心当たりがある人は多いのではないか。
そのため、乳がんに対する予防などはしておらず、今回の乳がん発見も「たまたま芸能人の乳がんのニュースを見て、見よう見まねで自分も胸を触り、セルフチェックをしたら、しこりがあった」というものであった。はっきり言って、奇跡的な偶然である。その段階でステージ3であったということからも、もしその時、ニュースを見て、たまたまセルフチェックをしていなかったら、発見が遅れたらどうなっていたのか、と考えると恐ろしい。
その後、治療には様々な選択肢があったが、その一つとして遺伝子検査を選択した。遺伝子検査は将来のことも考えた上での選択であり、早期発見の重要性を身をもって知ったことに起因しているという。反省・後悔・・・というわけではないのだろうが、もし、若くても乳がんになる、ということを知っていた、早い段階から備えをしていれば、もっと早期発見ができていたのではないか」と考えており、乳がん、特に若い人の場合は、他人事とは思わずに早期発見に備えることをアピールしていた。
「私は大丈夫」はない、という言葉で締めくくっていたのが印象的だった。
二人目の登壇者である陶芸家・岡崎裕子氏[47歳]は、小さい子供の子育ての真っ只中での乳がんであり、「今現在の闘病」というよりは、子供や家族のことを考え、「今後どうするか」といったことに焦点を当てた治療をしていたような印象だ。
特に、自分でも「遺伝性はないのか?」と疑っていたこともあり、医師から遺伝子検査を勧められた時にすぐに応じたという。
そして結果は予想通りの「陽性」。遺伝性の乳がんであったことがわかった。もちろん、それによって、今後の治療方法や対処法も変わってくるわけで、矢方美紀氏と同様に「備え」の重要さを認識した上で、今まさにその備えと対策を万端にしている状態であるようだ。
さて、3人目の登壇者のパラレルシンガー・七海うらら氏は、オンラインライブと組み合わせたなんともユニークな出演。普段目にすることのないバーチャルではない「生・七海うらら氏」にはいささかテンションが上がる見る人を飽きさせない構成になっていた。
七海うらら氏もある日、キャミソールに血がついていたことから病院へゆき、そして乳がんであることが発覚し、現在は片胸の全摘出と再建を経験しつつも、アーティスト活動を活性化させているという大変な経験をしてきた。
七海うらら氏も遺伝子検査を行い、結果は「陽性」。改めて早期発見の重要性を再認識することになったという。遺伝子検査と聞くとなんだか怖いもの、仰々しいもの・・・という印象があり、気軽に受診するようなものでない、と考える人は多い。だからこそ、七海うらら氏は難しく考えずに、気軽に受けよう、と主張していた。
もちろん「自分には無関係だ」と思う人、あるいはそう思いたい人は多いだろう。しかし、若年性乳がんが決して他人事ではない、ということがポイントだ。そして何よりもその1割が遺伝子性の乳がん卵巣がん(HBOC)であるということ忘れてはならない。
七海うらら氏は早期発見の重要性を力説しつつ、遺伝子検査とは「安心を買うぞ!」という感覚ですべきである、と述べていたが、なるほど、筆者も思わず納得させられた。
後半は3人の登壇者と専門医によるトークショー形式で展開したが、そこでは早期発見や治療、遺伝子検査の具体的な内容についての解説があった。
特に、2020年4月から遺伝子検査や関連する治療やカウンセリングが保険適用になっており、経済的な負担はグッと下がっているので、「乳がんと自分は無関係」と思っている男性や若い人にも是非とも検討して欲しい。
日本では馴染みのない遺伝子検査だが、海外では癌の早期発見、予防の方法として広く受け入れられている。特に、国際的にもガンでの死亡率が高まっている日本のような国でこそ、遺伝子検査のような早期発見の重要性を理解してゆきたいものだ。
(編集部註:写真はイベント主催者様から提供していただきました。無断転載等は固く禁じます)
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