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<短絡的な新書に異議!>アスペルガー症候群の犯罪率が一般人より高いということは証明されていない

メディアゴン / 2014年10月27日 17時20分

高橋秀樹[放送作家/日本自閉症協会・日本自閉症スペクトラム学会・日本社会臨床学会各会員]

* * *

井出草平氏の著書『アスペルガー症候群の難題』(光文社新書・2014)に反論する。

まずは、筆者の見解を冒頭に掲げたい。

アスペルガー症候群の人々が一般の人々より「犯罪と結びつきやすいという有意な証拠はない」。一方、今回、取り上げる『アスペルガー症候群の難題』の主旨は以下の様なものになっている。[カッコ]の中はすべて当該書からの引用である。

[アスペルガー症候群の<犯罪親和性の=著者の造語>結果は<一般人に比べて>5倍程度。]同書P55

[アスペルガー症候群の特性と犯罪行動について、情報共有することが不可欠だ。]同書P18

著者の井出草平氏は、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了後、博士(人間科学)を取得し、現在、同大で非常勤講師を勤める。専門は社会学である。

本書では冒頭に[アスペルガー症候群、もしくはそれに準じる精神鑑定や診断が出された犯罪]として、1997年から2007年までの29事件のリストが掲げられる。まず、このリストの存在自体が、アスペルガー症候群と犯罪の結びつきを想起させる。

著者自ら述べている[アスペルガー症候群に準じる精神鑑定や診断]とは、なんの事なのか。“準じる”とは具体的になんという名を持つ“精神鑑定や診断”であるのか明らかにする責任がある。

こういうリストを見ると、「ああこれが、すべてアスペルガー症候群の犯罪なのだ」という誤った判断に陥る。

それは[短絡的な考え]だと指摘しておきながら、結局、掲げているのは「配慮が足りない」。新書のような一般書では特に注意を要すると筆者は考える。テレビのワイドショウでよく用いられる「過去にあった同様の事件」というフリップの如き存在である。

さらに、精神鑑定や診断にも誤謬が潜むことに留意せねばならない。精神鑑定や診断というのは残念ながら、精神科医が3人いれば3様の、5人いれば5様の結果が出る世界である。

同書では「遠隔診断」と名づけて、事件内容のほんの一部の報道だけで、本人に会ってもいないのに[会うのは大原則]として、新聞やテレビに出て診断を下す医師や心理学者を批判しているが、それは井出氏の言うとおりであってこの精神鑑定にはこうした「遠隔診断」を下すので有名な精神科医が何人も混じっているのである。

ましてや、アスペルガー症候群などの発達障害では、乳児、幼児期の様子の聞き取りが大切な診断の要素であるが、これらはきちんとなされているのだろうか。

また、本書では日本の発達障害の研究者として著名な2人の医師の名前をあげて自説を補強している。元都立梅ヶ丘病院長、市川宏伸医師と、浜松医科大学特任教授、杉山登志郎医師である。

杉山医師に関しては『そだちの科学 5号 こころの科学 特集:アスペルガー症候群 日本評論社』( 2005.9.)の中の[これだけ連続して起きると<関連がないと主張することに>説得力がない]という部分を、繰り返し引用するが、杉山医師は犯罪率が高いとは一言も言っていない。

アスペルガー症候群などの障害は生得的なものであるが、その後の虐待、ネグレクト、いじめ、不関与といった状態が悪化に関与し、事件に結びつくということを主旨として述べているのである。これに対しては筆者も異論はない。

市川医師は筆者が所属する日本自閉症スペクトラム学会の会長であり、面識がある。井出氏は次の文を引いている。

 [要約・自閉症スペクトラム者の触法行為に対して有効だという治療法はない。]

その通りである。

犯罪親和率という言葉を使って、アスペルガー症候群の人々の犯罪率が高いと主張するデータのひとつは、元・家裁調査官の藤川洋子氏らがまとめたデータである。東京家裁で受理した案件では、2004年の4月から7月の4ヶ月間で、アスペルガー症候群と思われる者は2.8%。人口の、0.5%がアスペルガー症候群なのでこの数字で割ると、一般人の5倍ほどの犯罪親和率だという計算である。

ここでのアスペルガー症候群の案件は、24件だが、ここから計算すると全体の案件は857件だったことになる。この統計に、なにか有意なところはあるのか。触法事件を犯してからの統計には、意味が無い。

有意だと判断できるのは、定型発達者(健常者・一般人)とアスペルガー症候群の人をそれぞれランダムに選んで、2群にする。その後、追跡調査をし、それぞれの群の犯罪率を比較することである。

このような調査は存在しない。アスペルガー症候群の人々が犯罪に関係する率が高いという仮説なら、この調査をやるべきである。決して出来ない追跡調査ではない。

なお、藤川洋子氏は『非行と広汎性発達障害』(日本評論社、2010.9.)の中で、家裁に送られてきた少年触法容疑者を見た瞬間に「この子は自閉症だと思った」という旨の発言をしているが、これは専門家としてはあまりに率直すぎる先入観と言わざるをえない、と思う。

「アスペルガー症候群の特性が犯罪と結びつく」ということはあるだろう、と筆者は推測する。しかし、それは、怒りっぽい性格が、貧困が、虐待が犯罪に結びつくというのと、変わりはないのではないか。

アメリカ精神医学会の新しい診断マニュアル「DSM-5」では、アスペルガーという診断名は消えた。

要件としても、言葉の遅れや知的遅れは外され、

1. 限局的なこだわり行動
2. 社会性の困難

の2つになった。自閉症は重い「カナータイプ」から、かつてアスペルガーと呼ばれていたものまで「自閉症スペクトラム(連続体)」と称され、いわばグラデーションで捉えることになった。

このグラデーションは、健常者まで続いているのではないかというのは筆者の仮説である。日本の発達障害者支援法が根拠にしている世界保健機関WHOの「ICD—10・国際疾病分類(第10版)」では、アスペルガーの名はまだ残っており厚生労働省の担当官、日詰正文氏によれば、まもなく改訂される版でも残るだろうとのことである。

現実の世界での理想は自閉症スペクラム者、アスペルガー症候群、発達障害の人々は、堂々と自ら障害名を名乗り、学校へ行き、仕事をし、家庭生活を営むことである。

犯罪親和性が高いというのはこの理想に寄与するだろうか、全て明らかにして情報開示すれば寄与するという考え方もあろう。だが、著者が思うような公開スべき有意なデータはない。

アスペルガー青年の成長を描く、スウェーデンの映画『シンプル・シモン』で、主人公シモンは、「私はアスペルガーです、さわらないで下さい」とう言うバッチをつけてハイスクールに通っている。これは感覚が過敏なため、人に急に触られると奇声を発したりすることがあるからだ。

この奇声は十分に事件のきっかけになりうるだろう。左様にアスペルガー者は平均発達者とは特性が違う。その特性がうまくコントロールされておらず、いわばルールの違う平均発達者に混じって生活している時、その特性が事件につながれば「動機が一般人にはよく納得出来ない、世間の耳目を集めるもの」になってしまうことはありえるだろう。

そうならないための有効な手立てを考えることはもちろん必要だが、それは決して、アスペルガー症候群の人々の犯罪率が一般人より高いという。証明されていないことを声高に唱えてからやることではないはずだ。

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