<悪意で切り抜くメディアに疑義>宮崎駿監督アカデミー名誉賞の名スピーチに爆笑問題・太田の「的はずれな反論」
メディアゴン / 2014年12月7日 3時49分
岩崎未都里[ブロガー]
* * *
「問題発言ばかりする不機嫌な堅物アニメーター監督」のイメージをメディアから作られてしまっている宮崎駿監督ですが、今年のアカデミー名誉賞受賞のスピーチは、非の打ちどころが無い完璧なものでした。
今までにない穏やかな笑顔にタキシード。監督としての長年の想いと感謝の辞。しかし、宮崎監督はこれまで「作品で評価すればよい」とメディアへの横柄ともとれる態度を示してきたので、今回の宮崎監督の受賞とスピーチを、メディアがどのように扱うのだろか? ということに関しては、気にかけていた映画ファンは多い筈です。
筆者も、さすがに今回のアカデミー名誉賞のスピーチにケチをつけるメディアや報道はないだろう・・・と思っていたのですが、残念ながら予想外に悪意ともとれる切り取り方もありました。
当初メディアが取り上げたのは、長いスピーチの一部分、
「賞は貰えないと頭にくるし、貰っても幸せにならない、ドキドキするだけ不愉快ですよね。」
という部分ばかり。補足が無い状態で、あの長いスピーチでこの一文だけ切り取り、見出しにする記事さえありました。案の定、そんなメディアの報道を見てか、筆者の知人の中にも、ネガティブに言ってくる人もいました。
・「アカデミー賞に唾を吐き捨てるようなことを言うなんて許されない」
・「映画ってそんなに偉いものなのか」
・「監督は何を言っても許されるのか!」
・・・などなど。
そこで、そういう人たちには、筆者なりに、
・「今回のアカデミー賞名誉賞の他受賞者の名前はご存知でしょうか?」
・「宮崎駿監督の一連の作品を全て観てきて、どう感じてますか?」
・「今回のスピーチ全文聞いて、どこに怒りを感じたのですか?」
と聞いたところ、返ってきたのは、
・「アカデミー賞名誉賞は毎年一人」
・「宮崎駿監督の作品は全作観ていない、デビュー作はナウシカだ」
・「今回のスピーチはオンライン記事の題名を読んだ」
という3連続の誤答。さすがに筆者もそれ以降の説明をやめてしまいました。こういう状況に陥ってみると、筆者も少しですが、宮崎監督の気持ちがわかった気がします。
「作品で判断してください。」
作品を観ていない人からの批判は気になりません。スピーチも、聞いてないのであれば、批判されても気にはならないでしょう。
さて、今回の受賞ですが、数日も経つと、スピーチを全文読む映画関係者が増えたのか、あるいは賞の重大さに気付いたのか、メディアが一斉に宮崎監督の賛美を始めました。例えば、当初は取り上げられなかった、戦争に関して言及している部分です。
「私の50年間に、私たちの国は一度も戦争をしませんでした。戦争で儲けたりはしましたけれど、でも戦争をしなかった。そのお陰が、ぼくらの仕事にとっては、とても力になったと思います。」
筆者は、この「戦争で儲けたりもしましたけれど」には、また揚げ足を取られるのではないかとヒヤリとしました。しかし、メディアも読み手も深く考えなかったおかげ? でしょうか、特に騒がれることもなかったようです。
宮崎駿監督の父は戦時中に「宮崎航空興学」という軍需産業の工場長をしていました。「戦争を嫌いながらも、軍需産業のおかげで育った自分」という矛盾と負い目を正直に表している印象的なスピーチでした。どうぞこの矛盾も批判してくださって結構、「作品で判断してください」という宮崎監督の一貫性と懐の深さが伺えるようです。
その後、「爆笑・太田光 ・宮崎駿監督は大嫌い。だって世界で売れてるんだもん『世界世界ってうるさいよ』」という記事が一斉にメディアに取り上げられました。
しかし、スタジオジブリは現在、スタッフの雇用方法を変え必要があるほどの赤字体質であると言われています。何故なら宮崎監督は、20代の頃に東映動画で労働組合で書記長まで務めた人です。儲けよりもアニメーターの労働条件を優先して守りたい、という考えが根底にあります。ジブリ作品は世界中で売れていても、決して大儲けにはなっていないようです。興行収益は全て固定費と次回製作費に使ってしまい、常に経営不振であると言います。
そんな赤字を打開するために、世界でなく、ハッキリ言えば「アメリカ」で売らざるをえなかった。宮崎監督は「反アメリカ、反ハンバーガー、ディズニーはアメリカに帰れ」とマンガエッセイに書くほどのアメリカ嫌いです。それでも、全米に配給していくためにディズニーとの提携を受け入れました。
その背景にあるのは、販路の拡大がスタジオジブリを維持するためには、どうしても必要だったからです。結果的に「世界のミヤザキ・ハヤオ」としてアニメ・映画というジャンルを超えてファンを増やしていったわけです。その結果、日本アニメ・日本映画・日本映像作品へ世界が注目する道の開拓へも大きな影響を残しました。
今回の宮崎監督のアカデミー受賞名誉賞のスピーチは本当に秀逸で奥が深いので、ぜひ全文を読んでほしい。特に筆者の琴線に触れたのは、 宮崎監督が初めて吐露した「本音」の部分です。
「いちばんよく知ってるのは自分です。あそこがダメだったとか、あそこは失敗したとか、誰も気が付かないけど、あそこは傷だとかね。そういうものを山ほど抱えて、映画って終わるんですよ。だから、お客さんが喜んでくれたって言っても、その客は、ほんとうのことを分かってない客だろうとかね。」
これこそ、あらゆる創り手の「本音」だと思います。その苦悩や葛藤は創り手である「監督だけのもの」なので、観客が理解できないのも判っているのです。
名誉賞受賞という事実だけを見ても、黒澤明監督と並び映画史にその名前が残ります。しかしながら、宮崎監督が本当の意味で「世に理解される」のは10年後くらいかな・・・と、筆者は思っています。
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