<芸能界に見る「人の心」をつかむ交渉>「何が最大利益か?」を冷静な目で見ることが成功への近道
メディアゴン / 2014年12月11日 1時8分
吉川圭三[ドワンゴ 会長室・エグゼクティブ・プロデューサー]
* * *
「交渉」。
古来から世界中であらゆる種類の取引き・ビジネスで行われて来た最も大事な過程である。我々エンターテイメント屋ももちろんビジネスであるので、総合商社や国家間の外交交渉ほどではないが大小様々な交渉が行われる。
出演交渉・ギャラ交渉に始まり、社内での制作費獲得交渉。海外ロケ取材にタレントさんを連れて行く場合の交渉にはにエコノミークラス・エグゼクティブクラス・ファーストクラスどれに乗せるのかの席指定まで多岐に渡る。ファーストのチケット代が予算内にはいらず、確保できなかったため番組を降りた大物タレントもいる。これは日常茶飯事である。
かつて筆者は大物アイドルを熱湯風呂に入れる番組の責任者だったことがある。確かに芸人さんが入るよりもアイドルが入った方が良い見世物になるが、所属事務所はイメージもあるので絶対やりたがらない。
配下のプロデューサーに後でその交渉過程を聞いた筆者はあまりの複雑怪奇さ紆余曲折ぶりに度肝を抜かれたことがある。ハリウッドなどは細部に渡る分厚い契約書があってさらに交渉は熾烈を極めるが、日本のエンターテイメント界でも交渉上手は驚くべき成果を上げることもあるし、逆に交渉次第で全体のコンテンツがクラッシュ・消滅することもある。
ある部下がある交渉をしていた時のことである。
自分の仕事の最大利益を得るために、(まあこれが交渉というものの基本だが)執拗に相手の最高責任者に食い下がった。彼はあらゆる手段と人間関係を使った。多少エグイ方法も使ったかもしれない。彼は度々直接相手の責任者に、時を選ばず直接電話して自分の要求を突き付けるほどだった。
ただ、相手は百戦錬磨で老練だったので遠まわしに断ってくる。でも部下は食い下がる。確かにこの部下は「異常なしつこさ」が取り柄という面があった。ただ彼はどうしても相手の立場には立てない。相手の気持ちを推し量る想像力に欠けていたのかもしれない。やがて交渉相手は彼の異常なしつこさに根負けして、ここで妥協しても多少の利益もあると判断し
「まあ今回はしょうがないですね。」と交渉に応じた。
私は間抜けにも後になってその状況に気がついた。ただ詳細を調べるてみると部下は明らかにやりすぎていた。二度とその交渉相手はその部下と仕事をしたがらなかったのだ。
お詫びに相手と食事に行った。
どんな言葉が返って来ると思って緊張して待っていたら 一言
「彼はちょっと政治的ですね。」
それでおしまい。相手ははるかに大人だった。
目の前の魚だけを追っていると大魚を逃す事もあるというお話。
日本のエンターテイメント界は広いようで狭い。お互いにいつも情報交換を行っているので、ビジネスがきれいで、成果も、見返りもでかいプロデューサー・ディレクターに仕事が集まる。まあ今回私の部下が対応した相手は、他では弊社の部下の悪口は言わないタイプの人生経験豊かな人だったので、彼は誠にラッキーだったというべきか。
またこんなこともあった。ある日、旧知の大手出版社の幹部から私に電話が入った。些細なお願いである。
私はそのお願に関係する番組のプロデューサーに電話した。その部下は、ちょっと勢いがあった。若気の至りかその些細なお願いをにべもなく断って来た。色々あって、ちょっと揉めそうになった。
仕方なく間に立った私は関係修復に努めた。それを察したのか、出版社の幹部が直々に社に来て「お願いをした小社が悪かった。」と詫びに来た。その出版社でも山ほど厄介な交渉事があるのだろう。その幹部も百戦錬磨で修羅場を沢山潜ってきたのだろう。
こういう些細な揉め事が大きな揉め事に発展したケースも山ほど経験していたからこそわざわざ弊社にやって来たのかもしれない。丁重に語るその幹部の話を聞きながら、
「彼(部下)は安易に断るべきではなかったな。」
と思った。断る理由も理屈がないし、その番組の全てを握る自分のパワーを示す行為だったようにも思える。また丁寧に作業すれば、その出版社との新しい人脈・関係を構築出来て、新たな意義ある仕事が出来たかもしれないのだ。惜しいチャンスを失ったものだ。
「交渉」についてはこんな話もある。
あるアニメプロデューサーがお金を一切もらわずすべての雑誌にそのアニメのあらゆるビジュアル資料を与えたことがある。おかげで大プロモーションが出来、興業的大成功を収めたのだ。
ビジュアル資料提供に掲載雑誌から細かくお金を取るアニメ制作関係者がいた時代、そしてそれが常識だった時代である。一枚上なのである。「与えることによってすべてを得る。」なにかイエス・キリストの言葉めいてしまったが、交渉に世界にはこういう上等な手段もあるのは確かである。
そして人間、調子に乗るとまあろくなことは無いのかも知れない。日本も日清戦争・日露戦争に続けて勝ち第二次世界大戦で大敗喫したした。「勢い」というものの中には時に自分を見誤る要因も存在しうるのかもしれない。
そして特に交渉の場では、「何が最終的に最大利益か?」を冷静な目で見なければならない。
まあ、若いころの私も生意気で傍から見ると危なかしかったかもしれないので反省しきりであることをことはことわってっておくが。
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