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<現役弁護士が「ドラえもん」裁判?!>神成さんが東京都を訴えたら訴状はこうなる

メディアゴン / 2014年12月16日 0時2分

<現役弁護士が「ドラえもん」裁判?!>神成さんが東京都を訴えたら訴状はこうなる

高橋維新[弁護士]

* * *

(本記事は、9ページの「ドラえもん」の訴状を画像化していますので、見にくい場合は、「メディアゴン」サイトにてオリジナル画像で閲覧ください)

<解説> 本記事は、現役弁護士の著者が、現実のメディアに溢れている様々な「訴訟に発展しそうな事実関係」を拾い上げ、その一方の当事者から依頼を受けた弁護士に勝手になって、大真面目に訴状を書いてみるという連作企画である。前回の第一弾では、「ウルトラマン被告の訴状」、第二弾では「魔法少女まどか☆マギカ」を扱った。そして第三回の今回は「ドラえもん」をテーマに訴状を作成した。

題材がドラえもんであるとはいっても、のび太がジャイアンを訴えるわけでもなければ、しずかちゃんがのび太を訴えるわけでもない。 神成さんが東京都を訴えるのである。

ブラウザの「戻る」ボタンを押さないでほしい。ちゃんと、説明をする。

「神成さん(かみなりさん)」というのは、のび太やジャイアンがいつも遊んでいる空地の隣に住んでいる、通称「カミナリおやじ」という男性である。設定上、「神成」という名字になっている。ちなみに、これは実在する名字である。

作中では、空地でのび太たちが野球を遊んでいるシーンが何度となく登場する。野球をやると、ほぼ確実にボールが神成さんの家に入って、ほぼ確実に盆栽に命中し、ほぼ確実にその盆栽に不可逆的なダメージを与える。そのたびに神成さんはのび太たちをどやしつけるのだが、実際のところ金銭的な損害もかなり蓄積していることだろう。これについて、誰かから賠償を受けることはできないだろうか。

他にも空地ではジャイアンリサイタルが何度となく開催されている。

神成さんは、「聞くと生命に危険が及ぶ(のび太談)」レベルの歌声を隣で聞かされているのである。こっちに関しては作中で神成さんが文句を言った描写はないが、人格者なのだろうか。そうなんだろう。

とはいえきっちりとお金で落とし前はつけてもらいたい。

誰に、請求すべきだろうか。直接の加害者は子供である。親を見ても、ガキ大将のところは零細の青果商だからあまりとれそうにない。メガネのボンクラのところはローンに青息吐息のしがないサラリーマンである。変な髪形の奴のところはお金を持ってそうだが、何といっても髪型が変である。

ほかに手段はないか。そうだ。そういえば空地には土管が置いてある。あの土管は何だ。神成さんは調べた。相談を受けた弁護士も調べた。

どうやら、高度成長期には急増する下水管工事の需要に対応するために、適当な空地に工事用の下水管を置いておくということが全国で行われていたらしい。今はもうこのような大きな下水管需要はないため、必要な下水管は公共用地に置かれており、それでスペース的にも間に合っている。

じゃあなぜあそこの空地の物だけ放置されているんだ。あれは、下水道事業を担う都が放置した物じゃないか。そのまんま忘れられているんじゃないだろうか。裸で野ざらしにしてあるから空地に子供がよりつくんだ。だからボールも入ってくるし、音響兵器も鳴り止まないのだ。

神成さんは、都を訴えてみることにした。

一つだけ、法律的な話をする。この手の損害賠償が認められるには、「悪いこと」と損害との間に「因果関係」が認められる必要がある。何か「悪いこと」をしたからといって、全ての損害を賠償しなければならないわけではない。

この損害というのは、少し考えれば分かるが、風が吹けば桶屋が儲かる式に、無限に広がっていく。交通事故を例にとってみる。 信号無視(=悪いこと)別の車と交差点で衝突その車が大破して買い替え費用が発生する。その車が大破したことにショックを受けた元の持ち主が、それを苦に自殺する。その元の持ち主の妻が,夫の死にショックを受けて、食が細くなり痩せこける。

その妻は役者であり、太っている女性の役で舞台に出ることが決まっていたが、痩せこけたために急遽代役を探さざるを得なくなり、1日目の公演は中止になった。

………さあ、どうだろう。

まあ、感覚的には、ぶつかった車の買い替え費用は賠償しなければならないだろうが、公演のキャンセル料まで賠償する必要はなさそうだというのが大方の見方ではないだろうか。あとは線引きの問題なのだが、法学者や法曹はどこで線を引くかについて色々と議論をしており、色々と難しい話をしている。

とはいえ、ベースにあるのはあくまで一般人の感覚である。

「これは流石に払わないとダメでしょ」「これを払わなくていいってなると被害者が可愛そうよ」「これは遠すぎるから払う必要ないんじゃない?」「ここまで賠償させたら今度は逆に加害者が不憫でしょ」という感覚である。

法律は、市民に用いられるものだから、それでいいのである。法学者や法曹がやっている難しい議論は、さすがに「感覚で決めてください」だと余りにアレなので、学問や専門家として箔を保つためにやっているものに過ぎない。

こういうことを言うとまた業界の偉い人に怒られるが、ほとんどそう言っていいと筆者は考えている。

今回の件を見てみる。都が土管を空地に長期間放置した(=悪いこと)。小学生がその土管で遊ぶのを目当てに空地に寄りつくようになった。小学生が集まった結果、他の遊びもやるようになった。野球で遊んだり歌を歌ったりするようになった。飛んできた野球のボールやヘタクソな歌で神成さんが損害を受けた。

どうだろうか。やっぱり「少し遠いな」というのが多数派の人の感覚ではないだろうか。私もそう思うので、おそらく裁判になっても「完勝」は望めない。都になにがしかのお金を払えという判決が出たとしても、だいぶ割り引かれるだろう。

それを見越して、ある程度のところで和解ができないかと考えつつ、こういう裁判を起こすのである。

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