<寄席とホールの違いって何?>ホールや公会堂で楽しむ「ホール落語」の魅力と可能性(その②)
メディアゴン / 2015年1月14日 1時22分
齋藤祐子[文化施設勤務]
* * *
イベント的な落語会を上手に使って、古典落語を現代的に聞かせる中で客層を広げてきたのは、立川談春だろう。
扶桑社の文芸誌「en-TAXI」主催の歌舞伎座を借りての「談志・談春落語会」をはじめ、文芸春秋の女性誌CREA主催の女性のみを対象とした「女性のための落語会」、大学生以下の子供同伴者のみが入場できる「子どものための落語会」は自ら企画に関与しており、また六本木アートナイトでの深夜の落語会、演劇公演のあとに、同じ原作の新作落語を披露した「死神の精度あらため、死神の心得」、などは別途企画者がいる。
そのほかにもネタを増やすためのネタおろしの会(横浜と成城で実施した)「アナザーワールド」と称する勉強会などだ。ここでは独演会に近いものだけをあげたが、源氏物語1000年記に合わせた源氏物語をテーマにした「新作落語会」、古典の巧者3人(談春、市馬、三三)を集めた「三人衆」など、伸び盛りのころにかかる企画性のあるお座敷をこなしていくことが、集客力を高めて客層を広げるには必要という例だろう。
その立川談春だが、最近は古典の本格派というイメージをつくるためか奇をてらったイベントにはあまり出ず、古典落語以外への挑戦がほとんどない。TVの連続ドラマに出演した昨今は、落語会自体が初めての客がくる独演会もあり、客層が広がりすぎたゆえに会を運営するむずかしさもあるようだ。
そもそも、落語を口演するにあたっては、その日の観客がどの程度落語通かによって、演者は当然のようにネタを変えてくる。それを探るために、前座や弟子がいて(前座がいない場合は、枕という雑談で)どんな話題に反応するかを探っていく。
女性のための落語会を開催した時に居合わせたが、やたら枕が長かった印象がある。女性ばかり、それも推定で20代後半から60代まで、CREAという雑誌の客層からどんな話題がいいのかを考えていたようだった。ボリュームゾーンの40代前後の女性にむけて少子化やら子供を産むことなどに触れていた割には、口演されたのは、酔っぱらって帰ってきた男が奥さんにさんざんわがままをいうバリバリの男噺「変わり目」だったのはこの人らしい挑戦か。
大御所、名人、爆笑王と呼び名はそれぞれだが、ある程度の知名度と芸の水準を兼ね備えるようになった「客の呼べる演者」は年を取るにつれて(立川談志以外は)新しいチャレンジや新しい試みをしなくなる。
あとには、自分が確立した芸風・ラインを、ただただ精進しながら精度を上げていくという気が遠くなるような禁欲的でしんどい道が待っていることになる。立川談志は、そうではなかった。最後まで変わり続けようとして、うまさの極みとなったうまい落語を捨てて、壊して先に進もうとした。
そして、談春師の年末の落語会では、その常に変わろうとした談志が体力の衰えと喉の不調から演者としての限界にぶちあたり、最後は生涯かけて追い求めてきた演者の姿勢(挑戦し続ける談志)から、単なる落語ファンに戻ってしまった、と語っていた。寄席の雰囲気やあり方を、「江戸の風」と称し、そこに回帰したのだと。筆者は立川談志を高座でほとんど聞かずに来てしまったが、その見解には異がある。
それは年を取り、様々なことに興味が薄れる瞬間に、すべてが生き生きとして好奇に満ちていたもっとも好きな世界に回帰しただけのことだろう、と。その世界でみるみるうちに頭角を現し、そこに飽き足らず、様々なことを試みながらも、立川談志はあくまで寄席という演芸のプロフェッショナルの集まる場所が自分のホームだったというだけだ。
寄席を飛び出し、それまでにない新しいシステムで育てられた彼ら立川流(落語協会独立以後)の弟子たちからすれば、頼りにすべき唯一の師匠に見はなされた気がするのかもしれない。
客席で同業者の芸を見ることが許されない慣例から、寄席の袖や楽屋のモニターで諸先輩や同僚の芸を聞くこともできず、ではDVDやテープでそれを吸収しようとすると、口承(口伝)の芸の伝統に排するとそしられる。(落語家は師匠の紹介で、他の落語家に芸を教わりに行くことができる。逆に言えばきちんと口承で教わらない限り、その師匠のアレンジに満ちた噺を口演できない)
とはいえ、与えられた条件の中で、逆境をばねにするからこそ、それまでにない新しいマーケットやあり方を開拓することができるのも確かだ。寄席という場自体が、かつての勢いを失い、寄席さえ今後のあり方を模索する中で、ノスタルジーにひたっていても仕方あるまい。
今後、小三治師匠を筆頭に、当代の売れ子たちがポスト談志、談志以降の落語としてどんな理想をかかげていくのか。とりわけ談志亡きあとの立川流の弟子たちがどんな芸を見せてくれるのか。
稀代の古典の名手として、名人上手という存在さえ超えて、演者が消えてしまい、ただ脈々と続いてきた口承の伝統芸としての至福の「噺」だけが立ちあらわれてくるような、そんな理想にをかかげていくのか(鍋島焼のような、「私を捨てた壮絶な技巧美」だ)、あくまでもその演者のスタイルでのその人なりの芸を積み重ねていき、あの落語家のここが素晴らしかったと語り継がれるような到達点を目指すのか。
どちらにもそれなりの戦略があり、それなりの道がある。ホール落語の今後の展開とともに目の離せないところだ。
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