<どうなる?NHK連ドラ「マッサン」>古今亭志ん朝「文七元結」にみる「〆の言葉=サゲ」の見事さに学ぶ
メディアゴン / 2015年1月29日 2時16分
水戸重之[弁護士/吉本興業(株)監査役/湘南ベルマーレ取締役]
* * *
1月3日の日本経済新聞の「なんでもランキング」は、正月初笑いということか、名作古典落語ベスト10をとりあげていた。
1位は、古今亭志ん朝の「文七元結」。名人への博士論文、ともいわれる人情噺の傑作であり、筆者も、演者の志ん朝も含めて1番好きな演目だ。
江戸本所に住む左官の長兵衛は、腕は立つのに、無類のばくち好き。年の瀬、またばくちに負けて家に帰ると、娘のお久がいなくなったと女房が泣いている。そこに、吉原の遊郭の大店「佐野槌(さのづち)」から使いがきて、娘のお久が身を寄せているという。あわてて迎えに行く長兵衛。出てきた女将が言う。お久が自分の身を売って父の借金を返したいと頼み込んできた、そんな親孝行な娘に免じて来年の大晦日まで50両貸しましょう、そのかわり娘は預かる、返済が大晦日を一日でも過ぎたら心を鬼にして客を取らせるよ-。
ほとほと改心した長兵衛が、帰り道に隅田川にかかる吾妻橋にさしかかると、男(文七)が身投げをするところ。あわてて止めに入る長兵衛。聞けば、奉公先の遣いで集金した50両をすられてしまった、主人に合わせる顔がない、死んでお詫びをします、と言う。長兵衛のふところにはちょうど50両。早まるな、他にあてはねぇのか、30両にまからねぇか、と苦悶しつつも、結局は、「目の前で死なせるわけにはいかねぇ」、と無理矢理50両を押し付けて、名前も聞かず逃げるように去って行く長兵衛。
さて、文七が主人の卯兵衛の元に帰ると、文七が立ち寄り先に忘れた50両が届いている。文七は、これは大変なことになったと真っ青になって事の顛末を白状する。
翌日、卯兵衛は文七を連れて長兵衛の長屋へとおもむき、50両を長兵衛に返そうとするが、長兵衛は「江戸っ子が一度出したものを受け取れるかっ!」となかなか受け取らない。何とかなだめて受け取らせ、卯兵衛は、お近づきのしるしに、と祝いの酒を出す。
さらに、肴をあつらえてまいりました、と表から呼び入れたのが、綺麗に化粧し鮮やかな着物を着たお久。その艶やかなこと、まるで花が咲いたよう。
「お久!」
「おとっつぁん!」
卯兵衛が長兵衛の元に返すために、お久を身請けしたのだ。
「ご主人、この肴、お気に召していただけましたでしょうか」
と卯兵衛。
一瞬絶句し、感涙に頭を垂れる長兵衛。
「大好物でございます」
話は志ん朝のやや甲高い声で、一気にこう結ばれる。
「このお久と文七が所帯を持ちまして、後に至って、麹町に元結屋を開いたと申します。文七元結の一席でございます。」
「元結(もとゆい)」とは、髷(まげ)の根を結い束ねる紐のことをいい、江戸弁では「もっとい」と読む。文七が元結屋を開くのは後のことであり、文七の奉公先の近江屋の稼業もべっこう屋であって元結屋ではない。どうして話にでてこない「文七元結」をタイトルにつけたのだろう、と不思議に思っていた。
後に知ったことは、江戸元禄の頃、桜井文七という者が丈夫な元結を編み出したところ、それが「文七元結」と呼ばれ江戸で大いにもてはやされたという。この話を創作した初代・三遊亭円朝は、江戸の町民に知られた実在の人物と紐の名前を拝借し、これがあの有名な「文七元結」のはじまりですよ、と歴史をつなげることで、大きな余韻を生み出したのだ。
落語のしめの言葉を「サゲ」というが、見事なサゲと言うほかない。当時の江戸っ子は、パブリシティ権侵害だ、コンプライアンス上いかがなものか、などという野暮は言わなかったとみえる。
テレビドラマの世界ではどうか。
たとえば、昨年3月放送のTBSの2夜連続大型ドラマ「リーダーズ」はトヨタ自動車の創設者・豊田喜一郎をモデルに、国産車生産に人生をかけた男の物語であった。しかし、ドラマのほとんどの時間、主人公の愛知佐一郎(佐藤浩市)は人員整理と銀行への金策の中で苦悩し、最後には企業の再生も栄光も見る前に亡くなってしまう。
それでも視聴者がカタルシスを感じられるのは、その後のトヨタの成功と栄光を知っているから。こういう「サゲ」もあるのだなぁ。
他方、NHK朝の連ドラ「花子とアン」は、「赤毛のアン」の翻訳者の村岡華子と、「白蓮事件」の歌人・柳原白蓮の生涯を描き切った感がある。大河ドラマの系譜とでもいおうか。
続くNHKの連ドラ「マッサン」は、ニッカ・ウヰスキーの創業者・竹鶴政孝がモデルであるが、彼を助けた壽屋(後のサントリー)の創業者・鳥居信治郎もまた重要な役どころとなっている。現代に続く国産ウイスキーの歴史をどこまで描くのか。上質なモルトウイスキーのように口の中に余韻を残すサゲとなりますことやら。
おあとがよろしいようで。
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