<どこまでがテレビが扱えるテーマなのか>テレビは終末期ケアの現場を取材できるのか?
メディアゴン / 2015年2月2日 1時13分
高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]
* * *
テレビ番組を作る時には、真摯にテーマを取り上げなければならない場合がある。
それが人の生き死にかかわるような難しいテーマだと、笑いに落とし込んだり、深入りせずに逃げたりすることも出来なくなる。課題を指摘し、行政や責任者に何とかしろ!といえる時などはまだ良い。逆に「こうしたらうまく行きますよ」と役に立つ情報が流せる時も、それはそれで良い。
しかし、深刻なテーマの場合、役立つ情報がないことが多い。
それは日常生活と似ているかもしれない。日常生活では多くの場合「解決してくれる人」がいるわけではない。文句を言っても始まらないことの方が多い。この「普通のこと」がテレビは苦手なのだ。つまり、人生というやつが苦手と言っても過言ではない。
ホスピス(終末期ケアを行う施設)が日本でも関心を持たれ始めた頃のことだ。アメリカのコネティカット州でホスピスを撮影したことがある。日本にはまだ、ホスピスと呼べるようなものはなかった。当時の日本では、癌であったとしても、それを告知されることは珍しく、ホスピスを作るとすれば病院の付属でしか考えられない頃だった。
癌には死のイメージが直結し、告知すべきはどうかが大きなテーマになっていた。
宗教の門題もあるのかもしれないが、アメリカでは、患者が終末をどうのように迎えるかが研究テーマになり、いくつものホスピスが作られていた。この頃、「死ぬ瞬間」などの本を出していたキューブラー・ロスがよく読まれていたことが影響しているのかもしれない。
もちろん日本でも、「死」についてさまざまな研究がなされていた。「死」をどのように「受容」したら良いかが大事なテーマになっていた。だが、日本ではそれは現実の話にはなっていなかった。あくまで医療行為の話だった。「治ることがない」ということは医療にとってつらいテーマでもあったわけだ。
そして、筆者は「ホスピスとは何か?」というような入門編みたいな番組を作った。夜の10時から1時間の番組である。コネティカット州のホスピスでは、痛みの緩和がメインのペインクリニックなどの取材をした。しかし、これは結局、医療行為である。ホスピスが必要なのはこうした医療行為でなく「どう安らかな死を迎えるのか」といった精神の世界のことである。
だが、ここでは「カウンセリングはどうする?」「ボランティアの役割は?」というような本質とはかかわらないことしか取材できなかった。いや踏み込めなかったと言ったほうが良いかもしれない。
もちろん、何人かの患者さんの取材もした。その時、年配の男性が言った言葉が印象的だった。60代の男性だと思えたが、実はもっと若かったかもしれない、彼が言うのは、「夜が怖い」ということだった。
「独りになり、夜がくるとこのまま、朝を迎えられないのではないかという恐怖がやってくる」
というのだ。彼の言い方は静かだった。
夜をどう撮ったらよいか、これが難しいテーマになった。ホスピスには深夜の静寂はない。いろいろな声がする。時にすすり泣きであったり、明るい笑い声も混じり、あるいはうめき声だったりする。眠れない人がたくさんいるのだ。だが、彼の言っている闇は「とてつもない静寂」を意味するように聞こえた。
いつまでも深夜の撮影をするわけには行かなかった。撮影すること自体、彼らにとっては苦痛でもある。その場に長くいることも出来ない。
そのホスピスのすぐ近くに、大きな銀杏の木があった。黄色が鮮やかでちょうど色づいた葉が散り始める時だった。銀杏の黄色は普段日本で見る黄色よりずっと深い。そしてそれは、屋根を越えるような高さだった。筆者はこの銀杏の木を撮影した。完成した番組では夜のシーンの後にこの銀杏の画を挿入した。
放送が終わった後ある人に「銀杏の木が印象的でしたよ。きれいだった」といわれた。これは妙にうれしかった。
どうしてもペインクリニック、あるいは告知、そういった医療行為を追いたくなる。だが、ホスピスはそうした医療が届かなくなった人々のターミナルケア(終末期ケア)をどうするかだ。現状を紹介すればするほど、患者たちから遠くなっていくように思えた。すると、ますます無機的な取材になっていく。
結局、患者たちの内面にはとても踏み込めなかった。難しいだけではない。その回答も持ち合わせていない。取材できたものが「銀杏の木」だったわけだ。「銀杏の木」はたぶん患者たちが毎日見ていたであろう。筆者はその木が美しいと思った。
あの番組を制作してから30年も経った今も「銀杏の木」を見るとあのときの取材を思い出す。
今、医療の水準は格段に上がった。絶望が早い段階でやってくるのではなく、医療行為の最後まで希望を失わせない仕方になっている。だが、その先にやってくる精神をどうケアするかという課題はあの頃と同じく克服されていないテーマであり続けているのだろう。
どこまでテレビが扱えるテーマなのか、それを判断するのは難しい。しかし、眠れない夜はどんな夜なのか、微に入り細に入り取材することがテレビのテーマであるとはやはり思えない。戸惑いは今も変わらない。
たぶん、映像の役割はこの人生というやつの中にもあるのだろうが、いつまでたっても難しい。
だが、一方では映像にとって人生とは、もっとも取材すべき対象のような気もする。表情やしゃべり方など人生を想像できるものを最も映すことが出来る方法のようにも思えるからだ。それは活字より向いているかもしれない。
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