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<今、メデイアがすべき大事な仕事>安倍首相の中東訪問はどのような政府の戦略のもとで実行されたのか?

メディアゴン / 2015年2月5日 2時35分

藤沢隆[テレビ・プロデューサー/ディレクター]

* * *

[画面]車を運転する男のUP

[テロップ]ロンドン 先月18日

[ナレーション]先月、二人の殺害予告が出される2日前、イスラム過激派組織“イスラム国”を支持する男が突然話を切り出しました。

[男の声]日本がイスラム国との戦いに2億ドルを出すのか。信じられない。日本が参加するなんて。我々はもう日本を敵と見なすだろう。

上記の流れは、後藤健二さんの殺害が伝えられた日の夜、NHKスペシャル『追跡“イスラム国”』の冒頭です。「男の声」が1月17日の安倍首相の演説を受けていることは言うまでもありません。この番組がいきなりこのシーンからはじめられたことには制作者の思いがこめられているように感じます。

[安倍首相演説]

 「(前略)イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。(後略)」

安倍演説を聴いたロンドンの男が「我々はもう日本を敵と見なすだろう」と語った二日後、2億ドルの身代金を要求する映像がインターネット上に流れました。

 「日本の首相へ。ISから8500kmも離れているにもかかわらず、お前は進んでこの十字軍への参加を表明した」

あたかもイスラム国と敵対する国々への援助と同じ金額をイスラム国に払うなら二人を解放しとりあえずイーブンにしてやる、と言わんばかりの要求に聞こえました。

外務省は今回の中東訪問を中止するように進言したが官邸側が聞き入れなかったと伝えられます。安倍首相は当然ながら二人の日本人がイスラム国に拘束されていることを当初から知っていました。たしかに重要な外交案件をイスラム国の犯罪行為で中止するというのもどうでしょうか。

ともかく二人の日本人を人質に取られている特殊な状況下での中東訪問ですから、安倍首相の演説内容がイスラム国へどういう影響をもたらすかは充分に検討されたに違いありません。その結果の演説が上記の“イスラム国の脅威をなくすために、イスラム国と闘う国へ2億ドルを援助する”というものでした。

安倍首相は後にこの演説を、

 「日本人が拘束されていることへの影響などを含めて総合的に判断し、テロの拡大を防いで行く考えを表明することにした。」

としています。

しかし、誰ひとり認めないにしろイスラム国が自分たちは国家であり聖戦という戦争をしていると宣言しているのですから、この安倍演説を敵対行為、さらに言えば宣戦布告ともとられかねないおそれがあったのは明かです。ならば本来の人道支援に敵も味方もないでしょうから、いささかでも二人の人質救出に配慮した演説にすべきという意見も政府内にあったのではないでしょうか。

この演説への批判をテレビで明解に語ったのはNHK論説委員でした。2月2日のNHK総合テレビ『時論公論スペシャル』の中で、出川展恒解説委員(中東担当)はこう言い切りました。

 「私はこれは不用意な発言だったと思います。人道支援であることだけを強調すべきでした。表現の問題ですね。また事件が発覚した後過激派が敵視しているイスラエルの訪問でイスラエルの国旗の前でテロとの戦いを強調したこと。あるいはアメリカやイギリスなどイスラム国が十字軍だとして名指しして批難している国との連帯をあえてアピールしたことなど、ヒヤヒヤする場面がありました。もし二人の人命を最優先に考えているのであればあまりに配慮が足りないと感じました。」

NHKの解説委員が現職総理に対し“不用意な発言”、“配慮が足りない”と断言したのは驚きでした。

結局は最悪の結果に終わったのですから、“人命尊重”かつ“テロには屈しない”と言い続けた安倍首相はどういう絵図のもとにああいう文言や行動を選択したのかをもっと具体的に説明すべきと思います。そうでないと湯川、後藤両氏もなぜ自分たちは国家によって救われずに殺されねばならなかったのか納得がいかないのではないでしょうか。

それにしてもなにかと安倍首相には“前のめりグセ”というか、強硬な姿勢を取りたがる傾向があるとは感じませんか。

たとえば2月2日の声明です。

 「残虐非道なテロリストたちを私たちは絶対に許さない。その罪を償わせるため日本は国際社会と連携していく。」

テレビ朝日『ニュースステーション』によれば、この文言は官邸の意向で付け加えられたものだそうですが、“絶対に許さない”、“罪を償わせる”というのは力づくでもイスラム国に罪を償わせるというような復讐をにおわせる激しい言葉に聞こえせんか。

しかし、その後の国会答弁ではこう説明しています。

 「二人を殺害したテロリストは極悪非道の犯罪人であり、どんなに時間がかかろうとも国際社会と連携して犯人を追いつめて法の裁きにかけるという強い決意を表明したものでございます。(中略) 警視庁及び千葉県警による合同捜査本部を設置いたしまして事件の全容解明に向けて所要の捜査を開始したところでございます。(中略) 罪を償わせるということは彼らが行った残虐非道な行為は法によって裁かれるべきであろうとこう考えるところであります。」

けっこう当初の発言とはニュアンスが違うのではありませんか。安倍首相はどうも激しく言いたがる傾向があるようです。少ない可能性としては、意識的、戦略的にやっているのかも知れないのですが。

そんな安倍総理はこうも言っています。

 「テロリストの思いを忖度してそれに気を配る、あるいは屈するようなことがあってはならない」

管官房長官は、今回日本政府はいっさい身代金を支払うという選択肢を持っていなかったし、テロリストと直接交渉はまったくしていない、と明言しています。

しかし、身代金などの交渉に応じるのはどんな場合でもテロに屈することなのでしょうか、演説の文言へ配慮するのはテロリストの思いに対する忖度でありテロに屈することなのでしょうか。

残忍非道のテロリストや過激派との戦いは人命尊重との狭間で難しい局面に立たされています。もしかしたらこういう時代に求められるのは、テロリストの思いを忖度して気を配り、それでいてけっして屈しはしないという巧妙でしたたかな戦略とリーダーなのでは。

いずれにせよ、今回の中東訪問はどのような政府の戦略のもとで実行されたのか、そしてなぜ不幸な結果に終わったのか、今後のためにも詳細な解明が待たれます。紛れもなく、これこそメデイアの大事な大事な仕事です。

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