<ドラマ「Dr.倫太郎」への期待>主人公・堺雅人と蒼井優に課された「禁欲原則」
メディアゴン / 2015年5月7日 7時0分
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事/社会臨床学会会員]
* * *
精神科医の隣接領域にいる者として、日本テレビのドラマ「Dr.倫太郎」をずっと見ている。主人公の日野倫太郎(堺雅人)は、精神科医の中の精神分析家である。病院内では脳科学を信奉し、患者の心に寄り添わないくすりを処方するだけの医師と対立している。
心理療法の技法の一つ「精神分析」は科学的証拠がないことが批判されて、本場のイギリス、アメリカでも劣勢である。英米では、分析を受けることは、いまや富裕層の娯楽、ステイタスだと認識されている。宗教であるとする科学者もいる。
日本ではこれを生業とする人は30人しかいないともされる。もちろん、健康保険はきかない。土居健郎、小此木啓吾、岸田秀といった精神分析学者の名を知っている人も多いだろうが、彼らは皆、精神分析家と言うより文筆家として名が高い。
さて、ドラマの方だが、縦筋は倫太郎の恋愛を巡るドラマという構造を持っている。その対象となるのは倫太郎のクライエント(患者あるいは顧客)でもある新橋芸者・夢乃(蒼井優)で、そこに、倫太郎の幼なじみで同じ病院に勤務する外科医・水島百合子(吉瀬美智子)が絡む。
幼なじみで、同じ病院に勤務していて、女性で、外科医という設定は統計学的にほぼゼロの設定だが、まあ、それはおいておこう。ここで、論じたいのは精神分析家・倫太郎とクライエント・夢乃の恋愛関係である。
「転移-逆転移」という言葉がある。「転移-逆転移」は、精神分析において、いや、心のカウンセリングにおいて、最も重要な概念の一つである。「転移」は、元々の別の特定の人物に向けられているクライエント(筆者・補足:ドラマの場合は夢乃)の感情が、治療の中でセラピスト(筆者・補足:ドラマの場合は倫太郎)に向けられることを指す。「逆転移」はセラピスト(倫太郎)側に生じるクライエント(夢乃)に対する感情である。[「臨床心理学」有斐閣]
誤解を恐れずに言えば、患者が医者のことが好きになってしまったり、医者が、相談にのっているうちに、患者のことを好きになってしまう状態である。まあ、精神分析学を持ち出さなくても、これは日常でもよくあることだろう。太宰治先生は「可哀想だってことは好きだってことだ」と喝破しているくらいである。
精神分析学では、この「転移-逆転移」状態を、治療に用いるべきだという論点もあるが、その場合も、本当の感情なのか「転移-逆転移」なのか、厳密な区分けが必要だとされる。その勘違いが、治療の邪魔になるのからである。
倫太郎は天才精神分析家の設定だから、こんな初歩のことは充分に知っているはずだとすると、今の、夢乃への、のめり込みぶりは異様に見える。何かどんでん返しへの伏線なのだろうか。
通常、精神分析は、セラピストとクライエントと契約を結んで始まる。5年以上かかることもザラであるから、時間、場所、料金、いつ終了するか、などのルールを決めるのである。夢乃は、今のところ(第3回まで)、倫太郎の正式なクライエントではないのだが、このシーンはドラマ的には説明的すぎて面白くない。
それとも、このルールを提示した上で夢乃を好きになってしまった倫太郎の苦悩として描かれることになるのだろうか。
この契約時にはクライエント(夢乃)に「禁欲原則」も説明されるはずである。分析期間中は結婚、離婚、妊娠、転職、引っ越しなどの人生の大きな決断を控えるようにするのである。一方、精神分析家(倫太郎)には「中立性」と「受け身性」が求められる。
いずれにしろ、この制約の中だと、倫太郎と夢乃の恋愛は悲劇を予感させる。だが、筆者は、かなえられないが故の恋の狂おしさ、などという凡庸にはたどり着いて欲しくないと、思うほうである。
「Dr.倫太郎」のスタッフには、ぜひ、倫太郎が精神分析家であることが、腑に落ちるような見事な終わりを期待する。
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