<「悪者」が出て来ない家族再生の物語>低予算の映画「ビリギャル」にはプライスレスな価値がある
メディアゴン / 2015年5月23日 7時8分
黒田麻衣子[国語教師(専門・平安文学)]
* * *
映画『ビリギャル』を観た。
若い子向けの映画かと思いきや、さまざまな世代の方達が、男女問わず「泣けた」とおっしゃるので、どんな映画かと観に行ってみたのだ。
原作は、坪田信貴『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWAアスキー・メディアワークス刊)。これを、『いま、会いにゆきます』や『ハナミズキ』で多くの女性の涙腺を決壊させた土井裕泰監督が映画化した。
筆者の本業は国語教師で、今も現役で大学受験生を毎年指導しているので、書籍が出版された時には、正直、「特に『奇跡』と呼べるほどのことではないよね」と思ったし、読もうという興味も湧かなかった。
これを「奇跡」と呼ぶなら、奇跡を起こしている生徒は、毎年、全国にたくさんいるし、それを支えた指導者だって、数え切れないほどいるわけで、取り立てて騒ぐことでもないと、作品を前に、最初から斜に構えて高を括っていた。
しかし、映画を観て、自分の浅はかさを恥じた。この映画は、家族の再生の物語だった。
世の中に、完璧な人間なんていない。みんな、失敗しながら成長していく。それは、父親、母親だって同じだ。学校の先生、塾の先生は、何年も「先生」をしていると、それなりに生徒の心を打つ術を体得していく。
もちろん、毎年、全力で生徒にぶつかっているし、精一杯指導はしているけれど、歳を重ねて、経験を重ねるたびに、多少のテクニックも身についてくる。でも、親は違う。子どもの成長に従って、毎年「はじめての経験」を重ねていくことになる。いくつになっても、「はじめて」が延々と続いていく。
子どもが小学生になったら、親は「はじめて」小学生の親を体験することになる。思春期を迎えた子どもを前に、接し方に戸惑うのは当然だし、子どもの受験は、親にとって「親としての初めての受験」なのだから、自分の受験以上にナーバスになるのは当たり前だ。そうして、親も、子どもとともに、戸惑い、時にはまちがいながら、成長していく。
そんな「親の戸惑い、まちがい、成長」をも見事に描き出してみせたのが、この映画であった。だから、受験生世代のみならず、多くの人に静かな感動を呼び起こしているのだろう。
橋本裕志の脚本も秀逸だった。原作では透けて見えた筆者の「塾講師としての打算」を極力排除した。原作では悪役のように描かれた学校の教師も、同業者が観るに堪える人物像に変わっていた。
もちろん、主人公の「さやかちゃん」は、頑張り屋さんで、素直で素敵な女の子だったし、母の愛と献身は涙無しには語れないものだった。そこに、弟妹と不器用な父が加わって、家族の姿がていねいに描かれる。さやかちゃんのお友達も、素敵だった。
学校モノを描くとき、先生か親か、身近なオトナを「敵」と見なし、簡単にそれらを悪者に仕立てあげて、陳腐な対立をストーリーにしてしまう作品も多く見受けられる。
この映画は、まったく違った。
映画の中に、「悪者」が出て来ないのだ。主人公さやかちゃんから見ると「イヤな人」に見えるオトナにも、その人なりの愛がある。不器用で、うまく伝えられない「愛」が交錯し、結果、人を傷つけてしまう。そんな人間の不完全さを、土井監督は、多大なる人間への愛情でもって、描いてみせた。ラストに、皆の思いが静かに繋がり合う様は、涙無しには観られない。
お父さん役の田中哲司さん、お母さん役の吉田羊さんに心打たれた。ビリギャルを演じる有村架純ちゃんの演技も素晴らしかった。先生役の伊藤淳史くんも安田顕さんも、クスリと笑えた。
この映画は、低予算で制作されたらしい。でも、この映画には、プライスレスの価値がある。
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