女性の陰毛を拾い集めて売っていたグループが警察に突き出される

メンズサイゾー / 2014年9月8日 13時0分

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 東京がまだ東京市だった頃の話。大正12年(1923)2月、某デパートの店員によって、男4人が警察に引き渡された。店内で迷惑な行為を重ねていたからという。その行為とは、女性の陰毛を拾い歩くことだった。といっても、単なるマニアではない。拾い集めた陰毛を商品に加工して売っていたのである。

 この男4人は、女性の多く行き来する場所にその陰毛が落ちていることに注目し、これを売って儲けようと目論んだ。そして、4人が目をつけたのは、女性が集まる格好のスポットであるデパートだった。

 日本におけるデパートの起源は、明治初期にまでさかのぼる。東京・永楽町(現・千代田区)に明治11年(1878)にオープンした東京府立第一勧工場は、その後のデパートの原型といわれる。さらに明治37年12月にはデパートの草分けといわれる三越呉服店が営業を開始する。いうまでもなく、現在の三越である。以後、デパートは都市部に次々に開店して女性に人気の商業施設に成長していく。

 そのデパートの床には、抜けたり切れたりした陰毛がよく落ちていたらしい。当時、女性の服装は和装が一般的で、下着は腰巻のみ。男はふんどしを締めたりパンツをはいたりしていたから、落ちている陰毛は女性のものである可能性が高かった。それを4人の男たちは、根気よく、熱心に、拾っては袋などに入れて集めていた。おそらく、最初はそれなりの苦労があったのかもしれない。だが、次第に効率よく集められるようになっていったのだろう。1日かけて集めた陰毛の量は、あわせて2升から3升になったという。

 そうやって集めた陰毛で、さまざま商品が仕上げられた。たとえば、数本ずつきれいな袋に入れて、開運や災難避けのお守りや、陰毛を中に詰めた座布団などを作って売っていた。

 女性の陰毛を縁起物として珍重する民間信仰は古くからあるし、あるいは単に陰毛を嗜好するファンもいつの時代にも根強く存在する。近代になってからは、たとえば東京のある商店主が「関係した芸妓の陰毛を集めて座布団を作ろう」と思い立って遊び歩いていたものの、昭和4年に志半ばで病死。昭和6年には自分の陰毛を売る少女まで登場している。また、戦争になると「弾除けのお守り」として人気が出たことも、いくつもの資料に書き残されている。

 さて、この陰毛ビジネスを続けていた4人だが、デパート側ではこの男たちが何をしていたかにうすうす気がついていたらしい。だが、別に不法行為をしていたわけでもない。買い物もせずに店内をウロウロしていたとはいえ、はたから見れば床のゴミを拾うだけである。ほとんど黙認状態だった。

 ところが、つい調子に乗ってしまったのだろう、男たちの行動は次第にエスカレートしていった。たとえば、女性客の後をつけ歩いたり、女性の足元をさぐったり、果ては着物の裾から覗きこんだりするようになってしまった。

 こうなると、店側も黙っているわけにはいかない。「迷惑千万なヤツらだ」と店員たちに取り押さえられ、交番へと突き出されたのである。

 ちなみに、女性の下着としてズロース、すなわちパンティが普及したのは、昭和7年12月16日、東京・日本橋のデパート白木屋で火災が発生し、女性店員14名が死亡する大惨事がきっかけとなったことはよく知られているとおりである。
(文=橋本玉泉)

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