扶養内を意識して働くひとにはメリットがない? 「103万円の壁」引き上げによる具体的な影響とは
MONEYPLUS / 2024年11月6日 18時0分
扶養内を意識して働くひとにはメリットがない? 「103万円の壁」引き上げによる具体的な影響とは
玉木雄一郎氏が率いる国民民主党によって「103万円の壁」が注目されています。働き控えを減らすことを目的のひとつとしていますが、そこには「壁」に対する間違った解釈もあるとも言われています。今回はこの年収の壁と将来設計について解説します。
「103万円の壁」とは?
私たちの暮らしの中には、いくつかの「壁」が存在します。今回、国民民主党が掲げる「103万円の壁」というのは、給与所得者の所得税の支払が発生する「壁」です。これ以上働くと税金の支払が発生するので「働き損」だと嫌って働き控えをする人が一定数いると言われています。
あまり話題になりませんが、住民税の「年収の壁」は年収98万円です。年収が103万円を超えた際に支払う所得税の税率が5%なのに対し、住民税の税率は10%なので、住民税の方が所得税より支払うべき税金は高くなります。なぜ同じ税金なのに「壁」が103万円あるいは98万円と異なるのかというと、控除額が違うからです。
例えば従業員数50名以下のお勤め先で、パートで年収120万円を稼いでいるAさんを考えてみましょう。Aさんのお勤め先では、厚生年金加入の目安は年収130万円ですから、Aさん自身は社会保険料を負担せず会社員である夫の扶養となっています。
年収120万円からは給与所得控除が差し引かれます。金額は55万円です。これはお勤めをする方のためのみなし経費です。いわば領収書がいらない経費なので、年収によって一定額が差し引かれます。
この給与所得控除55万円と納税者ひとりひとりに割り振られた基礎控除48万円(合計所得額2400万円以下の場合)を合算したものがいわゆる「103万円の壁」です。これらの控除額より年収が多いと、課税所得が発生しそこに税率が掛けられるのです。
では、この103万円の壁を越えて働くAさんはいくら税金を払うのでしょうか? Aさんはご自身で生命保険やiDeCoにも加入していないとすると、年収120万円から103万円を引いた17万円が課税所得となり、税率5%の所得税は8,000円(千円未満は切り捨て)です。
一方、住民税における基礎控除は43万円なので、年収120万円から給与所得控除55万円、基礎控除43万円を差し引いた22万円が課税所得となり、2万2千円の住民税が発生します。(所得割10%の場合)
では、国民民主党が掲げる所得控除103万円を178万円に引き上げたらAさんの手取りはどうなるのでしょうか? 現在の報道では「基礎控除等」と内訳は示されていないので、限定的な情報の範囲内での試算ですが、税金のかからない収入が178万円まで引き上げられる訳ですから、これまで払っていた所得税、住民税併せて3万円の税金の支払が不要となります。これがAさんの基礎控除等の引き上げによるメリットと言えます。
今回の基礎控除等の引き上げは、課税所得が高い方により多くのメリットをもたらします。これは、所得税が累進課税方式をとっているからです。一方、住民税の所得割10%というのは原則全国一律なので、基礎控除等の引き上げのメリットは原則すべての人に対し同じとなります。
では、少し条件を変えてAさんの職場が従業員50人超で、この10月より社会保険に加入することになった場合の手取りをみていきましょう。この場合、社会保険加入の目安は年収106万円です。
年収120万円のAさんが負担する健康保険、介護保険、厚生年金保険料は月14,641円(東京都協会けんぽの場合)ですから年間175,692円です。この社会保険料は全額控除の対象になりますから、前述した税額が変ってきます。
年収120万円から、給与所得控除55万円、基礎控除48万円、社会保険料控除175,692円を差し引くとマイナス、つまり課税所得は0円となり負担すべき所得税は0円です。住民税が課税される所得は44,000円なので、納税額は4,000円です。
こうしてAさんの例で税の壁と社会保険の壁を比較すると、社会保険料負担による手取りの減額の方のマイナスインパクトが大きいことがわかります。このため、今回の国民民主党の案も、Aさんのように扶養内を意識しながら働き方を調整したい方たちにとっては、そこまでメリットがないのではないかと言われる所以です。
「老齢年金の公式」を理解することも大切
このように年収の壁は「手取り」といった目の前の損得で語られることが多いのですが、お客様のライフプラン相談を長年お受けしているファイナンシャルプランナーとしては、もうひとつの大切な事柄として老齢年金の公式を理解することもお勧めしたいと思っています。
まず国民年金部分の公式は、2万円x加入年数(40年が上限)です。これは簡易的な計算式ですが、充分ポイントは伝わるでしょう。つまり、国民年金は20歳から60歳まで40年加入して年金額約80万円程度が上限であるということです。
いわゆる専業主婦(夫)などの第3号被保険者は国民年金保険料が免除となっています。国民年金保険料を単独で支払うと約月17,000円もの保険料負担が発生します。仮に第3号被保険者期間が30年だとすれば、600万円以上もの保険料を支払わずに年金が受けられるのですから、この経済的メリットは相当大きいといえるでしょう。
しかし、国民年金には上限が設定されていて、満額受け取れたとしても80万円です。相対的貧困の基準は年収127万円(2018年 国民生活基礎調査)ですからそこから見ても単独の収入としては、貧困ラインを下回ります。つまりこれは、厚生年金で働く配偶者ありきの制度設計であり昭和的家庭モデル、男性は外で働き女性が家庭を守る、が前提とされているということは理解しておいた方が良いでしょう。
では厚生年金はどうでしょう? こちらは平均年収x5.481/1000x厚生年金加入年収(70歳が上限)が公式です。平均年収とは、厚生年金に加入中の年収(給与と賞与)の平均値です。
公式を眺めると、5.481/1000というのは国が定めた係数ですから、将来の年金額を増やすためには、平均年収を上げる、そして厚生年金加入年数を増やすことが有効であることがわかります。
平均年収は、働いている期間の積み重ねです。年功序列の時代は終わったといわれますが、一般的には長く働くことによりスキルが磨かれ、それが収入に結びつくと考えられます。もしAさんが老後の自分の年金を増やし豊かに過ごしたいと思うのであれば、年収の壁を乗り越え、ご自身の働く能力を存分に発揮し働くことが重要であることがわかります。
もちろん年収の壁を超えて働くと、手元に残るお金も増えていきますから、その中からiDeCoやNISAといった資産形成をするにも、お金の回りが良くなることが期待できます。
「壁」を越える選択も必要
よく女性は年金が少ないと問題視されますが、それは先ほどお伝えしたように、そもそも昭和の家庭モデルにおいて女性は老齢期も男性に扶養されるのが前提なので年金は少なくても良いと考えられていたからです。Aさんの人生の目標がそこにあれば問題ありませんが、思いが異なるのであれば壁の内側に留まっていてはいけないのです。これはAさんに限らずすべての女性に関わることとも言えます。
女性の平均寿命が延び、配偶者が亡くなったあとの女性のお一人様期間が延びることにより、女性の貧困問題が取り沙汰されるようになりました。女性が受けられる遺族厚生年金は夫が受け取っていた老齢厚生年金の75%に過ぎないので、自分の年金が少ない女性は夫亡き後の暮らしが厳しくなるのです。
また離婚も増えました。女性の働く環境が改善されてきているとはいえ、賃金格差はまだ存在すると言われていますし、特に子どもを抱えたシングルマザーの働く環境は厳しく経済的困窮率が高いことは知られているところです。
このように何らかの理由から現役時代に年収が少ない、厚生年金加入期間が短いなどの要素があると、国民年金に上乗せされる厚生年金が少ないので、充分な年金が受けられない可能性が高くなっていきます。これは男性にも同じ事が言えます。また現役期の年収が少ないと、iDeCoやNISAといった税制優遇を使った資産形成制度も充分活用できないというジレンマも考えられます。
ここのところ社会保険の年収の壁、そして今回の税金の年収の壁について、できるだけ壁を超えた後もマイナスギャップがないようにという議論が継続されています。しかし壁を超えるハードルが低くなったとはいえ、簡単には年収を増やせない方もいるでしょう。もちろんそれは雇い側の問題もあるでしょうし、家族の理解が得られない、役割分担や価値観の相互理解が理由で働くことが難しい場合もあるでしょう。
しかし、将来の自分は今の自分の延長線上にあるのですから、しっかりと意識する必要があると考えます。家族での話し合いも重要ですし、ご自身も今できないからと諦めるのではなく、少し時間を長めにとった上でのプランニングも大切でしょう。例えば、数年後のキャリアアップのために資格取得をめざし今は勉強に集中するという選択肢もあるかも知れません。
壁というと、行く手を阻む物、超えるのが大変なことといったイメージがあるかと思いますが、折しも公明党と国民民主党が「年収の壁突破チーム」を設置し今後政策を協議していくと発表しました。ぜひ皆さんもご自身で、またはご家族で「年収の壁突破チーム」を設置しこれからの将来をどのようにデザインしていきたいのか、考えていただくのも良いのではないかと思います。
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(山中 伸枝)
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