手取りはどれだけ減る? 「iDeCo改悪」によってどのくらい不利益を被るか
MONEYPLUS / 2025年1月21日 7時30分
手取りはどれだけ減る? 「iDeCo改悪」によってどのくらい不利益を被るか
「iDeCo改悪」という言葉がどうも一人歩きしているようです。前回の記事で、「それほど大きな問題ではない」と指摘させていただきましたが、それでもやはりデメリットといわれると気になるのが人情です。今回は、「改悪によって」どのくらいの不利益が発生するのかを検証してみたいと思います。
前回記事:それほど大きな問題ではない? 「iDeCo改悪」によって影響を受ける人、逆にメリットがある人とは
iDeCoをおさらい
今回税制改正大綱で発表されたiDeCoの変更点で「改悪」と指摘されているのは、iDeCoの資金を60歳以降で一時金として受け取る際の税金のルールの変更1点のみです。改悪ポイントにばかり注目が集まりその他の加入可能年齢の引き上げや、掛金上限額が大幅に引き上げられ、よりシンプルに分りやすくなる点は、残念ながら話題にもならないようです。
iDeCoは国民の老後資金作りを支援するために設けられた国の仕組みです。毎月決まった金額でコツコツと積立投資を行い、運用で得た資金を60歳以降自身の老後資金として受け取ります。積立時の掛金は全額所得控除、運用益は非課税と税金が優遇されるので、有利に老後資金を準備することができます。
iDeCoを利用できる人は、国の年金制度に加入している人です。つまり、20歳以上60歳まで、厚生年金に加入している人は65歳まで加入することができます。ここでいう「加入」とは、掛金を積み立てるという意味です。
60歳になると、それまで運用して得た資金を受け取ることができるようになります。この資金を「老齢給付」といいます。老齢給付は必ずしも60歳で受け取らなくてもよく、人によっては65歳まで積立を継続する人もいれば、75歳まで運用のみを継続した後で老齢給付を受け取る人もいます。
老齢給付を受け取る際は、すべての資金を一括で受け取る、年金のように分割で受け取る、一括と分割を併用するという3つの受け取り方法から選ぶことができます。一括で資金を受け取る際は、「退職所得控除」が適用になり、分割で資金を受け取る際は、「公的年金等控除」が適用になります。
控除とは税金がかからない枠です。iDeCoは積立時、運用時の税のメリットに加え、受け取り時にも特別な控除が利用できるので有利なのです。これもひとえに、人生100年時代、国民の自分年金作りを後押しするという国の強い意思の表れといえます。
「退職所得控除」とは?
一括受け取りの際に適用される「退職所得控除」は、会社からの退職金を受ける際に適用されるもので、税金の負担があまり大きくならないように設計されています。
例えば定年で会社から退職金を2000万円受け取ったとしましょう。この退職金にも給与と同じように課税されると気の毒だということで退職金から勤続年数に応じた「退職所得控除」を差し引きます。勤続20年までは1年あたり40万円、20年を超えた勤続年数については1年あたり70万円で退職所得控除を計算します。
勤続38年だと退職所得控除は2060万円(800万円+18年x70万円)ですから退職金の額を上回ります。つまり、税金を払うことなく退職金の全額を受け取ることができます。
では、勤続25年だとどうなるでしょうか? 退職所得控除は、1850万円(800万円+15年x70万円)となり、退職金の方が150万円上回ってしまいます。このような場合、退職所得控除を超過した分は2分の1されます。この場合75万円に対し税金がかかります。
所得税の計算には、総合課税という方法と分離課税という方法があります。前者の場合は給与所得や、不動産所得などの所得をすべて合計した総額に税率をかけます。一方後者は、その他の所得と切り離して所得税を計算します。
退職金は分離課税なので、たとえ同年に退職金の他給与収入があったとしても退職金のみを切り離して税金を計算します。このケースでは75万円に対する税率は5%なので、所得税は37,500円となります。また住民税は10%なので75,0000円、納税の合計額は112,500円です。課税されたとしても受け取る退職金に対して税金の割合は0.5625%ですから、優遇が大きいことが理解できるでしょう。
退職金とiDeCoの老齢給付を同時に受け取ったらどうなる?
では、この退職所得控除の知識を踏まえてiDeCoを考えてみましょう。iDeCoの場合、加入期間を勤続年数と読み替えるので、20年加入すると退職所得控除が800万円(20年x40万円)となり、30年加入すると退職所得控除が1500万円(800万円+10年x70万円)となります。ここで覚えていただきたいのが、退職所得控除を計算する際、240ヶ月は20年とカウントしますが241ヶ月は21年とカウントする点です。つまり、より多くの金額を非課税で受け取りたいと思うのであれば、早くはじめ、長く続けて加入期間を延ばすことが重要なのです。
では、60歳の定年時に退職金とiDeCoの老齢給付を受け取ったらどのような計算になるのでしょうか?まず一つ目のルールとして、同じ年(1月から12月)に複数の退職金を受ける場合は合算することになっています。
例えばiDeCoを10年間積立したとしましょう。掛金月23,000円で運用利回り4%で60歳時点での資産は340万円です。60歳で退職金2000万円とiDeCo340万円の合計2340万円が「退職金の合計」です。
では、退職所得控除はいくらでしょうか? 会社は勤続年数38年ですから退職所得控除は2080万円、iDeCoの加入期間は10年ですから退職所得控除は400万円(10年x40年)です。
退職金は両方の金額を合算したので、退職所得控除も合算されるのではと思いがちですが、税金の計算では勤続期間あるいは加入期間の重複している期間については片方の退職所得控除はなかったものとするというルールになるので、このケースではiDeCoの加入期間10年は勤続年数38年に吸収され退職所得控除は2080万円となります。
会社の退職金とiDeCoの合計額は2340万円ですから、退職所得控除2080万円を280万円上回ります。この金額は2分の1され分離課税されるので、所得税は7万円、住民税は14万円、合計21万円です。つまり手元に残るお金は2319万円となります。
5年ルールが10年ルールに
では、会社の定年が65歳だとどうなるのでしょうか? ここからが5年ルールのお話です。5年というのは、複数の退職金を受け取る場合、先に受け取った退職金と次に受け取る退職金の期間が5年未満であれば、重複期間についてはその控除がないものとして扱われます。つまり同年で受け取る場合と同じ扱いです。しかし5年以上間隔があくと重複期間の減額がなくなり、それぞれの退職所得控除が認められるのです。
差が分りやすいように勤続年数は38年のまま、会社の定年が65歳となり退職金2000万円を受け取る例で考えます。iDeCoは60歳で受け取ります。iDeCoの受け取りと退職金の受け取りは5年空きますので重複期間が消失されることなく、それぞれの退職所得控除が適用されます。
つまり60歳時点でiDeCoの340万円を受け取る際は、退職所得控除が400万円なので税金は0円です。65歳時点で2000万円の退職金を受け取る際は、退職所得控除が2080万円なのでやはり税金は0円です。結果5年ルールを使うことができると、21万円もの節税ができるのです。
しかし今回の改正でこの5年ルールが「10年ルール」になったことで、iDeCoの受け取りから10年以上間隔をあけないと重複期間とみなされ400万円の退職所得控除が認められなくなってしまいます。実際には65歳で退職金2000万円を受け取る際の2060万円の退職所得控除が、60歳でiDeCoを受け取る際にiDeCoの老齢給付の340万円分だけ消費され、退職金受け取り時の有効退職所得控除が1720万円のみとなります。
退職金を65歳で受け取る際に2000万円から1720万円の退職所得控除を差し引くので、280万円が超過分として残り、その2分の1が分離課税の対象となるため所得税7万円、住民税14万円、合計21万円の納税となり5年ルール適用の時よりも手取りが減るのです。
最近は65歳定年の会社も増えているそうで、5年ルールを使って受け取れば税金の支払が少なくて済むと目論んでいたところいきなり10年ルールに変更となれば「改悪」といわれるのも仕方がないことかも知れません。
iDeCoの受け取りを遅らせても…
では、iDeCoを受け取ってから10年後に退職金を受け取れば良いのかというと、会社の退職金は自分の都合の良いタイミングで受け取れませんから70歳で受け取ることはできません。
反対に65歳で退職金を受け取った後10年あけてiDeCoを受け取ったらどうでしょうか? iDeCoは75歳まで受け取りを遅らせることができます。会社員でいるうちは加入者として掛金を拠出しその後10年間運用指図者として継続することが可能です。
退職金を先に受け取って10年あけてiDeCoを受け取る、これであれば10年ルールに「改悪」されてもiDeCoの重複期間分の退職所得控除を消費せずに退職金の退職所得控除とiDeCoの退職所得控除がダブルで使えそうです。
しかし、後でiDeCoを受け取る場合は20年ルールがあり、その前に受け取った退職金と20年空けないと重複期間分の退職所得控除額が消滅してしまうのです。このように、退職金もある、さらにiDeCoもあるという方がより得をするような退職所得控除の「二重取り」は許さないのが国の方針なのです。
今回の5年を10年に変えたのは、最近の定年退職の事情を鑑み、国のルールを世の中の動きに合わせたものと考えることもできそうです。
いずれにしても複雑なルールです。さらにいうと今回のケース以外にも様々なパターンが想定されるでしょう。受け取り時にいくら課税されるのかは、みなさん関心が高いようなので、次回はまた別のケースで「改悪」を検証していきたいと思います。
(山中 伸枝)
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