【Z900RS 開発ヒストリー】 ” MAKE THE "Z" TIMELESS” 伝説に挑んだ開発者たち
MotorFan / 2018年3月30日 19時30分
世界中のライダーはなぜZ900RSに熱中するのか。その一つがかつてのZ1を彷彿とさせる造形であり、またその一つが搭載されているエンジンにある。空冷四発も検討した上で、Z900をベースとして選んだというエンジンは、非日常的な最高速やラップタイムを追求せず、ただひたすら日常域での楽しさと見た目の高級感等に磨きをかけ、日本の公道でのツーリングで真価を発揮する。この珠玉のエンジン完成するまでの開発ヒストリーが今、明かされる。(Photos:Naoyuki Shibata Text:Nobuya Yoshimura)
新しいスタンダードスポーツ、Z900RS。
このマシンの開発は、車名はもとより排気量やエンジン形式さえ未定のまま始まった。キーワードはスタンダードスポーツ。 スタンダードという言葉は、昔の日本だとデラックスの対義語みたいに使われたものだが、そうではなく、本来は“標準”あるいは“基準”といった意味であり、それがこのマシンの狙いでもある。
ゼファー〜ZRX1200のセグメントを受け継ぎつつ、Z1をオマージュしたレトロなイメージを持ったマシンという商品企画が通ったあとも、Z900ベースの他に、フラッグシップにふさわしいNinja ZX-14Rをベー スにする案、センターカムチェーンのためレトロなエンジンの外観にしやすいZZ- R600をベースにする案などが検討された。
その中から、最終的にZ900ベースに決まったのは、長く愛されるマシンにするためには最新型をベースにするのが得策で、エンジンが小型で軽量なことも、スタンダードスポーツにふさわしいマシン造りに有利と判断されたからである。
Z900ベースと決まったあとは、スーパーネイキッドのエンジンを元にスタンダードスポーツのエンジンを造るにはどうすれば良いかの議論を重ね、求める性能と特性を具体的なエンジン仕様に落とし込み、評価する作業が続けられた。
結果的に、Z900RSのエンジンは、基本構成や主要寸法をZ900から受け継いではいるが、シリンダーヘッド、カムシャフト、シリンダーはもちろん、クランクケース、ミッション、エアクリーナーボックス、排気系に至るまで、ほとんどのパーツがZ900RS専用に設計され、別物に生まれ変わった。
エアクリーナボックスを燃料タンク形状に合せて完全新設計し、エアファンネル内径と長さを低中速性能に的を絞り調整。特に長さに関しては、各気筒毎にミリ単位の微調整を行ったという。
多くのパーツが性能上の要求から生まれ変わる過程で、ルックスもまたZ900RSに最適のものに改められた。空冷エンジンを彷彿させる冷却フィンに似た造形を持つシリンダーヘッドや、二重管構造のエキパイ をはじめとする全構成部品をバフがけ(サイザル仕上げ)のステンレス製とした排気系などが、その一例である。
本機のエンジンはZ900をベースに開発された。ここで言うベースとは、基本レイアウトや主要寸法のことで、それらをZ900と共通にすることで開発の時間とコストを圧縮しつつ、その分、実際の構成部品のほとんどを本機専用とすることで、狙った性能の実現とZ900との差別化を図っている。上にあるZ900と、そのルーツとなったZ1000、そして先代に当たるZ800のエンジン写真と見比べれば、Z800を除く3車のエンジンが、上に述べた基本は同じながら、それぞれのマシンのキャラクターにふさわしいルックスと質感に仕上げられていることがわかる。
RS専用パーツで固めたエンジン
エンジンの仕様の中で、最初に検討されたのはクランクシャフトだ。試行錯誤の末、フライホイールマスをZ900対比で10数% アップした物が選ばれた。フライホイールマスが増えるとスロットル操作に対するレスポンスは緩慢になるが、それよりも、ぎくしゃくしない、マイルドな加減速感を求めた結果だ。これは、スーパーネイキッドとは異なるスタンダードスポーツを造る上で欠かせない項目のひとつだった。
続いてカムシャフトの仕様(バルブタイミング)と圧縮比。Z900RSのカムの作動角は吸気248°/排気244°とされた。慣れた人なら、これだけでお分かりだろうが、Z900(Z1000もZ900と同値)と比べて吸気が22°、排気が12°小さい。つまり、高回転時の吸排気効率よりも低中回転時の充填効率を追求した仕様で、オーバーラップの減少により、燃費も改善している。
圧縮比の方は、Z900/Z1000の両車が11.8:1なのに対し、Z900RSは10.8:1。 作動角と同じく、高回転高出力型ではないエンジン特性を狙ったためだ。圧縮比を下げて燃焼速度を抑えた方が、ピストンスピードが低い(回転数が低い)領域でのトルクアップや振動低減、全域での発熱抑制などのメリットがあり、いずれもZ900RSのコンセプトに見合ったものだ。
ピストンはZ900用を使用し、Ninja H2 /H2Rをはじめ、1400GTR、Z800などと同じGDC製法(金型重力鋳造法)を採用して強度を稼ぎつつ軽量化を図り、セカンドランド(トップーセカンドリング間) にV字型の溝を追加し、トップリングのフラッタリングを抑えるとともに、圧力保持と吹き抜けの低減を図っている。
これらにより、Z900RSの出力特性は、高回転時の馬力よりも低中回転時のトルクが充実した、左のグラフのようなものとなった。カタログの数値よりも扱いやすさと楽しさを優先した、スタンダードスポーツと呼ぶに相応しい特性といえる。
ミッションを含む減速比もまた、Z900と大きく異なるポイントだ。加速性能やサーキット(スポーツ)走行時のつながりを重視するよりも、ファイナルをロングにして全体的にエンジン回転を下げた上で、1速には発進、6速には高速巡航に的を絞った減速比を与えている。
おかげで、6速100km/h走行時のエンジン回転は3,700rpm近辺まで下がり、 4,100rpm超まで 回るZ900やZ1000よりも400rpmほど低く、Z800と比べると1,000rpmも低い。ツーリングで日本の高速道路を走るシーンを想定して“6速100km/ h走行時のエンジン回転を4,000rpm以下に抑える”のは至上課題だったとのことだ。
高速巡航では、低めの回転による平穏なクルージングができる上、スロットルの開閉によるピッチングモーションも穏やかになる(ぎくしゃくしない)傾向だし、燃費も改善される方向だから、ツーリングユーザーにとっては大きな福音だ。
ガンガン回る“やんちゃ”なエンジンのスーパーネイキッドZ900をラインアップしているからこそ、RSには、思い切ってロングな6速設定が可能だったのだ。
とはいえ、スポーティな走りを犠牲にするわけにはいかず、それらを両立させ、さらに発進しやすさを加味して決まったのが Z900RSミッションである。
スタンダードスポーツにふさわしい性能、外観、サウンドを求めて開発された排気系パーツ。オー ルステンレス製で、外から見える部分はバフがけされている。膨張室と一体構造のエキゾーストパイプ(ヘッダーパイプ)部は、性能とルックスを両立させた二重管構造。これは、焼けによる変色を抑え、バフ(サイザル仕上げ)されたステンレス肌の美しさを長く保つ効果もある。走行中やア イドリング状態だけでなく、始動直後の音にも徹底的にこだわった排気音のチューニングには、 Z1000やZ900に施された吸気サウンドチューニングの技術が応用されている。
乗りやすさと楽しさのための味つけ
高回転高出力化を狙わないことによる良い影響は、排気系にも見られる。ネイキッドバイクでは、ルックス上、ないほうがすっきりするエキパイの連通管と、重量増加やコストアップにつながる排気デバイスを、どちらもなくすことができたからだ。
連通管も排気デバイスも、高回転高出力型に設計した排気系の低中速性能を補うための物だが、高回転高出力化を狙わない本機の場合は、もとから低中速性能に的を絞って排気系を設計できるので、どちらもなしで求められる性能が得られる。
とはいえ、二重管構造の内側パイプの径や集合部(膨張室)の内部構造などは、他のエンジン性能パーツと並行して、膨大な数の試作とテストを繰り返し、頑として妥協しないテストライダーとの議論を毎週のように続けた末に完成したという。
二重管構造の内側パイプの径は、25.4/ 28.6/31.8/35mmの各仕様をテストし、 25.4では下のトルクは出るが上が回りづらく、31.8だと逆に下のトルクが不足するので28.6に決めたあとで、連通管の有無をテストし、性能的に大差はないがビジュアル的には圧倒的にないほうが良いとの判断により、最終的に連通管なしのエキパイを採用した。
こうした排気系の開発で重視されたのは、ただ低中速トルクが充実しているだけでなく、過不足なく楽しい加速感が得られること(感性に訴える過渡特性)と、Z1をオマージュした現代のスタンダードスポーツに相応しいサウンドの造り込みである。
排気音については、同社の別モデルやライバル機種の、アイドリング時を含む録音をもとに作ったサウンドサンプルを用意し、明石工場の多数の職員にアンケートをとったり、数十種類もの(中にはラフスケッチから手作業で形にした物も含む)膨張室を試作/評価するなど、騒音規制の範囲内で最高のサウンドを追求している。
とにかく試作点数の多い機種でした、と実験担当者が振り返るように、数値化できない性能にこだわり、感覚をもとに仕様を決めていったのは、排気系だけでなく、エンジン各部のパーツや電子制御(KTRC) の設定にも及ぶ。
点火時期の制御については、ベースとなったZ900のレスポンスの良さと高回転の伸びの両方を落とす代わりに、スタンダードスポーツにふさわしい常用域(中低 回転時)の扱いやすさや感性にマッチした加速感などをテーマに、これまた妥協しないテストライダーとぎりぎりまで煮詰めた末に量産仕様が決定した。
本機に搭載のKTRC(カワサキ・トラクション・コントロール)は、前後ホイールの回転数/エンジン回転数/スロットル操作を検出し、モード1では毎秒200回の時間精度で点火時期を調整することで駆動力を制御し、スポーティな走りを実現する。
最高の加速を得るためには、まったくスリップしないよりは理想的にスリップしたほうが良いので、それに見合ったスリップを許容し、加速時に自然に生じるホイールリフトも許容するのがモード1の特徴だ。
これに対してモード2では、後輪にスピンが生じたときに点火時期/燃料供給量/ サブスロットルによる吸気量の3つを調整し、駆動力を低減させてスリップを防ぎ、同様にしてすべてのホイールリフトも抑制する。刻々と路面状況が変化するツーリングにはありがたいモードといえる。
クラッチは、Z900/Z1000などと同じく、アシスト&スリッパー式。作動原理は同じだが、もちろん、スーパーネイキッドとは異なり、スタンダードスポーツに合わせた設定に変更されており、発進しようとしてクラッチレバーに指をかけた瞬間から、峠道で誤って1速にシフトしたような事態に至るまで、乗り手にもマシンにも優しいクラッチに仕上がっている。
バランサーは、Z900と同じ一軸二次バランサーを装備し、不快な振動は極力排除したチューニングが施されている。Z900と同様、クランクケース前方に、バランサーギアのバックラッシュを調整するレバーを備える。
メーターユニット解説
メーターまわりは、最新の技術を投入しつつ、見た目はZ1を思い起こさせるクラシカルなもの。スピード/タコメーターはともに電動アナログ式で、その間のインジケーターパネルには、燃料、水温、ギアポジション、時刻、距離、トラクションコントロール(KTRC)の選択モー ドなどの情報が表示される。
KTRCのモード選択は左グリップ脇のセレクトスイッチで行い、スリップ抑制を控えめにしたモード1/モード1よりもスリップが早く抑制されるモード2/OFFのどれを選んだかが表示される。
メインスイッチをオフ→オンしても前回選択したモードで起動するが、OFFで再起動した場合は1を自動選択。
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