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マツダのSKYACTIV-Gのリクツとツクリを考える

MotorFan / 2018年6月17日 17時0分

マツダのSKYACTIV-Gのリクツとツクリを考える

圧縮比という、これまで知っているけどいったいなんの指標なのかがいまいちわからなかった数値について「14」という数を打ち立て、高効率を訴えて登場したSKYACTIVエンジン。ガソリンは14まで高めた、ディーゼルは14まで低めたというストーリーが、なおさら人々の興味を引いた。あらためて、SKYACTIV-Gはどのように考案され実現したのかを振り返ってみる。 TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)

 マツダ躍進の原動力となったSKYACTIVテクノロジーの中核であるガソリンエンジンの解説に入る前に、ちょっと前置きを……。

 マツダという会社は、ロータリーからディーゼルからスーパーチャージャーからミラーサイクルから、さまざまなエンジン技術を他に先駆けて開発していった経緯がある。そのなかで高効率エンジンのキー技術として高圧縮比化とSKYACTIV-Xで実用化されようとしているHCCIを推し進めていたのが、人見光夫氏であるのは多言を要さないだろう。だが、それが花開いたきっかけは悪夢であった。
 バブル期の多チャンネル展開が裏目に出て、マツダが事実上フォードの子会社となったのが1996年。だがそのフォード自体が多角経営とリーマンショックによって体力を失い、手を引いてしまう。独立独歩を余儀なくされたマツダは、いわゆる選択と集中で技術路線を一本化しようとした。が、何せカネがない。しかもブランド力があるわけではないから、高級技術を高価格で売ることもできない。つまりモーターもターボも高いから使えない。でもキチンと馬力が出て燃費も良いエンジンを作らないと、会社が立ちゆかないというジレンマを、真っ向から技術的に解決したのがSKYACTIVエンジンなのである。


圧縮比を試しにどんどん上げてみたら──

 モーターやターボという言わば「飛び道具」を使わずにエンジンの効率を高めるには、「高圧縮比」が結論になる。取り入れた空気とガソリンを圧縮すればするほど多くの熱が取り出せるからだ。だが、高圧縮比化には限界がある……と言われていた。21世紀前夜の自然吸気エンジンでは圧縮比は高くても11あたり。それ以上高めると、圧縮されて高温になった混合気が点火プラグに因らず方々で自己着火し、その時に発生する衝撃波でエンジンを破壊する。ノッキングだ。エンジンが壊れないまでも圧縮比を13近くまで高めるとトルクが低下する。ノッキング防止のために点火時期を遅らせるリタードがそれに拍車をかける。
 だが、マツダが実験をしてみると、確かに13くらいまではトルクが落ち込むが、一気に15まで上げるとほとんどトルクが低下しないことが分かった。ガソリンの分子結合が切れる「低温酸化反応」という現象が圧縮比13あたりを境に発生してトルクに寄与するのだ。
 これまでは端から「無理だから」と見向きもされなかったものを敢えてやってみたら答えが出た。圧縮比15でいける――と。

 道筋が見えたら障害を取り除くのも早い。高圧縮比化のネックとなるノッキング防止のために、冷却効果の高い筒内燃料直噴を採用し、残留ガスを追い出す「掃気」を重視して4-2-1排気管を使う。直噴は古くからある技術で、専らターボエンジンのノッキング対策として主流化したもの。4-2-1排気管は「タコ足」と呼ばれ、高性能NAエンジンの常套手段であったが、要素技術が進化して出力確保が可能になったことと、製作の手間、エンジンルームのスペース問題(特にターボエンジン)のために廃れた技術。けれども、4ストロークガソリンエンジンの基本に立ち返ったら、諦めていたことや捨てられたものが今でも使えることが分かった。
 こうして「ターボがなくても同じ馬力と燃費が出せる」エンジンが登場するのである。

キー技術のひとつ、4-2-1排気管。

排気干渉を最小減に抑えるためには管長が必要なのがわかる。

 SKYACTIV-Gにはミラーサイクルが使われる。吸気バルブを圧縮行程に入ってもなお開き続けることで、実質的な圧縮行程より膨張行程を長く採って熱効率を高める目的である。ミラーサイクル運転では吸入空気量が減ってしまうので出力も減ってしまう宿命があるのだが、SKYACTIV-Gでは燃焼室容積で決定される幾何学圧縮比を予め高く採っているから、これまでのエンジンより損失は少なくなる。
 ミラーサイクルには熱効率向上以外に副次的な利得がある。
 出力減を感じたドライバーが無意識にスロットルを大きく開けることで「ポンピングロス」が減るのだ。ディーゼルエンジンの燃費がガソリンエンジンより良い理由のひとつが、このポンピングロスの有無。ディーゼルにはスロットルバルブがなく、吸気はピストンスピードの成り行きで、出力は燃料の噴射量で調整される。翻ってガソリンエンジンの出力調整は、スロットルバルブの開閉による空気量で決定される。ところが通常の運転に於いてスロットルバルブは全開になることはほとんどなく、せいぜい半開がいいところで、その状況では空気を吸い込むためにピストンの仕事量が持って行かれて損が出る。エンジンが空気を吸うポンプ仕事をする損失だから「ポンピングロス」と言う。おなじ出力(燃料消費量)を得るなら、スロットルを大きく開けた方が効率が良くなるわけで、それにミラーサイクルは幾許かの貢献をしているのだ。

とくに低負荷域でのポンピングロスの占める割合が大きいのがわかる。

 ポンピングロス低減に役立っているもうひとつの機能が「内部EGR」である。
 EGR(排ガス再循環)とは、元々排ガス対策として生まれた技術だが、不活性ガスによってシリンダー内の温度を下げることができるため、現在のガソリンエンジンではノッキング対策の柱にもなっている。
 SKYACTIV-Gでは掃気のために吸排気両方のバルブを同時に開けた状態にする「バルブオーバーラップ」を活用しているが、オーバーラップの時間を調整することで、排ガスを逆にシリンダーに戻す内部EGRを実行する(因みに外部EGRとは排気管から別経路で吸気側に排ガスを導くこと)。オーバーラップ状態でピストンが下がれば、スロットルが閉じ加減でもシリンダー全体の開口面積が増えているので、結果的にポンピングロスは少なくなる。

 高圧縮比化の障壁となるノッキング対策がそこかしこに施されているSKYACTIV-G故に、レギュラーガソリンを使えることも特徴だ。欧州と違ってガソリンが92オクタンと100オクタンの2種しかない日本では、ちょっとエンジンが高性能になるといきなりリッターあたり10円以上高いハイオクを要求される。ターボエンジンが典型だが、それもターボだからではなく、過給によって実効圧縮比が高まると同時にノッキングの危険性が増すから。自然吸気のエンジンも圧縮比を高くすればやはりハイオクが必要になるのは一種の常識だった。「圧縮比14でもレギュラーOK」は、燃費より燃料価格に敏感な日本のユーザー層に着実に受け入れられたのである。


SKYACTIVといえば人見さん、人見さんといえばSKYACTIV。日本の誇る、スターエンジニアである。

 言葉は悪いが「安くて美味い」SKYACTIV-Gにも悩みがある。熱効率向上を阻む要因のひとつに機械損失・メカニカルロスというものがあって、これは回転数の上昇とともに1.5乗で跳ね上がる。だから燃費など気にしない高回転エンジンならいざしらず、実用エンジンはなるべく低回転でユルユル回してやりたい。だが、低回転で回しつつ出力を確保するとなると、排気量の絶対値が要るのだ。人見氏によれば「2ℓのエンジンを3ℓにして低回転化すれば出力も燃費も上がる」という。だからできればそうしたい。したいのにできないのは日本に排気量区分の自動車課税が存在するから。排気量が上がって燃費がもし10%低くなっても、税金が何万円も上がったら誰も買わない……、ということだ。
 全世界をあげてCO2削減が叫ばれている今、EVやHEVに減税するなら、ガソリンエンジンも排気量ではなくCO2排出量ベースで課税すべき、というのは筋の通った論法だと思うのだが。

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