JSAEこぼれ話―――ブレーキディスクに溶射コーティングする理由
MotorFan / 2018年6月28日 1時45分
溶射技術というのはアルミシリンダブロックへのライナー代わり、コストより性能を重視するエンジンへのテクノロジーだと思っていた。ところが溶射技術の雄・エリコンメテコが、ブレーキローターに溶射を施しているという。その意外な理由とは。 TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
自動車から排出される有毒物質は、CO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、NOx(窒素酸化物)といった石油燃料がエンジン内で燃焼する過程で生まれたものが知られているが、これらの排ガス成分は触媒をはじめとした浄化措置の発達によって、20世紀後半と比べればきわめて低いレベルまで排出量が抑制されるようになった。それらに代わってクローズアップされるようになったのが、PM(Particulate matter)、微小粒子状物質である。排ガスが基本的に気体であるのに対し、PMは主に固体であり、呼吸によって体内に取り入れられると呼吸器に沈着して呼吸器・循環器系疾患、発がん等のリスクが発生することが報告されている。
ディーゼルエンジンや直噴ガソリンエンジンでは、燃料の不完全燃焼により蒸し焼き状態になって煤が発生する。特にNOx排出抑制のために燃焼温度をEGRによって低下させると、逆に煤が多く排出される。ディーゼルの場合ではDPFと呼ばれるフィルターに発生した煤を集め、サイクル燃焼とは別に燃料を噴射してこれを燃やして除去する対策が施されることが一般化。やはりPMのレベルは次第に減少している。
エンジンからのPMが減少するのとは対照的に、自動車からは別のPMが相変わらず発生している。代表的なものはタイヤかす(タイヤはカーボンの塊だ)と、摩擦ブレーキからの粉塵である。Rexeis&Hausberger 2009によると、排気汚染物質対策が進むことで2020年までに自動車輸送から発生するPMの排出源の内、非排気管要因のものが80~90%に達すると報告している。また英バーミンガム市の調査では、大気中のPM中、ブレーキとタイヤ要因のものが16%を占めるという報告結果も出ている。
昨5月に開催された人とクルマのテクノロジー展に於いて、溶射をはじめとしたコーティングサプライヤーであるエリコンメテコ社が、興味深い製品を展示していた。ブレーキディスクの表面にMMC(金属とセラミクスの複合材)を溶射してディスクの摩耗を抑制する製品である。
ブレーキ起因のPM発生はドイツの都市部でも問題となっているらしく、特にシュトットガルトでの検出量が多いという。そこでコーティング技術に特化したドイツ系の同社が、コーティングしたブレーキディスクを製品化したとのこと。摩耗はディスクだけではなく当然パッドでも起きるので、コーティングにマッチしたパッドの開発もブレーキパッドメーカーで進めているようだ。
興味深いのは、ブレーキディスクへのコーティングがPM抑制という社会的要求からのみ生まれたのではない、ということ。
欧州でもHEVやPHEVの普及が進みつつあるが、こうした電動車両は減速のほとんどを回生ブレーキで賄うので、摩擦ブレーキを使う機会が非常に少ない。ストップ&ゴーばかりの日本と違い欧州では尚更だ。そうなると鋳鉄のブレーキディスクはすぐに表面が錆びてしまう。
ちょっと前のドイツ車を所有した経験のある方なら先刻ご承知ではあろうが、彼の地のブレーキパッドは効き優先でダストの発生量が多く、すぐにホイールが真っ黒になってしまう。日本や北米のユーザーはそれを嫌がるので、敢えて制動力と引き換えにダストを抑えたパッドを使ったりする。そんな風にホイールが汚れるのを気にしないドイツ人も、ブレーキディスクが赤さび色になるのはガマンができないらしいのだ。
電動化と同様、自動車の進化は社会的正義やリクツ通りにはならない、という好例であろう。
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