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【難波 治のカーデザイナー的視点:連載コラム 1回目】良いデザインからはデザイナーの声が聞こえてくる

MotorFan / 2019年6月27日 18時0分

【難波 治のカーデザイナー的視点:連載コラム 1回目】良いデザインからはデザイナーの声が聞こえてくる

 ご挨拶代わりに───。

 さて何を書こうかと思いを巡らせた。本欄を引き受けたには引き受けたのではあるが、締め切りが近づく今日になってもまだ漠然としている。

 運良く実寸大の図面が描ける板作りのデッカイ図面台にあぐらをかき、ステッドラーのホルダーの芯を芯研器のヤスリで8の字削りをしながら、バッテンを鉛の錘で押さえて手書きで線図を描いていた超アナログ時代から、Photoshopと3次元CADを駆使するスマートな現代のデザインの現場を過ごしてきたプロの自動車デザイナーとしての僕が何を見て、何を感じて、そして自分も気付き育ちながら、何を表現してきたかを伝えることができればモーターファンを読んでいただいている皆様も、もしかすると今日以降は時々“デザイナー的”に街を走る車を見て楽しんでいただけるのかもしれない……そんなことが書ければいいなと今は考えている。

 最初は大したデザイナーではなかったと思う。机の上の紙に自動車の絵を人より少し上手く描けただけの話であって、そろそろ自動車開発が分業化されてきつつある時代にうまくはまっただけなのである。今から考えればどこかのモデル工房にでも丁稚に入って“カタチを創り出す”ということを手で覚えたほうが断然良かったのではないかと思うところがある。要するに“車の造形”の何たるかを知らないまま2D的感性のままカーデザインの道に入っていったのである。

 今振り返ると子どもの頃の僕は車のことを良く知らなかった。僕の父も母も自動車の運転免許証を持っていなかったので我が家には車がなかったし、隣近所の家も当たり前のように車が車庫に入っているような時代ではなかった。そんな車とは(自家用車)とは縁の薄い環境のなかにいた僕の興味はもっぱらバスであり路面電車だったし、そうでなければブルドーザーやパワーショベルだった。なかでもトロリーバスは僕の興味の的で、どうやって走っているのかがわからなかった。今でもあの屋根から突き出た一本足の棒(パンタグラフ?)がどうやって架線を掴みながら走っていたかは今でもわからずじまいだ。そんな僕が画用紙いっぱいに溢れるほど描いていたのはいつもバスや路面電車の車庫の絵だった。あとはゼロ戦ばかりだったか……。

 要するに“自家用車”は僕の受け持ち外だったのだけれど、そんな僕が小学生の時に思わず立ち止まって見入ってしまった車があった。サイクルフェンダーでもない、カナブンみたいなボディでもない、未来的で(その時はとにかくそう思った)赤くてシュッとしたとても綺麗な車で(赤い色が重要だったのかもしれない)とにかく流れの良いスマートな車だった。今ではそれは日野自動車が販売したコンテッサ1300クーペだと知っているが、当時名前を知ったのはそれからかなり後のことだったと思う。


 とにかく綺麗だった。顔がツルッとしていて後ろへ流れる姿がとても素敵だった。停まっているのに流れを感じるのである。それを眺めている時にはエンジンがリヤにあることも知らなかったし、だからラジエーターがフロントにないのでいわゆるお決まりのフロントグリルがなくて顔がツルッと出来ていたなんて理屈もわからなかった。(この顔がツルッとしているところがカッコイイのだ!)そしてリヤエンドがクロームの桟になっていたのがとてもカッコイイと思ったのを憶えている。そんな車はなかったのだ。ジェット機のお尻の様にも思えた。

 少しプロ的な解説をすると、この車はまずプロポーションがいい。リヤエンジンというパッケージを活かして全体に前がかりのプロポーションを取っていて、多分デザイナーは当初からフロントにグリルがこないことを念頭においていたに違いない。

 風を切って前進するイメージを持ち、ボディを後方に糸を引く様に流している。そのボディはヘッドランプの高さを中心軸にサイドを流れ、ほぼ水平にテールランプに連続させている。



 実はこの時代のカーデザインはヘッドランプから水平に後方へ綺麗に流れているものが多い。そしてその軸線より上方のボディは後ろにいくほど緩やかに下がっていく。僕はこれをボートに見立てている。イタリアにはとてもエレガントなボートメーカーがあるのだが、この時代の素敵な車はボートのようなボディ構成をしている。水と空気の差こそあれ流体をいなしながら前進する乗り物として共通の意識がどこかにあったのかもしれないし、船体は理にかなっていて綺麗だ。

 読者の皆さんもそうやってこの車を見ていただくとだんだんボートに見えてきませんか? Aピラーの付け根の位置と立ち方もまさにボートのフロントウインドスクリーンそのもの。サイドのキャラクターラインから上はデッキに見えてきましたよね。

 船体は波を切るために舳先は尖っていて、次第に膨らんでお腹を過ぎると少しだけすぼまる。この時代は自動車のボディもそんな構成だった。フロントバンパーの下はほとんど肉が無く、乗員の乗る部分はお腹が膨らんできちんと内容積を稼いで後部へ自然な形で抜ける。その綺麗にすぼまったボディに4つのタイヤを組み込んでいる。トレッドがそんなに広いわけでもないし、フェンダーとタイヤの隙間がピッチリと詰まっているわけでもないのだが、タイヤにボディが不安なく載っている。またプランカーブも同様にフロントからリヤに向けてAピラー付け根位置とフロントドアをピークにスムーズに流れている。前方と後方にボディが綺麗にすぼまっているので4つのタイヤが踏ん張って見えるのである。前輪の前方と後輪の後方のボディのすぼまり方がキモなのである。

 船は船体が直接水と接することから船体は流体力学に則っているし、スクリューが後方についていて推進力を得ているので水上を前進すると舳先が上がる。そういう状態で走るのでキャビンは可能な限り前方に移動している。モノの形には理屈があるのだ。空気という粘っこい流体の中を走る車のボディの構成も故にほぼ船に似ているのだが、ただ車は4つのタイヤで駆動力を地面に伝えて走る乗り物なので実はタイヤの見え方(見せ方)がとても大事なのだ。

 もうひとつ。立体上のカーブというのは3次元で存在している。これを図面に落とすと1本のキャラクターラインは側面図上の2次元カーブと平面図上の2次元カーブに分解できる。それを合成すると元の3次元カーブが出来上がる。ということはそのそれぞれのカーブに親和性がないと綺麗な3次元カーブにはならない。同じタイミングで膨らみ、同じタイミングですぼまる、というような基本的な構成が出来ていないとカーブは綺麗にはならないのだ。

 偶然か、計算して計画したかは別にして、車の綺麗さはそういうところにある。天才的なカーデザイナーは生まれながらにしてそういう立体感性を持っているように思う時があるのだが、天才でなくとも才能あるデザイナーは常に意識をしている。

 そうやってもう一度コンテッサクーペを見てみると、なんと秀逸なことか。独自のパッケージを最大限に活かして、それまでのRRレイアウトの車とは比べものにならないほど進化していてスマートで新しいプロポーション。シンプルで全体の造形を壊さないモチーフ。不必要な要素は何も入っていない。AピラーもCピラーも立ち方がいい。キャビン周りのサッシュも細く、仕上げも実に綺麗だ。何よりエレガントで美しい。この「エレガントで美しい」という部分はデザイナー個人のパーソナリティからきていることが多い。最終的にはデザイナー個人の固有の感性が出てくるのである。デザインというのはそういうことなのだと思う。

 この日野コンテッサ1300シリーズが発表される前年のトリノショーでカロッツェリアミケロッティが発表したコンテッサ900スプリントという車があるのだが、この車は僕のいう“ボート理論”の最大の綺麗さを持つ。こんな綺麗な車があるだろうか。これは当時の東京モーターショーにも展示されたのだがもしも僕の周囲の大人達が車好きで僕を、モーターショーへ連れていってくれていたら、僕はコンテッサクーペよりも前にこの900スプリントの美しさに心を奪われていたに違いないと思うのだ。(900スプリントは当初は量産を目指していたらしいが結局はワンオフのショーモデルで終わった)

 2台の車をデザインしたカロッツェリアミケロッティとは、僕がデザイナーとして歩み始めた後にいろいろな形で深く関わることになったのだが、それも何かの運命だったのかもしれない。そのことについてはまた機会があれば書いてみたい。

 さてさて、いかがだっただろうか。現代の車では空力要件やその他様々な要件が加わって実は少しばかり事情が変わっているのだが、車の造形の考え方の基本は変わってはいない。読者の皆さんもこの本を閉じて街を走る車を見てみるとこれまでとは違う見方が出来るのではないだろうか。ボディとタイヤの絶妙な関係性を持った車のスタイリングの本質的な部分を興味を持って見ていただくと、車の楽しみ方も増えると言うものです。

 良いデザインからは何よりもデザイナーの声が聞こえてくるのである。


日野コンテッサ1300S(1965年)


全長×全幅×全高:4150×1530×1340mm
ホイールベース:2280mm
トレッド:F1235mm/R1225mm
タイヤ:5.60-13-4PR
車重:945kg
エンジン:GR100型直列4気筒OHV
総排気量:1251cc
最高出力:65ps/5500rpm
最大トルク:10.0kgm/3800rpm

難波 治 (なんば・おさむ)
1956年生まれ。筑波大学芸術学群生産デザイン専攻卒業後、鈴木自動車工業(現スズキ)入社。カロッツェリア ミケッロッティでランニングプロト車の研究、SEAT中央技術センターでVW世界戦略車としての小型車開発の手法研究プロジェクトにスズキ代表デザイナーとして参画。94年には個人事務所を設立して、国内外の自動車メーカーとのデザイン開発研究&コンサルタント業務を開始。08年に富士重工業のデザイン部長に就任。13年同CED(Chief Excutive Designer)就任。15年10月からは首都大学東京トランスポーテーションデザイン准教授。

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