日本にできることがある──世界で猛威をふるう結核 患者の命を守るために
国境なき医師団 / 2023年9月22日 14時4分
毎年160万人の命を奪う結核。過去20年間減少傾向にあった結核死亡率だが、2021年に一転──増加に転じた。死亡者のうち3分の1は結核の診断を受けておらず、未治療のままだった。長年にわたり各国が続けてきた結核の予防、診断、治療の努力は、新型コロナウイルス感染症のまん延により後退する事態に陥っている。
国境なき医師団(MSF)もまた長い間、世界中の活動地で結核対応を続けている。フィリピンもその中の一つだ。フィリピンは2017年から2021年の間に結核死亡率が19%上昇し、世界の結核死亡の3分の2を占める8カ国に入っている(※)。
MSF日本でメディカル・アフェアーズ代表を務めるベヒシュタイン紗良が、現地の状況とMSFの取り組みを伝える。
「スモーキーマウンテン」と呼ばれるスラム街
MSFが活動を行う、首都マニラ北西部のトンド地区。65万人が9平方キロメートルにひしめき合って暮らす、世界でも特に人口密度の高いスラム街だ。ここでは、高齢者から子どもまで家族は一つの小さな家で暮らしている。
新型コロナのまん延時、フィリピンでは厳しい行動制限が敷かれ、2年半もの間子どもは学校に行くこともできずに家で過ごしていた。コロナの影響で人びとは感染を恐れて医療機関の受診を控えたり、医療施設や医療者の数が減少した結果、結核と診断される人の数は一時的に減少した。
しかし、スラム街の中では結核と診断されていないまま暮らしている人が多くいることが予想され、衛生状況や密集地帯であるスラム地域の特性を鑑みても、大幅な結核増加が危惧された。
MSFは2022年、マニラ保健局の協力のこと、トンド地区で積極的に患者を見つけるための結核のスクリーニング活動(Active Case Finding)を始めた。X線撮影装置を搭載したトラックを利用し、スラム内の地区から地区へ移動して週3回、1日150人をターゲットに結核のスクリーニングを行う。
まずは結核の症状、家族歴、治療歴などがあるかの聞き取りを行い、症状や家族歴がある場合はすぐにGeneXpertというPCR法を用いた喀痰検査に進み、その後X線検査を受ける。既往歴も症状もない場合はすぐにX線の検査を受ける。
撮影した画像はその場で放射線科医が確認し、結核感染の可能性を判断する。結核の可能性ありと判断された場合は、GeneXpertでの検査に進み、マニラ保健局に喀痰の検体が送られる。それ以外の場合はスクリーニング終了となる。
X線とGeneXpertの両方で結核の可能性が示唆された人は結核専門医の診察を受け、今後の治療や受診すべき医療機関などのアドバイスを受ける流れだ。
最先端テクノロジーを活用
1日に多くの人に対応するこのスクリーニング活動は、画像を見て診断する放射線科医の負担が非常に大きい。そのため、このプロジェクトでは富士フィルム社の胸部X線撮影装置とコンピュータ支援診断(computer-aided diagnosis: CAD)と呼ばれる装置を使用している。
CADによって画像のなかで異常が疑われる部位が色付けされ、診断の助けとなっている。またCADの導入は、資源の限られた活動地で専門医が不在の場合でも結核スクリーニングを実施可能か確認する目的もある。 WHOのガイドラインでも結核スクリーニングにおけるCADの使用が推奨されており、MSFの試験結果でもCADを使用した方がより短時間で多くの結核スクリーニングを実施できることが示された。
スクリーニング活動を開始した2022年から2023年8月までの間に1万3573人がスクリーニングを受け、746人が結核と診断された。MSFが危惧した通り高い結核陽性率が示されたものの、結核の治療を開始したのは486人(65%)で、多くは無症状であり結核治療に前向きではない人もいる。
結核治療を開始することによりコミュニティ内で差別を受けることを恐れたり、結核治療にはお金がかかるという誤解などが生じている。MSFは2023年にヘルスプロモーションチームを拡大し、結核の病態についての教育や、無償の結核治療の情報を提供している。
子どもの命を守るため、日本にできること
またトンド地区には子どもも多く、これまでに147人の子どもが結核予防治療を受けた。トンド地区のスクリーニング検査は基本15歳以上を対象にしているが、家族が結核と診断された場合などは子どももスクリーニング検査を受ける。
子どもの結核は診断が非常に難しく、結核で死亡する5歳以下の子どもの8割以上が未診断で、9割が一度も適切な治療を受けられないまま命を落としている。日本のように適切な検査を行うラボや技術のある医療者が整っていない低・中所得国においては、結核の診断のためにはGeneXpertなどのツールで喀痰の中の結核菌の有無を検査することが多い。
しかし、子どもは痰を吐き出すことが難しく、また結核菌の数も少ないので特定が難しい。MSFは小児結核で命を落とす子どもを一人でも少なくするため、日本など治療薬や診断薬の開発が可能な国の製薬企業・診断薬メーカーに向け、便や尿サンプルなどを用いての結核診断が可能なツールの開発を強く訴えている。
多くの人びとの命を奪ってきた結核の撲滅は、世界的に重要な保健課題として長年多くの国が対策に取り組んできた。9月22日、現在開催されている国連総会に合わせ、2回目の国連結核ハイレベル会合が開催される。
2018年に開催された第1回目の結核ハイレベル会合では、持続的な開発目標(SDGs)で掲げられた「2030年までに結核を終息させる」を達成するため、各国の首脳や国際機関のリーダーが参加し、結核対策を促進させるための政治的なコミットメントが発表された。
しかし残念ながら、中間地点の現在、いまだ結核の終息は遠い。MSFは新型コロナの影響を受け脅威を増した結核に対処するため、日本を含む参加国に、手頃な価格の結核診断薬と治療薬へのアクセスの担保、小児にも使える診断ツールを研究開発するための投資、また結核撲滅の目標達成のために必要となる資金の提供を訴えている。
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