助けに来る者もなく──欧州諸国は地中海の難民たちをいつまで見捨て続けるのか
国境なき医師団 / 2023年12月15日 17時13分
イタリアとアフリカを結ぶ地中海の中央部──この「移民ルート」として知られる一帯では、2023年の1年間だけで、死者および行方不明者が2200人近くに達しているとされる。これほどの死者が出たのは2017年以来だ。
国境なき医師団(MSF)は報告書『No one came to our rescue(助けに来る者もなく)』(英文)を発表。その中で、欧州諸国が暴力的な国境警備体制を敷き、遭難者たちを放置しており、そうした状況が海難死亡者の増大を招いている点について指摘している。
1日平均8人が死亡か行方不明に
MSFは、地中海における難民救助活動のために「ジオ・バレンツ号」という救助船を運用している。本報告書は、そのジオ・バレンツ号によって収集された各種データに基づいている。そこで明らかになっているのは、欧州沿岸諸国が人びとの命を危険にさらしている事例が数多く見られる点だ。例えば、故意に救助を遅らせたり怠っているケース、安全でない場所への国外退去を促しているケースなどである。本報告書では、MSFに生存者たちが語った苛烈な暴力についても詳細に記述している。 2023年の数値を見ると、地中海中央部のルートを経由してイタリア沿岸に到着する人びとの数は、昨年の2倍以上に増大している。これは、アフリカからヨーロッパに向かうに際して、チュニジアがリビアに代わって主たる出発地点になっている点が大きい。一方、これだけ人数が増えると、各国の公的な救助体制ではカバーし切れなくなり、遭難船や難破船の数も増えることになる。2023年の統計では、地中海中央部において、1日平均8人が死亡するか行方不明になるかの事態となっている。
暴力と苦難に満ちた旅
2023年1月から9月にかけて、MSFの医療チームは、ジオ・バレンツ号で3660件の生存者たちの診療を実施してきた。燃料によるやけどや中毒症状、低体温症、脱水症状──彼らの具体的症状は、危険な船旅が続いてきたことを如実に物語っている。 生存者の中には、リビアで身柄拘束されていた際に、窮屈で非人道的な環境に置かれたために、皮膚感染症などにかかったり、傷を治療されないまま放置された人も多い。さらに、273人が暴力に起因する深刻なトラウマを負っていると確認されている。例えば、銃撃や殴打で負傷した人、性暴力によって妊娠した人、不安・悪夢・フラッシュバックなどの深刻な心理的苦痛を抱える人などだ。 「ジオ・バレンツ号に乗船しているMSFのチームは、2年以上にわたって欧州の移民政策が渡航者の心身に残した傷を治療してきました。患者の傷や体験談は、出身国や、リビアやチュニジアを含む旅の途中で受けた暴力の規模を映し出しています」とMSFの捜索救助活動責任者、フアン・マティアス・ギルは話す。
欧州諸国は人命救助を放棄している
自国のすぐそばで繰り広げられている人びとの苦しみ──欧州連合(EU)とその加盟国は、それらを無視するかのような政策や法律を作って実行に移してきた。MSFは、地中海において、欧州諸国がリビアへの強制送還を執行しているところを目撃してきた。今年夏も、欧州諸国は、チュニジアやアルバニアといった第三国と新たな協定を結んだ。保護を要する人びとを支援する義務から免れようとするものである。
この点について、先ほどのギルは語る。
いつものことです。人びとの権利や生命を守ることより、彼らの入国を抑止し、封じ込めることにやっきになっているのです。
2023年初頭、イタリア政府は、NGOによる海上救助活動に規制を加える新たなルールを設けた。その結果、人道援助活動は著しく制限され、地中海中央部における「救助の空白地帯」が広がる結果をもたらしたのである。イタリア政府は、この新法に基づいて、ジオ・バレンツ号を含む6隻のNGO救助船の出航を禁じた。NGOが救命活動を停止させられた期間は160日にも及んでいる。 さらに、遠方の港にNGO船舶を割り当てる施策によって、ジオ・バレンツ号は、2万8000キロメートル(航海日数にして約70日)もの余計な航海を強いられることになった。
この点について、ギルが次のように語る。
「生存者たちが陸に上がってから受けられるべき医療援助や社会サービスが遅延したこともありました。MSFが海上で遭難者たちを助ける活動から意図的に遠ざけられたこともありました。イタリアの新しいルールはNGOをターゲットにしたものですが、それで実際の被害を受けるのは、地中海を渡って逃げてくる人びとです」
まさに彼らは、だれも助けに来る者がいない状況なのです。
非人道的アプローチの方針転換を
MSFは、ジオ・バレンツ号から、イタリアとマルタの2国によるあからさまな人権侵害も目撃している。両国は、溺死の危機にある人びとを救うための連携体制も取らず、救助を遅らせたり、場合によっては、救助そのものを実行しないケースすらあるのだ。イタリア当局は、複数回にわたって、NGO船舶に対して、遭難船を救助しないよう指示し、ただちに港に戻るよう強要してきた。一方、マルタ当局も海難者放置政策をとっており、その結果として、2023年6月に死者1名を出していることをMSFは確認している。 ギルが最後にこう語った。 「地中海中央部であと何人の死者が出れば、欧州諸国は敵対的で非人道的なアプローチを止めるのでしょうか。私たちは、欧州連合とその加盟国、特にイタリアとマルタの2国に対して、ヨーロッパ大陸沿岸で保護を求めている人びとの安全を確保するよう、方針転換を要請しているところです」
MSFの地中海における捜索救助活動
MSFは、2015年から海難捜索救助活動に取り組んでいる。単独あるいは他のNGOと連携したものも含め8隻の捜索救助船で活動しており、総計9万人以上を救助してきた。
ジオ・バレンツ号による活動は2021年5月より開始。2023年11月までに、9762人を救助したほか(うち4011人は2023年に救助)、11人の遺体も回収している。さらに、船上における分娩介助活動にも従事している。
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