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イラク戦争から20年──あるイラク人医師の旅路 「患者のために強くあり続けたい」

国境なき医師団 / 2023年12月30日 7時13分

イラク出身の外科医、ラシード・ファクリ © MSF

2003年3月に勃発したイラク戦争から、今年で20年が経った。この間、紛争と混乱が続き、多くの市民の命が奪われてきた。国境なき医師団(MSF)は、混迷の中で人びとの命をどう支えてきたのか。イラク人医師のラシード・ファクリが、自らの経験と思いを語る。

医療者も狙われた

果てのない暴力、激しい破壊、そして多くの避難民──。2003年に始まった激動の時代は、その後20年にわたって繰り返し祖国イラクを揺るがしています。多くのイラク人がそうしたように、私も安全を求めてイラクを離れざるを得ませんでした。

治安は悪くなるばかりでした。2005年の後半、妻が長女を出産した後、イラクにとどまることはもはや安全でないと痛いほどはっきりしたのです。私のような医療者を狙った攻撃が増え、人道援助従事者にも危険が迫り、MSFは2004年にイラクでの活動の一時停止を決めました。

愛する家族を残したまま、私は隣国のヨルダンに移りました。それから間もなく、首都アンマンのプロジェクトで外科医としての活動が始まったのです。

心の傷が刻まれた顔

アンマンの病院には、バスラ、モスル、ナジャフなどイラク全土から患者さんが来ていました。どの顔にも、心の傷が刻まれていました。視力を失った人、やけどを負った人、重傷を負った孤児もいました。 イラクの治安が悪化の一途をたどっていることは、私たちがアンマンで治療した傷の重症度からも見てとれました。スポンジや針金の破片が体の奥深くに入り込んでいる例もありました。傷の性質から、その傷の原因となった武器の種類や出所まで判別できたものです。
市民に大きな被害をもたらすことから国際的に強く非難されてきたクラスター爆弾も、2003年の戦争中に使用されました。その残骸で負傷した患者も治療しました。戦争後残された物を子どもがおもちゃと間違えて触り、人生を変えるような大けがをしているのです。

両足を失ったアリ君

病院内は終わりなきマラソンのようでした。朝はスタッフと患者のサポートとケアにあてる一方、昼になると手術室に飛び込む流れの繰り返しでした。

担当した患者があまりにショッキングな状態だったため、精神的に参ってしまうことも何度かありました。それでも、患者によい変化があったことを見ると、私たちは前を向くことができました。

歩けるようになったアリ君も、そのような患者の一人です。アリ君は親戚を訪ねるために母親と移動していたところ、爆発に巻き込まれてけがをしました。この事故でアリ君の母親は死亡。アリ君は両足を失いました。 それから2年半後、アリ君はまだ心身の傷が治っていない状態で病院に来ました。アリ君も私も痛みを覚えたものです。本人にとっては傷の痛みであり、私にとっては争いに巻き込まれ両足を失った少年を目の当たりにした痛みでした。

数カ月にわたる手術とリハビリの結果、ようやく義足の助けを借りて再び歩けるようになりました。アリ君の旅は、私たちが医者になった原点に立ち会うことでもありました。希望を取り戻し、癒し、生き延びる奇跡の現場です。彼の姿を見て、患者のために強くあり続けようと自分に言い聞かせました。

新たに押し寄せる患者の波

2011年には、北アフリカと中東で起きた民主化運動である「アラブの春」により、病院の患者はイラク人ばかりではなくなりました。その年の6月に、私たちの病院は初のシリア人患者を受け入れました。

皮肉なことに、イラクの人びとは何十年にもわたっていくつもの戦争を乗り越えてきたため、苦悩や悲しみに慣れており、私には理解できないほどの回復力を見せることも多かったのです。他方、シリアの患者は強いショックを受けることが多いようでした。長く続いた平和は無差別攻撃に打ち砕かれていたのです。

過激派組織「イスラム国」の集団が国内の大部分を掌握した2014年から、奪還作戦終結までの2017年にかけて、イラクの人びとが経験した恐怖は言葉になりません。戦争が心身にどれほどの被害をもたらすのか目の当たりにしました。戦闘は広範囲に広がり、取り残された市民でごった返す住宅街や路地で行われていたのです。

よりよい将来を形作る

私たちは卓越した診療を目指し、2017年には3Dプリンターによるカスタムメイドの義肢・装具の製作を始めました。これにより多くの人の人生が大きく変わりました。 ある少年は学校で自信を持って鉛筆を削り、もはや先生に頼らずに済むようになりました。また、ある女性は手工芸品の制作を通して、芸術面でも収入面でも満足を見出しています。

イラクの医療体制は20年以上にわたる人道危機で停滞しており、再生が切実に求められています。イラクの人びとは、質の高い医療が提供される水準まで医療制度が戻ることを切望しているのです。それには、みんなが団結する必要があります。

いまは心の奥底にしまってありますが、いつかイラクに戻りたいという気持ちがあります。祖国の人びとに貢献したいという思いは、私の中の原動力です。今はここで、質の高い医療の提供に専念し、患者一人一人のニーズに合った配慮が行き届くようにする。それが私の務めです。

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