【世界結核デー】ウクライナにおける結核治療の5年間──偏見と薬剤耐性を乗り越えて
国境なき医師団 / 2024年3月22日 17時15分
3月24日は世界結核デー。日本では過去の病気だと思われがちな結核だが、世界ではいまも死因としては新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に次いで第2位の感染症だ。2022年には推定1060万人が結核に感染している。
いまから10年前の2014年──ウクライナは世界で上位5カ国に入る、薬剤耐性結核(DR-TB)の高まん延国だった。現在、同国は上位30カ国にまで順位を下げている。しかし、ロシアとの戦争により人びとが医療を受ける機会が途絶える中、結核はますます治療が困難な病気となっている。この病気を治すためには、適切な薬剤や患者に適したサポート、そして継続的な医療へのアクセスなど、総合的なアプローチが必要なためだ。
国境なき医師団(MSF)は、2018年から2023年にかけて、ウクライナで薬剤耐性結核の短期治療計画の試験プロジェクトを行った。その5年間の取り組みを伝える。
新しい短期治療計画
結核のまん延を抑えることは、世界のどこであっても難しい。時代遅れの治療法や、有効なワクチンおよび適切な診断技術の不足が理由だ。しかし、ここ数年は進歩も見られるようになってきた。2012年には半世紀ぶりに新しい結核治療薬の使用が承認され、2018年にはウクライナで薬剤耐性結核の短期治療法の試験が始まったのだ。
MSFは、保健省の地域結核診療所、公衆衛生センター、国立結核研究所と協力しながら、この試験に取り組んだ。ジトーミル地域結核診療所では、経口薬だけで完結する新しい短期治療計画の安全性と有効性に関するエビデンスを収集するための試験プロジェクトを開始した。
5年後の2023年12月にプロジェクトは終了。300人の患者にはそれぞれ個別の背景があり、治療の成功は一人一人の状況を理解することにかかっていた。このプロジェクトが目指したのは、患者のモチベーションを維持し、治療期間を短縮すること。そして、社会的なサポートを提供し、治療に影響を与える障壁を克服することだった。
適切な薬で治療継続が可能に
MSFがジトーミルで活動を始めた当時、ウクライナではベダキリンやデラマニドなどの新しい経口薬は入手できず、薬剤耐性結核の治療には経口薬ではなく、痛みを伴う注射が用いられていた。これらの薬剤が使用可能になると、治療期間は18~24カ月から9~12カ月に縮まった。
「以前は、ウクライナの結核患者は何カ月も、時には何年も入院しなければならなかったのです。 この長く困難なプロセスが、多くの患者のやる気をくじいていました」。そう、MSFの看護師アナ・アンティペンコは振り返る。
治療期間の短縮により、患者は治療を続けやすくなった。また、心身の健康を維持する意味でも大きな違いをもたらした。
「新しい薬が使えるようになる前は、毒性の強い薬で治療を受けていました。その薬のせいで、皮膚は腫れてひび割れ、傷だらけになってしまい、 歩くのも大変でした」と、3年前に治療を終えたナターリアさんは言う。
ジトーミル地域結核診療所での治療中、ナターリアさんはパートナーのセルヒイさんと出会った。お互いに支えあい、2人は1日も治療を欠かさなかった。そして、ついに病気の完治にこぎつけ、日常生活と未来を切り開くことができたのだ。
いま、私たちは子どもを育てることができる一瞬一瞬を大切にしています。人生で恐れるものなどなくなりました。
デラマニドとベダキリンは、薬剤耐性結核の治療期間を短縮しただけでなく、病状が安定している患者は自宅で治療を続けることができるようになった。それまでに患者が受けていた痛みを伴う注射とは異なり、医師の監督なしに服用することができるからだ。自宅のような快適な環境に身を置くことで、患者は長期的な治療に専念することができる。
社会的なサポートが成功のカギ
「毎日薬を飲まなければならないのは大変なことです。C型肝炎や糖尿病などの合併症を持つ患者にとっては、1日に何十種類もの薬を飲むことになります」とアンティペンコは話す。
私たちは、患者のモチベーションを保ち、治療の最初から最後までサポートすることを目指しています。
治療計画を成功させる可能性を高めるため、MSFのソーシャルワーカーは患者の自宅を訪問し、治療計画を守るようサポートするとともに、薪や食料の提供から光熱費の支払いまで、家計に必要なあらゆる支援を行う。
アンティペンコはその理由についてこう話す。
「総合的なケアによる患者のサポートは、このプロジェクトの要です。ジトーミルの患者の多くは、冬用の薪、光熱費の支払い、食料や衛生用品キットの支給など、日用品の支援を必要としています。こうしたニーズに対応すれば、その分患者は治療に専念しやすくなります」
偏見を取り除く
しかし、患者が薬剤耐性結核から回復した後でも、課題は残る。患者の多くが病気にまつわる偏見に直面しているのだ。医療従事者やソーシャルワーカーによる偏見も例外ではない。
「私は同僚からの偏見や差別に直面してきました」とMSFの患者で、2児の父親でもあるオレクシーさんは話し、次のように続けた。
いまはもう他人にうつすことはありません。それでも治療を終えることは大切です。そうすれば、2人の息子と普通の生活ができるのですから。
患者が経験する偏見に対処するため、MSFは医療スタッフとソーシャルワーカーの双方を対象に、研修の機会を設けている。結核にまつわる迷信と事実に関する情報を提供し、治療プロトコルや診断方法、感染制御についてよりよく知ってもらうためだ。
ケアの継続のために
MSFは保健省にこの活動を引き渡した際、バイオセーフティレベル(BSL)3の検査室も移譲した。結核のように飛沫感染の可能性のある病気の研究のために建設されたこの検査室は、高度な診断検査が可能で、薬剤耐性を2時間以内で検査できる医療機器GeneXpertを備えている。
ジトーミルで実施されたプロジェクトには、ウクライナの薬剤耐性結核専門医だけでなく、ドイツ、インド、フィリピン、キルギスの細菌学者や疫学者など国外の専門家も集まった。医師、看護師、疫学者、ロジスティシャンを含む38人がプロジェクトに参加。300人の患者を治療し、そのうちの4分の3以上が治療を完了し、薬剤耐性結核から回復した。
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