メキシコの「国境の街」で相次ぐ性暴力と拉致──米国を目指す人びとを襲う悲劇
国境なき医師団 / 2024年3月28日 17時14分
「前はこうじゃなかった。なにか起こっても自分の力でどうにかできた。今はどうすればいいのかも分からないんです」
涙ながらにそう語るのは、ニカラグア人のカミラさんだ。
メキシコの北東部にマタモロスという街がある。米国との国境沿いだ。そのマタモロスの移民シェルターにカミラさんはいる。カミラさんの涙は、ここ数週間で起きた壮絶な体験を物語っている。彼女は、身の安全と生きるすべを求めて、米国を目指した。しかし、このメキシコ北東部の地で、身体的にも精神的にも苦難を浴びた。彼女のような人びとが、この地には大勢いる。
カミラさんは2023年8月、自らと家族が政治的迫害を受け、母国ニカラグアを脱出した。途中の検問所で何回も不法に金銭を要求されながら、なんとか旅を進めてきた。しかし、メキシコ北東部の地までたどり着いた時のことだ。カミラさんは語る。
「満員のバスに乗っていましたが、全員そこで降ろされたんです。あとに残ったのはメキシコ人家族1組だけ。私たちは別のバスに乗せられ、グアテマラまで送り返されました」
カミラさんはあきらめず、再び米国行きを試みた。2回目の旅では、なんとかメキシコの大都市モンテレー市までたどり着いた。そこで、ほかの仲間たちと一緒に、米国と国境を接する街レイノサ行きのバスに乗った。カミラさんが当時のことを語る。
「その途中で、私たちは拉致されたんです。最悪の事態の始まりでした。ある家に連れて行かれ、そこで男女別に分けられました。部屋は狭くて、みんな立っているしかないくらいです。夜になると、数人の男たちがやってきました。私たち女性は家から連れ出され、たらい回しにレイプされたんです。男たちは残忍でした」
17日後、カミラさんはマタモロスで解放され、市内の移民用シェルターに入った。カミラさんが続けてこう話す。
「精神的につらくなって、MSFのところに来たんです。平穏な現在と過去の体験に折り合いをつけられなくて。例えば、コーヒーを飲んでいる時、自分の身に起こったことを思い出して、涙がこらえきれなくなるといったことが何回もあるんです。でも、いまは心理療法士の人たちが親身になってくれる。いまも治療を受け続けています。以前の自分に戻るまで、まだ長くかかるとは思いますが……」
国境の街レイノサやマタモロスで働くMSFスタッフたちは、カミラさんのような体験を聞くことが増えてきた。MSFプロジェクト・コーディネーターのプージャ・アイエルは、次のように語る。
「ここ数カ月、移民に対する拉致や性暴力の事件が増えているのです。MSFのもとに来る人たちによると、監禁された上に虐待を受け、まともに食事も与えられない。ほとんどの女性が、性的虐待や性暴力の犠牲になっています」
過酷な環境で待つしかない日々
メキシコ北東部にいる移民や難民が直面しているのは、暴力だけではない。冬の厳しい寒さ、夏の厳しい暑さ、そして豪雨。そのような中で、安心して寝泊まりできる場所を見つけるのにも苦労している。食料や水、衛生用品を手に入れることも難しく、医療や心のケアを受ける機会も限られている。
現在、米国の移民当局への申請手続きには、"CBP One"と呼ばれるオンラインアプリが用いられることが多い。しかし、このアプリが彼らの不安定な状況を解消してくれるわけではない。移民たちは、米国への移民手続きの予約を取るのに数カ月も待たされることが多いのだ。その待機期間中も、過酷な生活は続く。
先ほどのアイエルが次のように説明する。
「手続きを進めるためのスマートフォン自体を持っていない、あるいは入手できない人びとが多い。持っていたとしても、インターネット接続料金を払えないケースが多いのです。スペイン語の読み書きや会話ができない人たちだっている。当局が導入したCBP Oneは、移民の受け入れ体制をスムーズにする小さな一歩とは言えます。しかし、このツールだけでは、米国での保護を求めている人びとの入国手続きを公的に管理するには不十分です」
こうした事態の深刻さ──そして、メキシコ北東部における移民への暴力と迫害状況を踏まえて、MSFは、メキシコと米国の当局に対して以下の点を求める。
・移民への包括的ケア体制を整備すること ・合法的な移住ルートを拡大すること ・適切で清潔なシェルターを整備すること
※身元を保護するために仮名を使用しています。
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