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地震の被災者を支える人にもケアを──国境なき医師団、輪島市職員に「支援者支援」を提供

国境なき医師団 / 2024年3月29日 12時14分

輪島市内の被災現場を歩くMSFスタッフ=2024年2月19日 Ⓒ MSF

地震に襲われた石川県輪島市で「心のケア」などの活動を1月から行っていた国境なき医師団(MSF)は、被災した住民の心のケアに加え、こうした住民を支えるべく職務を続ける自治体職員に対するカウンセリングなどを行った。MSFの活動内容を報告する。

「支援者を支援」する重要性

今回の活動でMSFが重視したのは、被災した方々の心のケアに加え、住民を支える立場で働き続ける地元自治体の職員への支援だ。MSFが能登半島で行ったニーズ調査でその必要性が浮かび上がっただけでなく、プロジェクト・コーディネーターとして現場に向かった川邊洋三にも、13年前の東日本大震災での経験を踏まえた思いがあった。

川邊は2011年、震災が発生した翌日にMSFのスタッフの一員として、宮城県に向かった。その後、南三陸町で3カ月にわたり、避難所で必要な物資を調達したり、地元自治体と折衝したりするロジスティシャンとして活動した。そこで川邊が気づいたのは、身を粉にして働く町職員や地元医療機関の職員らもまた、自宅が倒壊したり津波で家族を失ったりしているということ。そして、自分のことは後回しにして、住民のため休みを取ることなく働き続けているということだった。

「公務員や医療関係者が、自分と家庭のことを後回しにして、心に大きな傷を抱えたまま働いている姿を目の当たりにしました。なかなか進まない復興に、住民の方に強い言葉でいらだちをぶつけられても、公務員という立場上、黙って仕事を続けるしかない。被災者支援に加え、『支援者支援』もこれからは重要になると思ったのです」と、川邊は振り返る。

能登半島で地震が発生し、1月下旬に臨床心理士の福島正樹とともに輪島市に入ると、市職員らの状況は、あの時の南三陸町と同じだった。「ご自身も被災し、さらに地震発生直後からの激務で表情を失い、それでも黙々と仕事を続ける方々がいらっしゃいました」と、川邊は言う。

そこで、輪島市中心部から離れ、およそ40人の職員が市民を支える職務を続ける輪島市門前総合支所で、職員へのカウンセリングを行うことにした。その時に川邊が支所側に依頼したことが、一つだけある。

「希望者だけを対象にすると、自分は大丈夫だからと遠慮する人や、周囲の目が気になって申し込めない人がいるかもしれない。だから、全員を対象にしたいとお願いしました。そうすれば、職員の皆さんみんなが安心してカウンセリングを受けられると考えました」

被災後初の「支援者支援」

こうして、MSF日本の心理社会的サポート責任者で精神保健福祉士の笹川真紀子が2月14日に輪島市に入った。各地の災害で支援者支援の専門家として活動してきた笹川には、東日本大震災や熊本地震などでも自治体職員や消防署員のカウンセリングにあたった経験がある。 門前総合支所の職員を対象に、4日間で計37人のカウンセリングを行った。専門家による職員への対面での本格的なカウンセリングは、輪島市では地震後で初めてのケースとなった。

自治体の職員や消防士、医療従事者など、災害時に被災者の支援に携わる人びとに対するケアは、しばしば後回しにされることが多い。発災直後の多忙さに加え、公的機関の職員がケアを受けることに対するクレームの存在も、日本で支援者支援が遅れてきた理由の一つだ。 しかし笹川は「市の職員が心身ともに健康であることは、円滑な行政サービスを維持するためにも欠かせません」と、心のケアも含めた支援者支援の必要性を強調する。 今回のカウンセリングで笹川は、職員に仕事上のストレスを尋ねることから始めた。「仕事の量はどうですか」「自宅には帰れていますか」といった質問から、業務上の裁量権の有無や、困ったときに上司や同僚からのサポートがあるかなどを聞いていったという。

業務量、裁量権、困ったときにサポートが得られるかどうかの3つを切り口に話すうちに、職員からは「発災後、1回も自宅に帰れていない」「実は地震で肉親を亡くしている」といった心の内や自身の状況が、少しずつ語られたという。

ハネムーン期から幻滅期へ

職員の多くが、復興に携わる使命感や責任感から、自分のことを後回しにしてしまいがちだ。「私が訪れた2月中旬は発災から1カ月半が経った時期で、まだ皆でがんばろうという雰囲気がありました」。 その中で「疲れました、もうだめです、と自分だけが言うわけにはいかない」というのが、職員の典型的な反応だったという。

災害を体験した人の心の変化について、笹川は次のように説明する。 「発災直後の『茫然自失期』に続くのが、『ハネムーン期』と呼ばれる段階です。人はストレスがかかるとある種の回復力が生じます。被災者同士で連帯感が生まれ『みんなで団結してがんばろう』という心理状態になるのです」

注意が必要なのが、その後に続く「幻滅期」だ。高揚した感覚や気持ちが薄れていき、積み重なった疲労や不満、個々人で異なる被災状況のギャップなどから反動も起こりやすくなる。

災害の中でも今回のような大地震ではインフラが大きく破壊されるため、復興には長い時間が必要となる。「この状況がいつ終わるのかわからない」「いつまでがんばればいいんだろう」。そんな先の見えない中での対応も、職員の心の負担となっている。

「水道の復旧に関しても、『いつ水が通るのか』という市民からの問いに対し、職員は窓口で『まだ分かりません』『申し訳ありません』と答え続けるしかないわけです。皆さん必死にこらえながら業務に当たっていました」

カウンセリングを振り返り笹川は、職員の状況について「ハネムーン期の終わりかけから幻滅期に入っているのでは」と語った。幻滅期が過ぎると「復興期/回復期」とらせん状に移行していくが、「あれほど大きな災害なので、支援者も含め被災した人びとは、まだ災害の渦中にあると言えます。年単位の長期的な視点で支援を続けていく必要があります」と話した。

求められるケア

東日本大震災の直後から支援者支援に携わり、今回の能登半島地震の対応を含め、さまざまな災害地で活動を続けてきた笹川。「 東日本大震災で被災したいくつかの自治体には、いまも通っています。10年以上たっても、そこで傷ついた人びとにとって震災はまったく終わっていません」と話す。

不眠不休で被災者への対応を続ける支援者に必要なケアとは、何か。

短期的には、身体的な健康が何よりも優先だと笹川は言う。「非常に過酷な状況で働いているため、脳梗塞や心筋梗塞なども懸念されます。発災前から通院している方や持病をお持ちの方もいます。その人たちを適切な医療につなげ、死亡事故が絶対に起こらないようにしなければいけません」

発災直後の興奮状態を引きずったまま働き続けてしまう支援者も多い。しかし、時間がたつにつれ、そのような人も疲れを感じるようになってくるという。そのサインを見逃さないようにすることも大切だ。「疲労を感じるというとネガティブな印象を受けますが、疲れに気づくのは実はよいことです」と笹川は説明し、「ただ、そのまま働き続けてしまうと、精神的に不安定になったり不眠になったりするといった症状も出てくるでしょう。疲労感をきちんと認識し、適切なケアを受けることが必要です」と話した。

また、長期的には、組織がメンタルヘルス支援の仕組みを平時から準備しておくことも欠かせない。災害が起きてから急にそのようなケアを始めることはできないからだ。MSFは輪島市での活動の終了に伴い、輪島市に支援者支援を含む心のケアの重要性について、報告書にまとめて提出した。

笹川は今回の活動を振り返り、こう語る。

「支援者支援の大切さは少しずつ認識されてきました。ただ、職員に対する心の健康に関する対応自体が進んでいない場合は、いざ支援者支援が必要になっても実施することができません。今回、MSFは現場のニーズに基づき活動を開始し、支援者支援を含む心のケアを提供することができました。これが仕組みづくりのきっかけになればと、期待しています」

輪島市でのMSFの活動

MSFは1月25日より、石川県輪島市に「心のケア」チームを派遣。臨床心理士の福島正樹は24カ所の避難所で、被災した住民の方々を対象に計100回以上の心理セッションを実施し、心のケアを提供した。2月15日から18日には 精神保健福祉士の笹川真紀子が、輪島市役所門前総合支所の職員を対象に、4日間で計37人に心理カウンセリングを提供。2月24日には福島が 輪島市町野支所の職員3人、27日には保育士10人を対象にカウンセリングを行った。

さらに2月19日、避難所での生活を余儀なくされる被災者の「洗濯ができない」というニーズに気づき、避難所で水道が復旧するタイミングに合わせて洗濯機20台を輪島市に寄贈した。

MSFとしての輪島市での活動は、2月末をもって終了した。福島らが始めた、避難所を回って被災者の心のケアを行う活動は、輪島市が今後、県と協力するかたちで続けることを目指している。

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