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自分が食べれば、わが子が飢える──イエメンの食料危機がもたらす「母親たちのジレンマ」

国境なき医師団 / 2024年4月2日 17時15分

赤ちゃんを抱く母親と祖母 Ⓒ Jinane Saad/MSF

イエメンの北西部に位置する、ハッジャ県アブスの総合病院。国境なき医師団(MSF)はこの病院の入院栄養治療センター(ITFC)で支援を行っている。ここでは、栄養失調の患者たちに付き添ってくる母親たちもまた、栄養失調に陥っているというケースが多くみられる。

イエメンにおける母子の栄養失調にはどのような原因があるのか──。MSFの対応と現地の状況を報告する。

母親も栄養失調に

アブスの総合病院に、2歳になるムハンマドちゃんがいた。肺炎と下痢を伴う栄養失調と診断され、病院内の入院栄養治療センターに入院しているのだ。この子が寝るベッドには、母親のマヤサさんが座っている。

ムハンマドちゃんは、ここしばらく食べ物を受けつけることができない。ムハンマドちゃんにとって、この治療センターに入院するのは、今回で5回目だ。1回目は生後6カ月のときだった。

この栄養治療センターはMSFの支援を受けているため、ムハンマドちゃんの治療は無料だ。しかし、治療費がかからないとしても、このアブスから2~3時間離れた自宅までの交通費は高い。マヤサさんが借金しなければならないほどだ。

それでも、マヤサさんは、息子の体調が悪くなると、必ず病院に連れてくる。子どもの健康問題に駆け回る中で、自分自身の健康を損ねることもある。現在、マヤサさんは第4子を妊娠中だが、妊娠4カ月目で栄養失調に陥った。

今朝、子どもたちは、叔父の家まで朝食を食べに行かせました。私は空腹のまま、病院まで来たところです。食べ物を買うお金はありません。朝食をとったら、昼食も夕食もとれなくなるんです。

母親に突きつけられる過酷な選択

イエメンには、マヤサさんのような境遇の母親が大勢いる。彼女たちは、わが子をどうやって食べさせるか、毎日のように悩み苦しんでいる。自分が食べるか、子どもの分に回すか、という選択を日々突きつけられているのだ。

アブス病院で活動するMSFの小児科医イレール・パトは、次のように説明する。

「この栄養治療センターでは、栄養失調の患者たちに付き添ってくる人びと自身もまた栄養失調に陥っているというケースが多いのです。イエメンの食料事情が厳しいためです。お母さんが栄養失調になれば、わが子に十分な食事をとらせる余裕もなくなっていきます」

同病院の産科でも同じ声が聞かれる。妊娠9カ月目のサーダさんは、出血と腸閉塞(ちょうへいそく)のため入院したばかりだが、同時に栄養失調にもかかっている。最寄りの診療所までの交通費が高いため、妊娠中の産前健診を受けることもできなかった。

サーダさんによれば、彼女の故郷は「死んでいる」ようなものだという。仕事もなければ、ほかに生計を立てる手段もない。一家8人とも、食べるのに苦労している。

パンとお茶はなんとか手に入ります。でも、肉や魚は無理です。以前は、小麦粉1袋と油1本の食料援助を受けていたんですが、5カ月前に打ち切られてしまいました。

産科に入院した女性の7割近くが栄養失調

MSFのスタッフたちは、アブス病院の産科に入院しているすべての女性について、上腕中央部周囲を測定し、栄養状態を判断してきた。中等度から重度の栄養失調に陥っている女性の数は、過去2年間で増加し続けている。

2021年には、アブス病院で出産ケアを受ける女性の51%が栄養失調であり、4%が重度の急性栄養失調だった。それが2022年になると、栄養失調の割合が64%に上昇した。重度の急性栄養失調についても6%となった。それ以後、2024年2月までに産科に入院してきた女性については、68%が栄養失調だった。

アブスから60キロ離れたホデイダ県という地域でも、MSFは病院支援に入っているが、やはり同じような光景が広がっている。2023年には、入院した女性の47%が栄養失調で、2024年2月には、それが49%に上昇した。

先ほどの小児科医イレール・パトが次のように説明する。

「妊娠中の女性が栄養失調にかかると、妊娠中や出産時に合併症を起こすリスクが高いのです。例えば、鉄欠乏症や貧血などの症状にかかりやすい。加えて、栄養失調の女性は、栄養失調の赤ちゃんを産むリスクも高くなる。さらに言えば、母乳で育てることも難しくなるのです」

栄養失調の母親が、栄養失調に陥りやすい赤ちゃんを出産するリスクについては、MSFがアブスで実施している栄養治療プログラムからも明らかだ。2023年には、アブス病院における入院患者全体の24%が生後6カ月未満の子どもだった。

MSFの地域保健担当者たちは、ホデイダ県内の家々を一軒ずつ回って、栄養失調の女性や子どもがいないかを調べている。お母さんや赤ちゃんたちの状態悪化を防ぐためだ。そのために、子ども、妊娠中の女性、母親になりたての女性たちの中上腕周囲径を測定していく。栄養失調の兆候が見られた人びとについては、栄養治療に対応している最寄りの診療所への紹介を行う。

一方、MSFのスタッフたちによると、栄養失調に陥った産前産後の女性たちを治療していくにあたって、地域レベルの診療所で行われている栄養治療プログラムでは対応しきれない部分も多いのだという。

母子を栄養失調から救うために何をすべきか

そもそも、イエメンの栄養危機には、構造的な原因がある。10年以上にわたる紛争と経済危機をとおして、イエメンでは生計手段を失っている人びとが多い。高いインフレ率によって、人びとの購買力が低下し、栄養価の高い食品を手に入れることが難しくなっている。イエメン北部において世界食糧計画(WFP)が展開していた食料配給が停止するなど、食料援助体制が弱まっており、これも以前から深刻だった状況に拍車をかけているのだ。

一方では、医療施設が不足しており、交通費も高騰している。医療へのアクセスは、ますます厳しくなっているのが実情だ。それゆえ、妊娠中の女性が産前産後ケアを受けることにも支障が出る。その結果として、栄養失調の初期症状が発見されない事態につながっている。

また、母乳育児には、子どもの栄養失調やそれに伴う合併症のリスクを軽減する効果がある。しかし、イエメンの女性の中に、そのことを教わっている者は少ない。

イエメンにおける母子の栄養失調にどう対処すべきか。イレール・パトは最後にこう語った。

「まず、これまでの栄養と食料援助のプログラムに欠けている点を見直すことが重要です。イエメンに向けた資金援助額は極めて少ない。その点を考慮すると、最も弱い立場にある社会階層、とりわけ5歳未満の子ども、妊娠中の女性、新生児にフォーカスした戦略を取るべきです。また、母乳育児の大切さを周知させていくことも大切です。こうした対策を通して、栄養失調とそれに伴う合併症のリスクを減らしていかないといけません」

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