南スーダン:治療が受けられない遠隔地へ、あらゆる手段を尽くして医療を届ける
国境なき医師団 / 2024年6月4日 11時58分
気候変動にともなって、洪水や干ばつが深刻化している南スーダン。この地には、移動と定住を繰り返しながら牧畜や農耕を営む、半遊牧の生活を送る人びとがいる。こうした人びとが、不安定な環境に苦しんでいる。近年の水不足・食糧不足を受けて、医療施設から遠く離れたところに移動せざるを得なくなり、医療を受けることが難しくなっているのだ。
辺境の遠隔地に行くほど、医療はなきに等しくなる。南スーダンにおいて、稼働中の医療施設から5キロ以内に住んでいる人びとは、人口の半分以下。そうした人びとは、基礎的な診療を受けることすら困難だ。医療を受けるために、何日も歩いたり、国境を超えて近隣諸国に出向く場合さえある。
そうした「医療過疎地」、さらには、医療はおろか生活インフラすら整っていない「最遠隔地」に生きる人びとの現状、そして、彼らを支援する国境なき医師団(MSF)の取り組みとは──。
15歳で右腕を失った──水と土地を求めて、繰り返される争い
南スーダンの東部に位置するボマには、複数の半遊牧民のコミュニティがある。牧畜を営む人も、農耕に従事する人もいる。彼らは、水と治安という2つの要素によって、さまざまな地域への移動と定住を繰り返している。 6月から10月にかけての雨期は、移動が難しくなる。特に、徒歩での旅は困難を極める。半遊牧民の人びとは、ボマの町の近辺に定住して、水、食料、医療へのアクセスを確保する。一方、雨がほとんど降らない乾期になると、再び水を追いかける旅に出る。町を出て、医療施設から何日も離れた「遠隔地」に住まざるを得なくなるのだ。
南スーダンでは、牛の放牧地を確保するために、隔絶された場所で生きていくしかないコミュニティもあるのです。
牧畜系コミュニティでは、役割分担が明確になっている。女性は、家を建て、薪や水を汲み、料理をして、子どもの世話をする。一方、男性の役割は、人間と牛を守ることだ。少年すら、この役割を割り当てられることがある。
牛は、南スーダンにおける中心的存在だ。文化的にも社会的にも、そして生計手段としても、牛は欠かせない。それゆえ、牛泥棒は、人びとにとって深刻な脅威だ。牛をめぐって、時として暴力や殺人にまで発展することもある。
農耕においても牧畜においても、襲撃、略奪、殺害の危険が常にある。特に、農耕地帯では、水を求めて、不規則に移動してくる牛が増える。農耕を営む人びとにとっては厄介ごとだ。 水、土地、牛、収穫物をめぐる争いは絶えない。争いを通じて、人びとの間に不信感が生まれ、不平不満が生まれ、暴力につながっていく。
子どもや若者すら、こうした争いに巻き込まれていく。 「15歳のとき、コミュニティ間の争いで撃たれ、右腕を失くしました」とジョン・オボッチは言う。 片方の腕では牛を守ることができないと悟ったジョンは、学問の道に進んだ。彼は今、MSFの地域保険担当者として活動している。牧畜民出身であることを生かして、よく見知っているコミュニティを訪れては、定期的に健康に関する講座を開いている。
「遠隔地」に医療を届ける
乾期の間、MSFのチームは、遠隔地で定住する人びとに医療を提供するため、アウトリーチ活動(医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動)を実施している。最長4日間という期間を設けて、さまざまな場所を訪ね歩く。
牧畜系コミュニティに向けた医療体制を整えるべく、MSFは地域保健担当者たちと協力している。彼ら自身も、牧畜系コミュニティ出身だ。彼らは、MSFによる研修を受け、定期的に監督を受けることで、基礎的な医療を自ら施せるようになっていく。
この取り組みは、包括的地域症例管理(integrated community case management)と呼ばれている。研修と監督を通じて能力開発を行い、地域保健担当者たちが現地社会のために医薬品を取り扱えるようにするのである。
マラリア、肺炎、下痢──いずれも、南スーダンの子どもにとって、主たる死因となっている。一方、これらは良く知られており、治療も治癒も可能な病気だ。能力開発を受けた地域保健担当者たちは、こうした病気を診断したり、治療を施せるようになる。深刻なケースについては、MSF施設に移送することもできるわけだ。
ビアトリス・ジョンソンは牧畜系コミュニティの出身だ。2022年からMSFの健康教育担当者として活動している。2年間の経験を通して、彼女は、こうした遠隔地における啓発活動がいかに大切かを痛感したという。
コミュニティ向け健康教育の担当者として、地域の人びとに病気予防の方法を伝えています。
南スーダン社会では、現代医学とは異なる伝統的な治療法が深く信頼されている。MSFのアウトリーチチームは、こうした伝統や信仰について学習し、理解に努めてきた。メンバーの中には、ジョンやビアトリスのように、現地の出身者も多い。彼らは、伝統医療の伝承者たちと対話し、治療や医療について議論しながら、現地社会の意識を高めるべく活動している。 こうしたMSFの啓発活動は、実際に人命救助にも役立っている。例えば、南スーダンでは、献血の必要性が叫ばれているが、献血者がまだ足りていない。そこで、ビアトリスとアウトリーチチームは、各地域を回って、献血の大切さを周知する活動に取り組んでいる。
また、アウトリーチ活動が長期にわたる場合は、環境衛生スタッフがメンバーに加わる。南スーダンでは、家庭の半数が、地表の水を主な水源として利用しているが、清潔で安全な飲み水を提供することで、コレラなどの水系感染症から人びとを守るのである。
取り残される女性と子ども
南スーダンは、社会保障が脆弱だ。特に、女性と子どもに関する社会経済系指標は、世界最悪の水準にある。例えば、10人に1人の子どもが、5歳未満で亡くなっている。妊産婦死亡率は世界で最も高く、出生10万人あたり約1223人となっている。 遠隔地で生きる人びとにとって、医療施設から遠く離れて生活することは、生命の危機に結びつく。特に、妊婦や新生児は専門的なケアが必要だが、南スーダンでは、女性の8割が所属コミュニティ内で出産しており、そのほとんどは伝統的な分娩介助者の手を借りている。
カカ・コロビトットさんも、伝統的な分娩介助を受けて子どもを産んだ一人だ。
「もし、あのまま牧畜キャンプにいたら、息子は産まれなかったでしょう」とカカさんは語る。 カカさんは、妊娠中に重度のマラリアになった。母体にとっても胎児にとっても命に関わる事態である。感染症は、母体から胎児に直接感染する可能性がある。また、高熱は、流産や早産を誘発する危険がある。そして、妊娠わずか7カ月目にして、カカさんは牧畜キャンプの中で男の子を出産した。 幸いにも、カカさんは、地域保健担当者から得た情報によって、早産に伴うリスクを知っていた。そのため、出産した際、医療施設に行く必要性を理解していた。2日歩いてマルワという地まで辿り着いたカカさんは、新生児に適したケアを行えるよう、MSFチームによってボマまで移送された。MSFが支援する基礎診療所に到着したとき、カカさんの息子には、まだ名前がなかったという。
それから1カ月経った現在も、カカさんと赤ちゃんは看護を受けている。医療スタッフたちは、体重の増え具合や健康状態を注意深く観察している。
あらゆる手段を尽くして医療を届ける
独立から12年経った今でも、南スーダンの保健関連指標は、世界最悪の水準にある。例えば、平均寿命は世界最低水準で、わずか62歳だ。他方で、医療施設の約3分の2は機能していない。医療サービスが可能なエリアにおいても、物資、医薬品、医療従事者の足りていないケースが多い。 今後も、MSFの移動診療チームは、医療を必要としている場所に医療を提供するために、あらゆる手段を尽くしていく。雨期になると、遠隔地に入っていくのは難しくなる。MSFは、医療を確実に届けるため、その場の状況に適応して行動していく。車も使うし、バイクも使うし、ボートも使う。必要ならば、数時間かけて歩いていくこともいとわない。
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