1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 国際
  4. 国際総合

病院への道は「死のわな」──パレスチナ・ヨルダン川西岸で何が起きているのか

国境なき医師団 / 2024年7月1日 18時29分

イスラエル軍の侵攻による被害の状況を調査しているMSFチーム © Oday Alshobaki/MSF

昨年10月にパレスチナ・ガザ地区で紛争が激化して以来、ヨルダン川西岸地区でもイスラエル軍による暴力が激しさを増している。

西岸地区では昨年10月7日から今年6月10日までの間に、126人の子どもを含む521人のパレスチナ人が、主にイスラエル軍により殺害された。その7割以上は、北部に位置するジェニンとトゥルカレムで起こっている。また、昨年10月以降、西岸地区では480件を超える医療施設への攻撃が報告されている。 現地では何が起こっているのか。ジェニンとトゥルカレムで国境なき医師団(MSF)の活動を統括する、プロジェクト・コーディネーターのイッタ・ヘランドハンセンが伝える。

午前8時に起こった悲劇

2023年10月以来、イスラエル軍はヨルダン川西岸地区においても軍事侵攻の度合いをますます強めている。医療スタッフやパラメディカル(医師以外の医療従事者)たちが負傷者のケアにあたる際にも、攻撃や嫌がらせ、妨害行為などを繰り返して受けている。 とりわけ、2024年5月21日から23日にかけて、ジェニンとその難民キャンプがイスラエル軍から受けた侵攻は、42時間にも及ぶものだった。 この侵攻は、子どもたちが学校に向かい、人びとが仕事に向かう午前8時に始まった。最初の犠牲者となった一人が、外科医のジャバリン医師である。勤務先であるハリル・スレイマン病院に向かう途中、背中を撃たれて亡くなった。彼は担架に乗せられて職場の病院まで搬送された。イスラエル軍は、この襲撃で合計12人のパレスチナ人を殺害した。

難民キャンプや医療者への攻撃

ジェニンへの侵攻は、ますます頻度を増している。いつ何が起こるか予測がつかないものとなっており、数時間から数日におよぶケースもある。主たるターゲットとされているのは、ジェニン・キャンプだ。ここには、2万3000人以上のパレスチナ難民が居住している。 キャンプや市内周辺には狙撃兵が配置され、さらには、大型装甲車に乗った兵士たちが道路を封鎖し、救急車の出入りを妨害している。ジェニン・キャンプからハリル・スレイマン病院までは徒歩2分程度だが、実際にはたどり着くまでに何時間もかかることがある。 病院への道は「死のわな」かもしれない──。それゆえ、多くの人びとは、本来なら今すぐ治療が必要なけがや病気であっても、あえて自宅にとどまる選択を余儀なくされている。 MSFのプロジェクトは、主として「医療の空白地帯」を埋めるためのものだ。しかし、ここでは、医療を受けられる場がすぐそこにあるのに、医療を最も必要とする時にそこに行けないようにされている。 ジェニンとトゥルカレムへの侵攻において、MSFは、医療従事者たちが組織的な攻撃を受けたり、救急車が道路封鎖を受けたりといった光景を何回も目撃してきた。私自身、パラメディカルたちに話を聞くと、その全員が、救急治療を始めようとする最中に、嫌がらせ、襲撃、妨害を受けたと詳しく報告してくれた。脅迫、身柄拘束、暴行などを受けた者も数多い。中には銃撃を受けたケースさえある。

ボランティアが命をつなぎとめる

MSFは、ジェニンにおいて、ハリル・スレイマン病院の救急部門で医師や看護師の能力開発にあたっている。トゥルカレムでも、タベットタベット病院に入って、同様の活動を行っている。 一方、医療を必要とするのに病院に思うようにたどり着けない人びとが増大している。そこで、MSFは、救急車のスタッフや難民キャンプの医療ボランティアたちに向けた研修も実施している。彼らの手によって、負傷した人たちの命を少しでも長くつなぎとめてほしいからだ。 患者が病院で適切な治療を受けられるまで命をつなぐために、応急救命措置にとどまらない新しいアプローチを取っていく必要がある。 この点、MSFは、ジェニンとトゥルカレムのキャンプにおいて「容体安定化ポイント」も設置した。数台のベッドと必要な医療物資を備えた簡易的な部屋だ。しかし、この容体安定化ポイントは、イスラエル軍による襲撃で破壊され、この場所で働く医療ボランティアたちは、安心して活動に取り組めなくなった。そこで、MSFは、携帯用の医療キットをボランティアたちに渡すことにした。 さらに、MSFは、キャンプ内において「止血研修」を開始した。医療行為に詳しくない住民たちに向けて、傷の手当てや止血帯の使い方を伝えていくのである。この研修において、特に主婦たちからさまざまな質問を受けた。圧迫する前に銃弾を取り除く必要があるのか、切断の危険がある場合、腕に止血帯をかけられる時間はどれくらいか、といったものである。 こうした質問は、ジェニンとトゥルカレムにおける深刻な現実そのものを物語っている。医療を受けられない状況がもはや日常となっており、人びとはその状況に耐えるしか選択肢がないのだ。

医療スタッフのベストが攻撃のターゲットに

侵攻は大規模な破壊をもたらす。家屋は爆撃され、壊され、道路は引き裂かれ、水道も衛生設備も壊され、電気は停止する。 MSFは、ジェニン・キャンプに三輪タクシーを2台ほど寄贈した。小さなゴルフカートほどの大きさだ。キャンプ内においてミニ救急車として機能するよう改造したものである。この「人命救助用三輪タクシー」はバッテリーで動く。ボランティアたちは、使用量を節約しながらこの三輪タクシーを活用している。いつまで侵攻が続き、いつ再び充電できるかも分からないからだ。発電機やソーラーパネルを設置することは難しい。新たな標的とされるだけに終わるだろう。 ボランティアのパラメディカル(医師以外の医療従事者)たちは、負傷者の手当てに取り組んでいるが、同時に、絶えず嫌がらせを受け、常に身の危険を感じている。 ジェニン・キャンプのボランティアの一員であるムハンマドに話を聞いた。彼は、今回の侵攻が起きた最初の1時間で、狙撃兵から手首を撃たれたという。その後、病院で手当てを受けると、すぐに仕事に戻った。 医療スタッフのベストを着ると逆に危険だと感じるボランティアもいる。それほどに医療者と人命が軽んじられている。それが現地の直面している現実なのである。医療ベストが攻撃のターゲットにされるような事態は許されるものではない。 トゥルカレムのヌールシャムス・キャンプ──ここでも、最近ふたたび侵攻があった。その際、MSFの研修を受けたパレスチナ赤新月社の救急ボランティアが、患者のもとに駆け寄ろうとして足を撃たれている。彼は、医療従事者であることを明確に示すベストを着用していた。それにも関わらずだ。彼が病院にたどり着き、必要な治療を受けられるようになるまで、7時間以上がかかっている。幸いにも、彼は命を失わずに済んだ。 私は、世界に向けて何か伝えたいメッセージはないか、と彼に尋ねた。すると「特にない。どうせ誰も聞いてくれないのだから」と、答えた。この地の人びとは、自分たちが軽視され、無視され、関心を持たれず、世界から見捨てられていると感じているのだ。 通勤途中に背中を撃たれて亡くなったジャバリン医師の葬儀が執り行われるにあたって、私は、ハリル・スレイマン病院の院長であるアブー・バクル医師に尋ねた。MSFとして、この状況を変えるために何かできることはないかと。それに対して、バクル医師は答えた。 「あなたたちができる最も重要なことは、ここで何が起きているかを世界に伝えることです」

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください