シリア:「天井のない刑務所」で続く恐怖と絶望──アルホール・キャンプ
国境なき医師団 / 2024年7月24日 18時44分
2011年に内戦に転落してから、自宅を追われた国内避難民が生まれ続けているシリア。2020年以降は、内戦に加えてコロナ渦や経済崩壊、コレラの流行など、国民は度重なる苦境を強いられている。
特にシリア北東部では、長年の紛争と資金不足により、医療制度が崩壊し、多くの人びとは必要な医療を受けることができない。また、安全な水へのアクセスも阻まれ、水系伝染病の増加や食糧不安、それに伴う栄養失調のリスクも増大している。
ますます深刻性が高まる状況を、今年シリア北東部を訪問した国境なき医師団(MSF)オランダの事務局長ビッキー・ホーキンズが語る。
天井のない巨大な刑務所
MSFで25年間勤務し、活動を通じて見てきたもので、心に残っているものは何かとよく聞かれます。際立った経験や人という答えはよくあるものです。
一方で、自分の感覚や雰囲気といったものになると、答えることのハードルは一気に高くなります。最近、シリア北東部にあるMSFの活動地訪問はその典型例でした。
MSFはこの地で基礎医療、糖尿病や心臓病などの非感染性疾患の治療をしています。アルホール・キャンプの活動は、安全な飲み水を供給するための浄水場運営と、診療所に行けない人びとを対象とした診療です。
シリア北東部は地政学上、複雑な力が絡み合う地域に位置しています。隣国トルコとイラクの間に挟まれ、シリア国内でも他の地域とは異なり「自治」の形態をとっているため、こうした“異なる支配者の間に引かれた境界線”が、現地に住む約300万人余りの人びとの頭上で摩擦音を立てています。
最初に訪れたのは、シリアとイラクの国境に近い街アルホールの南郊にある大規模な収容キャンプ、アルホール・キャンプでした。ここには4万3000人以上が収容されていました。
巨大なフェンスに囲まれ、武装した警備員が周囲に配置された、テントが並ぶ事実上の屋外刑務所です。
気温が40度を超えるなか、どうしたらテント生活で何年も暑さとほこりに耐えられるのだろうと思わずにはいられませんでした。訪問前に、このキャンプについて色々と読んだり聞いたりしていたのですが、実際に見ると、信じ難いほど過酷な場所だと分かります。
当初、このキャンプはシリアとイラクの紛争で避難してきた人びとに、安全な仮住まいを用意して人道援助を行うために作られたものでした。
ところが、2018年12月に過激派組織「イスラム国」の支配地の人びとが移されてから、キャンプの治安は悪くなり、不衛生で天井のない刑務所に変わっていったのです。
暴力と絶望の渦中にいる子どもたち
それ以来、キャンプ住民は事実上忘れられたまま留め置かれています。フランス、カナダ、オーストラリア、シリア、イラクなど出身国に戻れた住民はわずかです。
キャンプ内を歩いていて目立ったのは、子どもの多さでした。住民の65%は18歳未満で、そのうちの51%は12歳未満という驚異的な数字です。
キャンプに入って真っ先に目にするのは、ほこりまみれになってゴミで作った即席おもちゃで遊ぶ子どもたちです。義務教育や福祉制度は受けられません。
やることもなく退屈を紛らわす子どもたちを見ているうちに、誰一人としてこのような生き方を強いられる理由はないと痛感しました。子どもに至っては論外です。
暴力と絶望の渦中にいる子どもたちに、どんな未来があるのだろうと考えずにはいられませんでした。
ここ数年間、MSFはアルホールがいかに危険な場所か公にしてきたというのに、5年余りたっても不気味なほど変わらないのです。 事実、私がシリア北東部を去った数週間後にも、治安部隊による襲撃がありました。6月10日早朝、テントが切り裂かれて、女性と子どもまでもが暴力を振るわれたのです。子どものうち一人はMSFのキャンプ内診療所でけがの手当てを受けました。 所持品も破壊され、取り乱した母親からは9人の子どもが引き離されて、どこかへ連れていかれました。今も、母親は子どもがどこにいるのか知らされていません。 少年は12歳以上になると全員連れ去られ、キャンプ外の収容センターに入れられます。外部との接触や監視はほとんどありません。
1月29日にも同じような“治安維持作戦”があり、テントが荒らされ、人びとが殴打され、少なくとも子ども1人と女性1人が亡くなり、数人がけがをしました。
相次ぐ資金援助の削減
その数日後にラッカとハサカの活動地を訪問した時、シリア北東部の絶望がアルホールに限ったものではないと徐々に分かってきました。シリア北東部全域で、行政サービスや生活インフラの格差は明らかです。
基礎診療所を支援し、栄養失調の子どものための栄養治療活動を行い、非感染性疾患を治療する2カ所の診療所を運営し、コレラやはしかなど病気の集団発生に対応しているMSFチームを、私は訪問しました。
ハサカ市の非感染性疾患治療活動では約3000人の患者がおり、ラッカの同活動では2800人余りの患者の健康を支えています。
このような取り組みを見たり、患者さんたちと話したりすると、10年以上にわたる紛争で人びとが経験してきたことに加えて、シリアで続く経済危機がいかに大きな打撃となっているかよく分かります。 不可能に思われる選択を迫られる話や、医療費を払う余裕がないためにMSFの無償診療が頼りだという人たちの話にも耳を傾けました。
家族のために食卓に食べ物を並べるか、持病のために薬を買うか、どちらかを選ばなければならない人もいるのです。
瞬く間にすべてが消えてしまったように感じ、嘆き悲しむ人びととも話をしました。というのも、内戦が勃発した2011年以前、シリアには医療制度が整備されていました。
しかし、今、シリア北東部の人びとは、国の隅に閉じ込められ、国境を越えることもできず、その日暮らしの先に何の未来も見えないと感じているのだと分かってきました。
彼らの多くは、「見捨てられた」という思いを心の奥底に秘めています。
残念ながら、諸々の資料がそれを証明しています。私がシリア北東部を訪問していた間に、シリアのための2024年資金拠出者会議が開催され、資金援助の20%削減が決まりました。シリア国内の人道援助活動が対象で、2年連続の減額です。
2024年にはシリアの人道ニーズ対応には40億7000万米ドルが必要とされているにもかかわらず、「シリア人道対応計画(HRP)」を通じて資金が提供されたのは、わずか6%の3億2600万ドル。アルホール・キャンプ一つとっても、これ以上ないほど切迫したニーズがあります。
今年3月、アルホールも含め11のキャンプにあった医療紹介・搬送体制が中止されました。世界保健機関(WHO)の援助で成り立っていたのですが、資金不足に陥ったためです。
この削減によって、アルホール・キャンプやシリア北東部の他のキャンプに住む人びとは、治療も予防もできる病気や緊急手術を含め、専門医療を受けられる可能性が消えました。
水不足で感染症流行のリスクも──求められる緊急対応
経済危機や食糧・医療物資供給問題と並んで、シリア北東部は未曾有の水不足の危機に直面しています。
降雨量の減少、深刻な干ばつ、ユーフラテス川の水位低下に加えて、100万人余りに届いていたアルーク揚水場からの供給が途絶え、水道インフラも損壊。この事態を受けて、安全な飲み水ばかりか収穫・収入減とさらなるインフレが生じ、数百万人のシリア人に被害をもたらしました。
コレラ、はしか、呼吸器感染症などの病気が急速に広まるリスクも高まっています。
活動地にいるMSFのチームや患者さんは、シリア北東部における感染症対策の強化、医療へのアクセス改善、持続可能な形での清潔な水の利用の徹底、感染症予防と流行抑制のため、緊急対応がどれほど切実に必要かを口々に語ります。
希望はあるけれども、この忘れられた世界の片隅は、多くの問題を一人で背負っているのだということを感じながら、私はシリア北東部を後にしました。
シリア北東部は現在も国際社会による人道援助が大役を果たしている場所です。
アルホール・キャンプはこの区分がとりわけよくあてはまることを踏まえ、北東シリア自治当局、過激派組織「イスラム国」掃討目的の米国主導「イスラム国」有志連合軍(the US-led Global Coalition to Defeat ISIS)、国際的資金拠出者、アルホール・キャンプに留め置かれている人びとの出身国の政府は、キャンプ住民のために長期的な解決策を早急に講じることが喫緊の課題です。
沈静化したとはいえ、シリアで紛争が激化する可能性は常にあります。それがこの地に重く垂れこめる雰囲気です。
この雰囲気はシリア北東部の人びとの心身の傷をさらに深いものにしています。身柄を拘束され、行く手に何が来ようと身を守りづらい立場に立たされているのですから。
ビッキー・ホーキンズ
MSFオランダの事務局長。オペレーション・センター・アムステルダムの経営チームの議長も兼任。2014年から22年10月にはMSF英国の事務局長を務めた。MSFに入職し、中国財務コーディネーターを担当後、中東やアフリカなどでプロジェクト・コーディネーターや活動責任者などを歴任。MSF英国のプログラム・ユニット長や執行役員も務めた。MSFには20年以上勤務。サウサンプトン大学では政治学と国際関係学の学士号を取得している。
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
刑務所で育った子、震え続ける男性──前政権崩壊後、シリアの人びとが語った惨状
国境なき医師団 / 2024年12月16日 19時36分
-
シリア北部:局地的な衝突で大勢が避難──人道ニーズの高まりを受け緊急援助を提供
国境なき医師団 / 2024年12月12日 17時35分
-
シリア北部:局地的な衝突で大勢が避難――人道ニーズの高まりを受け緊急援助を提供
PR TIMES / 2024年12月12日 16時42分
-
ガザ:食べ物もおむつも服さえない──劣悪な環境と深刻な物資不足で、命の危機にさらされる子どもたち
国境なき医師団 / 2024年12月6日 12時21分
-
ミャンマー、マレーシア、バングラデシュ──活動地からの声
国境なき医師団 / 2024年11月27日 17時6分
ランキング
-
1支持率下落の韓国与党、野党提案の「国政運営協議体」受け入れ…政権乗っ取りへの警戒感も
読売新聞 / 2024年12月22日 12時50分
-
2ブラジル南東部でバス事故、38人死亡
AFPBB News / 2024年12月22日 9時40分
-
3シリアでロシア、イランの地位後退 露軍車列をあおる地元民 バランス変化、米欧の関与も
産経ニュース / 2024年12月22日 16時0分
-
4衝突事故でバス乗客30人超死亡 ブラジル南東部、パンク原因か
共同通信 / 2024年12月22日 16時2分
-
5「尹大統領を辞めさせて」…韓国の小学生“サンタ”への直訴に意外な賛否
KOREA WAVE / 2024年12月22日 6時0分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください