薬物依存からの「回復への旅」──国境なき医師団とケニア当局の5年間の取り組み

薬物依存からの「回復の旅」を続けるケニアの男性。隣に立つのは「旅のサポート役」を務める妻　© Eugene Osidiana/MSF

ケニアの首都ナイロビから約15キロ北にある街キアンブ。国境なき医師団（MSF）は今年6月末、この地で5年間運営してきた代替薬物診療（MAT: Medically Assisted Therapy）の治療施設をケニア保健省およびケニア矯正局に引き渡した。

このMATとは、薬物依存症の患者に対して、薬物療法や行動療法、カウンセリングなどを組み合わせた治療法のことだ。

施設を引き渡した後も、ケニア当局の手によって、医療従事者の研修、薬物使用者の診療などが実施され続ける予定だ。この点について、ケニア保健省のエリウス・マイナ医師が説明する。

「この施設の医療スタッフたちは、患者ケアや施設運営のやり方について、すでに熟知しています。MATが患者たちにとって欠かせないものであることは、私たちもよく分かっていますからね。MSFから引き渡された後も、治療サービスを継続していく予定です」

生活改善も含めた治療戦略

ケニア国内でもキアンブ郡は、薬物使用者、特にヘロイン使用者の数がトップクラスだ。しかし、2019年以前は、そうした薬物使用者が患者として治療を受けられる施設がなかった。

わずかな人びとが首都ナイロビで診療を受けていた程度だ。キアンブからナイロビまでは、歩いて1時間以上かかるのである。

こうした状況の下、2019年9月から、MSFが全面的な対応に入った。これまでに1619人が回復し、現在は556人が治療を継続している。

MATは、キアンブ郡内にある中規模病院において提供されている。ヘロインなどのオピオイド系薬物への依存状況にある患者たちに対して、健康リスクや死亡リスクを減少させた上で、彼らの生活改善を図っていくのだ。

そのほかに、ケニア矯正局などが関わる形で、刑務所内に設置された2つの診療所がある。ここでは、収監された患者たちと、周辺地域に住む患者たちの双方を対象として、治療にあたっている。

これらの診療所では、メタドンと塩酸ブプレノルフィンをそれぞれ液体と錠剤で調剤して、オピオイド代替療法として使用している。いわゆるハーム・リダクションの一環だ。

「ハーム・リダクションは、薬物依存がもたらす健康上、社会上、法律上、経済上の悪影響を低減させていく戦略です」とケニアのMSF活動責任者であるエディ・アッテ医師は説明する。

「MATの施設では、オピオイド代替療法に限らず、包括的なアプローチをとるワンストップ医療を実践しています。例えば、不衛生な注射針を使い回していくと、HIVやウイルス性肝炎に感染する危険が出てきますよね。それを予防する措置をとっていくのも1つです。また、結核の予防と治療、心のケア、心理社会的支援なども挙げられます」

患者たちが家族や地域社会と再び結びついていけるよう、サポートしていくことも重要です。

患者の社会復帰が再発リスクを減らす

MATでは、患者中心のアプローチに基づいて、さまざまな取り組みに努めている。例えば、持ち帰り用の薬剤を提供する、収監中の患者に刑務所内で治療薬を直接提供する、治療拠点や薬剤提供拠点を分散化する、といった施策である。

こうした新たな取り組みによって、患者たちがMATを受けやすくなる。そのぶん回復可能性が高まっていくわけだ。とりわけ、患者たちの医療アクセス向上のためには、彼らの近隣に施設を置く措置も必要だ。

MSFは、患者たちが自宅からなるべく通いやすい場所に診療所を設けてきた。刑務所やその近隣にもサテライト調剤施設を設けてきた。そうした環境が整備されることで、患者たちも、医療上の指示を守りやすくなるからだ。

病気、怪我、通学などの理由で、必要な薬剤の投与を毎日受けられない患者もいる。そのような場合は、ピア・エデュケーター（同じような経験を持ち、患者の仲間として教育やサポートを行う人びと）を通じて、自宅などで薬剤を受け取れるようにしている。

患者のなかには、すでに安定した状態にあり、回復に向けたサポートを受けながら、学校や職場に通っている人びともいる。彼らについては、社会復帰と経済的自立を促すため、最大2週間分の薬剤をまとめて提供し、自宅で安全に保管できるようにしている。

医療だけでなく患者への支援と社会復帰も、回復を促し、スティグマ（社会的汚名）を低減させるうえで重要な要素となる。
薬物を使用していた人が治療と回復の道のりを歩み続けるためには、医療従事者を含む地域社会全体が彼らを受け入れ、支えていくことが必要だ。