【連載】ミャンマーに生きる──「あの日、すべてを失った」 最大都市ヤンゴンの結核病院から
国境なき医師団 / 2024年9月11日 17時7分
2021年2月の軍事政権の発足以降、絶え間ない困難に直面しているミャンマー。国軍と武装勢力や少数民族勢力との衝突が各地で起こり、人びとに深刻な影響を及ぼしている。
紛争下のミャンマーに生きる人びとの姿を、国境なき医師団(MSF)の活動現場から伝えるシリーズ。第1回目はミャンマー最大都市ヤンゴンの病院で働くMSFスタッフの声を届ける。今年7月、現地を訪れたMSF日本の事務局長、村田慎二郎が話を聞いた。
ミャンマーで唯一機能する結核病院
「以前は5つあった結核の検査室が、いまは一つしか稼働していません」 ヤンゴン市内のアウンサン結核病院。2021年の軍事政権の発足前と現在の状況を比べ、MSFのスタッフはそう話す。
この90床の病院は、結核患者、特に標準治療に耐性を持つ結核患者を治療するための、ミャンマーで現在も機能している唯一の大規模な医療施設だ。患者の約90%は、多剤耐性結核(MDR-TB)に罹患している。病院には高度な診断検査が可能な検査室もあるが、スタッフが話すように現在はほとんど稼働していない。一部の病棟は閉鎖され、設備も交換されていないままだ。以前は診察室や入院病棟だった場所も、いまは人影がなく、廃墟のようにひっそりと静まり返っている。
検査技師5人を含め、およそ40人のMSFスタッフが、この病院と国立結核研究所で働いている。MSFは病院で患者に医療を提供するほか、国の結核対策プログラムも支援し、衛生や感染予防を中心としたヘルスプロモーション活動も行っている。
入院患者は70人ほどで、それほど多くはありません。この病院に来るのは、重症化しているか、複雑なケースの患者だけだからです。
MSFの医師は話す。そこに来る結核患者の多くは、病状が悪化するまで治療を受けていない。それは、早期受診の必要性に関する健康教育の不足に加え、生活費の高騰や治安の悪化によって診断が遅れ、人びとの医療へのアクセスが大きく妨げられているためだ。
治安の悪化、市民の医療アクセスにも支障が
2021年の軍事政権の発足以降、ミャンマーでは医療へのアクセスが悪化している。多くの医療従事者が軍政に抗議するために辞職し、市民的不服従運動(CDM)に参加した影響もある。ヤンゴンでは、人びとの移動は制限され、さまざまな勢力の衝突による治安状況の悪化は、もともとぜい弱だった医療体制を不安定にし、人びとに提供される医療をさらに限定的なものにしている。
市全域に夜間の外出禁止令が出ているため、その時間帯に病状が悪化した人びとは病院にたどり着くことができない。救急治療を受けることができず、ぜんそくの発作で亡くなった人もいるという。
ヤンゴンは安全だと思っている人が多いようですが、ここでも衝突は起きています。ほかの地域に比べればまし、というだけでしょう。
MSFの仕事に希望を
軍事政権の発足から3年余り。多くの人が当時、絶望を感じたと語る。スタッフの一人は、こう振り返る。
インターネットは遮断されましたが、テレビのニュースで自分の国に何が起きたのかを知りました。すべてを失った──。そう思いました。私たちにはたくさんのやるべきことがあり、すべてが順調だったのに。
権力の交代により、多くの人が自分の夢を諦めなければならなくなった。本当は海外留学を考えていたというスタッフもいるが、その計画はいまでは実現不可能なものとなった。また、2月に発表された徴兵制も、人びとの心にさらなる影を落としている。
それでも、MSFで働くことを通じて希望を感じているスタッフも多い。患者やコミュニティに貢献しようと互いに努力する姿勢や、モチベーションの高い同僚から刺激を受けているという。
MSFで働くのは、患者のため、地域のため、家族のため。でもそれだけではなく、自分自身のためでもあります。いま、私には仕事があり、毎日食事もとることができる。でも現在のミャンマーには、それができない人たちがたくさんいます。
ミャンマー西部ラカイン州出身のスタッフは、そう話す。家族はいまも激しい戦闘が続くラカイン州の村から移動することができないままだという。 さまざまな制約や困難に直面しながらも、前を向いて活動に取り組むスタッフ。ミャンマーの人たちへのメッセージを尋ねると、一人はこう答えた。 「安全を第一に、ミャンマーのために強くいよう。いつの日かきっと、私たちの望みが叶う日が来ると信じて──」
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
刑務所で育った子、震え続ける男性──前政権崩壊後、シリアの人びとが語った惨状
国境なき医師団 / 2024年12月16日 19時36分
-
世界の「広さ」を知る経験に──産婦人科医として向かったナイジェリアで
国境なき医師団 / 2024年12月16日 17時20分
-
抗菌薬が効かない──アフガニスタンに広がる薬剤耐性と意識改善への取り組み
国境なき医師団 / 2024年12月10日 17時5分
-
ミャンマー、マレーシア、バングラデシュ──活動地からの声
国境なき医師団 / 2024年11月27日 17時6分
-
バングラデシュ:ミャンマーから逃れたロヒンギャ難民が増加──キャンプでの支援の拡充が急務
PR TIMES / 2024年11月22日 18時15分
ランキング
-
1バイデン米政権、台湾軍事支援に893億円 武器売却も矢継ぎ早に実施、対中防衛強化
産経ニュース / 2024年12月21日 16時36分
-
2ミャンマー西部国軍司令部占拠か 少数民族の武装勢力が宣言
共同通信 / 2024年12月21日 21時12分
-
3ドイツのクリスマス市に車突入、5人死亡・200人以上負傷…サウジ出身の難民の医師を拘束
読売新聞 / 2024年12月21日 20時34分
-
4Xマス市場に車突入、5人死亡=200人超負傷、サウジ出身医師拘束―独東部
時事通信 / 2024年12月21日 22時17分
-
5無人島だった竹島に家ネズミが大繁殖、韓国占拠のツケ重く 美しい自然取り戻せ ソウルからヨボセヨ
産経ニュース / 2024年12月21日 7時0分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください