心の苦しみと戦う子どもたち──ガザが直面する「もうひとつの試練」
国境なき医師団 / 2024年10月8日 18時23分
2023年10月7日、ガザでの紛争が激化した。それ以来、イスラエル軍の攻撃による負傷者は、9万5000人近くに及んでいる。世界保健機関(WHO)によると、ガザでは、少なくとも1万2000人が医療搬送(医療上の理由で国外施設に患者を移送すること)を必要としている。
しかし、負傷したパレスチナ人の中で、治療のためにガザを離れることのできた人は、ごく一部にとどまっている。また、医療搬送にはイスラエル当局の承認が必要だが、その手続きは、何カ月もの期間を要する上に、審査基準も不透明だ。
国境なき医師団(MSF)は、専門治療を要する患者とその保護者が確実に医療搬送できるよう、イスラエル当局に要請している。また、まわりの国々に対しても、ガザ外部における医療活動を受け入れるよう要請している。さらに、患者や保護者が希望する場合は、安全かつ尊厳あるかたちでガザに帰還できるよう求めている。
ヨルダンの首都アンマンにあるMSFの再建外科病院には、わずかな人数ながらもガザの子どもたちがエジプト経由で搬送されてきた。現在、MSFチームが治療にあたっている。 このアンマンの病院では、MSFの心のケアチームも活動にあたっている。彼らによれば、昨年10月に戦争が開始される以前から、ガザの人びとの中には、うつ病や挫折感に苦しんでいるケースが多かったのだという。 そこには、失業、貧困、薬物依存といった要因が絡んでいる。さらには、過去の戦争によって身体に障害を負った人びと、手足を切断せざるを得なかった人びともいる。そして、昨年の10月以降、ガザの人びとは、心の健康をさらに弱めていった──。 こうした点について、MSFの精神科医アフマド・マフムード・アルサーレムに話を聞いた。アンマンの病院に移送されたガザの子どもたちは、現在どのような心の問題を抱えているのか。MSFは、どう彼らを支援すべきなのか。
連続するトラウマ
昨年10月7日に紛争が激化しました。それ以来、この病院にもガザの人びとが搬送されてきました。彼らは、どのような心の問題を抱えているのでしょうか。
このアンマンの病院にガザから搬送された患者たちは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス症候群に苦しんでいるケースが多いのです。パレスチナの若者たちの中には、自宅が破壊されるのを目の当たりにした人、兄弟姉妹が殺されるのを目にした人も多い。
生涯にわたって影響が出るような深刻なけがを負った人びともいます。その上、彼らは、家族や友人が亡くなるといった情報を絶えず聞かされているのです。
これは、通常のトラウマではありません。巨大な災害が押し寄せてきたようなものです。本人たちは、そのストレスに耐えることができない。いわゆる急性ストレス症候群を発症します。悪夢やフラッシュバックの繰り返し、抑うつ、不眠症などの症状に陥ったり、トラウマとなった記憶から逃げようと、もがき続けるのです。 急性ストレス障害が1カ月以上続くと、PTSDに移行します。そこに、家族が殺されたといった悪い知らせをガザから何度も受け取っていく。そうすると、新たな急性ストレス障害が起こり、新たな悲しみの感情が生まれていく。複雑性トラウマの始まりです。
もはや、それは1つのトラウマではない。連続するトラウマなのです。
記憶と悲しみを切り離していく
MSFの心のケアチームは、そうした患者たちをいかに治療しているのですか?
まず、慎重に患者を診断していくことです。患者がうつ病、不安神経症、依存症などを抱えている場合は、薬物療法や認知行動療法に入ります。患者がPTSDに苦しんでいる場合は、薬物療法や支持的精神療法に加えて、EMDRというものも行います。これは、特定の目の動きを繰り返すことで、心の中にあるつらい記憶を整理し、心の反応を和らげる治療法のことです。 一般的に、トラウマになるような出来事が起こると、脳は、その場面だけではなく、その当時の感情も一緒に記憶します。それゆえ、トラウマを治療する際には、その精神的苦痛を記憶から切り離す必要があります。 灯油によって腕をやけどした人を例に挙げましょう。腕に燃え上がる炎を思い出すたびに、身体的苦痛の記憶だけではなく、精神的苦痛の記憶も伴うのです。自分の腕が二度と元には戻らないのだという感情がついてくるのです。
EMDRの目的は、記憶と悲しみを切り離して、患者に希望を与えることです。過去と現在を切り離し、再びいまこの瞬間に喜びを感じられるように導くのです。
まず、患者が「いまここにいる」という現実を実感する。そして、自分の記憶の中から苦悩や苦痛を切り離していく。それがEMDRの目指すところです。
若者たちの「心の傷」
思春期の若者たちも、惨事を目の当たりにしています。彼らはトラウマとどう向き合えばよいのでしょうか。
思春期の若者たちにとって、悲劇的な出来事に遭うことは、厳然たる苦痛以外の何ものでもありません。彼らは、ちょうど人格形成、アイデンティティ形成を始める年頃です。
世界の中における自分の立ち位置を考え始め、自問自答し続けている。自分はいつか何かを成し遂げられるだろうか。自分は他人に受け入れられるだろうか。自分は生計を立てていけるだろうか。 そうした思春期の若者たちが、人生に影響を及ぼすような深い傷を負う。そうした患者には、長期的視点からの心理療法が必要になってきます。単に、負の記憶やトラウマを乗り越えるだけでは不十分なのです。
彼らは、これから新たな人生を歩んでいかないといけない。そこにいかなる困難と不安があろうと、自ら適応していかないといけない。
そのような若者が、自分の手足を切断されたり、顔にやけどを負ったりすると、自立する意思を奪われていく。自尊心を失い、アイデンティティが脅かされて傷ついていく。自分はまわりから必要とされる存在だという自信も崩れていくのです。
そうした子どもたちには、自己肯定感や自尊心を再構築するためのサポートが必要です。私たちは、作業療法を通して彼らを力づけようと努めています。
あなたはこれからも成長していく、回復していくんだと実感させていくのです。ただ、それには時間がかかります。
10歳に満たない子どもたちの場合は、親の支えがあれば、比較的容易に状況を乗り越えることができます。しかし、10代の子どもの場合、自分に何が起きているかを理解できる年齢の子どもの場合は、違うのです。 そうした患者たちには、包括的かつ長期的な治療が必要です。ここアンマンのMSF病院では、多様な方法で患者たちと向き合っています。例えば、個別セラピーや教育活動などです。深刻なケースの場合は、精神科治療や薬物療法も試みています。
目標は、子どもたちが再び自己肯定感を高め、自分を再び謳歌できるようサポートすることです。彼らは心に傷を負う出来事に遭ってきた。その影響を和らげていくには、長期にわたって心理療法をじっくりと続けていく必要があるのです。
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