「私たちは地球上で望まれない民族」──逃れたマレーシアでも苦境に立たされるロヒンギャ
国境なき医師団 / 2024年10月15日 17時23分
マレーシア北西部に位置するペナン州。国境なき医師団(MSF)は、ペナンで主にロヒンギャの人びとを対象に、医療・人道援助活動を行っている。
ミャンマーやバングラデシュから、マレーシアへ。危険な船旅の末にたどり着いたロヒンギャは、この国で医療や保護を受ける際にさまざまな障壁に直面している。この夏、ペナンのプロジェクトを訪れたMSF日本のスタッフが、診療所で働くMSFのチームに話を聞いた。彼らの声から見えてくる、ロヒンギャの人びとが置かれた状況と課題とは。
ロヒンギャとは?
仏教徒の多いミャンマーの主に西部ラカイン州で、何世紀にもわたり暮らしてきたイスラム系少数民族。1982年、国籍法の改正にともないロヒンギャは市民権をはく奪され、無国籍となった。2017年8月には、ラカイン州でミャンマー国軍によるロヒンギャに対する掃討作戦が始まり、およそ77万人が隣国バングラデシュ、コックスバザールへ避難。7年たったいまも、100万人以上が難民キャンプに暮らし、数十万人がマレーシア、インド、パキスタンなどの国々に無国籍のまま離散している。
ロヒンギャの人びとに医療を
「ここに来る患者の多くがメンタルヘルスの問題を抱えています」
ペナン州バターワースにある「クリニーク・メワ6」診療所。MSFの医師、セイシャドリー・クマラグルは患者の特徴についてそう話す。MSFはこの診療所で、主に女性や子どもに焦点を当て、基礎医療や心のケアを提供している。また、診療所では、医療や保護を受けることが難しい未登録の難民希望者を対象に、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)への紹介支援も行っている。
現在マレーシアは、およそ20万人の無国籍のロヒンギャを受け入れている。彼らの多くは法的な地位を持たないまま、都市部や地域のコミュニティの中で暮らす。UNHCRの難民登録はロヒンギャに一定の保護を提供するものの、権利の欠如のため、恐喝や搾取、逮捕、拘留のリスクにさらされているのが現状だ。医療や教育を受ける機会も限られており、正規の雇用を得ることも難しい。多くのロヒンギャにとって、この状況は何年も続いている。
どこにも行けず、未来の見えない絶望的な日々は、人びとの心に深刻な影響を及ぼしています。
マレーシアの移民収容センター(IDC)に収容されている人びとにカウンセリングを提供しているMSFのカウンセラーの一人、ビグネスバリ・バーギンゴマはそう話す。
心の問題に加え、結核やはしかといった感染症にかかっている人も多い。これらの病気に対するワクチンは、マレーシア人はアクセスが可能だ。しかし、マレーシア人ではない人びとは一定の条件下でしか受けることができず、無料で受けられることはほとんどない。また、UNHCRの登録を受けていない人びとは、逮捕や拘留を恐れて身を隠す傾向がある。
「その結果、予防接種を受けることができず、過密した生活環境の中で感染症がまん延しているのです」と先ほどの医師は指摘する。
危険な船旅の末、マレーシアへ
バングラデシュやミャンマーから、マレーシアへの危険な船旅を試みるロヒンギャは後を絶たない。2023年には4400人以上のロヒンギャが渡航を試みており、その数は前年と比較すると20%以上増加した。
最近マレーシアに到着したロヒンギャ難民は、バングラデシュ、コックスバザールの難民キャンプからやってきた人びとだ。100万人以上が暮らす世界最大の難民キャンプで、ロヒンギャの人びとは過密状態に置かれたまま、7年もの歳月を過ごしている。基本的なサービスを受けることも、将来の見通しを立てることもできないままだ。難民キャンプの過酷な状況は、今後数年間でさらなるロヒンギャの移動を引き起こす可能性がある。
小さなボートで出発し、1週間も海を漂いました。何度も大きな波に襲われました。
ロヒンギャのボランティアスタッフで、性別およびジェンダーに基づいた暴力(SGBV)のコミュニティ・ケースワーカーを務めるヌール・バル・ノール・イスラムは、そう振り返る。また、ロヒンギャのボランティアスタッフで、カウンセラーのムハンマド・アヌールはミャンマーからマレーシアへの旅を「まるで悪い夢のようだった」と語った。 人びとは何カ月にもわたる旅の中で、時には性暴力の被害に遭い、虐待を受け、トラウマになるような経験を無数にしている。そのため、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症するリスクも高く、中にはマレーシアに来たことを後悔する人もいるという。 「マレーシアに到着すれば、教育を受けることができ、どこへでも自由に行くことができる。バングラデシュの難民キャンプでは、そんな誤った情報が広まっています」とMSFの心理士、バワニー・ラジェンドランは言う。
そのため、現実とのギャップによるショックが大きいのです。誰も想像すらしていなかったのでしょう。あんなにも辛い旅の末に、拘束される恐れがあること、仕事や収入がないこと、そして自分たちが歓迎されないことを。
現在MSFは、3カ所の移民収容センターで活動を続けている。医療と心理・社会的支援を提供するほか、せっけんや生理用品などの必要不可欠な衛生キットの配布も行う。収容センターでは糖尿病などの慢性疾患を持つ患者も多く、皮膚感染症の疥癬(かいせん)もまん延しているという。
「ロヒンギャはどこにいても危険」
MSFのペナンでの活動に欠かせない存在が、ロヒンギャのボランティアスタッフだ。彼らは患者のサポート、診察や治療の際の通訳、必要な医療への紹介、健康にまつわる啓発活動などに携わっている。ここで活動するロヒンギャのスタッフもまた、ミャンマーやバングラデシュからマレーシアにたどり着くまでに、さまざまな困難と苦しみを経験してきた。
「私は、難民としてたどり着いた人、移民収容センターで拘束されている人たちの気持ちが分かります」とロヒンギャのボランティアスタッフで、コミュニティ・ケースワーカーのムヒブッラーは言う。「私自身も同じ経験をしてきたからです。私たちロヒンギャは命を守るために故郷を離れて以来、人びとが想像もできないほどの苦しみをずっと味わってきました」
また、別のスタッフはロヒンギャの置かれた状況について、次のように話す。
ロヒンギャはどこにいても危険と隣り合わせです。ミャンマーでもタイでも、そしてマレーシアでも。人間としての尊厳や権利、仕事や教育、精神的・肉体的に保護されること。私たちには、そのすべてがありません。
それでもMSFでの活動を通じてロヒンギャのコミュニティを支援することには、大きなやりがいを感じているという。「私はいま、MSFのボランティアとして自分のコミュニティに貢献できることを嬉しく思っています」とヌール・バル・ノール・イスラムは話す。「私たちは女性のため、子どものため、すべての弱い立場に置かれた人のためにここにいるのです」
ロヒンギャを知る必要がある
ミャンマーのラカイン州では、2023年11月以降ミャンマー軍とアラカン軍(AA)との紛争が激しくなっている。戦闘が激化するにつれ、ロヒンギャの人びとは暴力に巻き込まれ、ますます厳しい状況に置かれている。ロヒンギャはミャンマー国内で避難することも、国境を越えてバングラデシュに逃れることも難しく、安全な場所にたどり着くための手段すらない。今年8月5日から17日、バングラデシュのMSFのチームは、国境を越えることができたロヒンギャの負傷者83人に治療を行った。そのうちの48%は、女性と子どもだった。
「長い間、私たちを受け入れてくれているマレーシアには感謝しています。しかし、私たちロヒンギャは、いまも多くの苦難を抱えています。私たちはこの地球上で望まれない民なのです。残念ながらね」。MSFのボランティアスタッフの一人、ムヒブッラーはそう話す。
「ロヒンギャの危機は長い間、続いています」と、MSFの医師セイシャドリー・クマラグルは話し、続けた。「でも、多くの人はロヒンギャの歴史や彼らが故郷を追われることになった背景、ミャンマーの現状を知りません。知らないことがロヒンギャへの差別や偏見を生み出し、彼らの生活をより一層困難なものにしています」
私は、多くの人がロヒンギャの直面している課題について知り、お互いに話してほしいと思っています。この危機は私たちの国でも起きていること。私たち一人一人がロヒンギャを知る必要があるのです。
ロヒンギャの解説動画はこちら
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