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【イベント報告】「無関係ではいられない」──いとうせいこうトークイベント:ロヒンギャ難民キャンプをたずねて

国境なき医師団 / 2024年10月22日 17時10分

Ⓒ Saikat Mojumder/MSF

国境なき医師団(MSF)は、8月12日、難民や移民の人びとが置かれた状況や医療ニーズについて紹介する「エンドレスジャーニー展・仙台~終わらせたい、強いられた旅路~」の会場内にて、作家・クリエイターのいとうせいこうさんによるライブトークを開催しました。 武力弾圧を受けたロヒンギャの人びとが、ミャンマーからバングラデシュへ大規模な避難をしてから今年で7年。バングラデシュ、コックスバザールにある世界最大の難民キャンプでは、いまも100万人もの人びとが国籍も法的地位もないまま、先の見えない毎日を送っています。

6月にロヒンギャ難民キャンプを訪れたいとうさんが、人びとの暮らしや切迫する医療ニーズ、伝えたい思いについて語りました。ロヒンギャからパレスチナ・ガザ地区、そして日本とのつながりまで──。実に4年半ぶりとなるMSFの活動現場で、いとうさんが見たものとは。

作家・クリエイター いとうせいこう

1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエイターとして、活字・映像・音楽・舞台など多方面で活躍。2016年以降、アジアやアフリカ、中東などのMSF活動地を多数訪れ、多くのスタッフや患者に話を聞き、捉えた現実や抱いた思いを著書やイベントなどで発信し続けている。今回訪れたバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプについて、ルポルタージュを執筆中。第一回目はこちら:いとうせいこうの「国境なき医師団」をそれでも見にいく~戦争とバングラデシュ編(1)

なぜバングラデシュか、ロヒンギャか

2016年からMSFの取材を続けているいとうさん。これまでの取材は計7回、訪れた国と地域は8カ所になります。2019年11月には、パレスチナ・ガザ地区にも訪れました。いまもガザの人たちへメッセージを届けるため、ポエトリーリーディングなどの活動を通し発信を続けています。

前半はいとうさんが今回なぜ、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪れることになったのか、その経緯について話しました。もともと、いとうさんはロヒンギャの故郷でもあるミャンマーに関心があったと言います。

「ずっと音楽と言葉を通してミャンマーの軍事政権に対する抗議活動を行ってきました。また、軟禁状態にあったアウンサンスーチー氏解放のニュースの一方で、ミャンマーには差別され弾圧されている人たちがいる事実を知った。それがロヒンギャでした」

ミャンマー国内のロヒンギャが暮らす地域に行くことは難しく、また2020年には新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響もあり、一時は取材を断念したいとうさん。4年半の時を経て、バングラデシュの難民キャンプを訪れることになりました。

ロヒンギャとは

主にミャンマー西部ラカイン州に暮らしてきた、イスラム系少数民族。ビルマ政府による1982年の国籍法改正に伴い国籍をはく奪され「無国籍者」となった。長い間、隔離・迫害をされ、教育や医療へのアクセス、就労、移動の自由なども認められていない。

2017年8月には、ラカイン州でミャンマー軍によるロヒンギャ武装勢力の「掃討作戦」が起きた。その暴力は民間人にも向けられ、約70万人が隣国バングラデシュに逃れた。

自由を奪われた状態 医療ニーズも膨大

起伏の富んだ丘一面に、竹でできた仮設住宅がひしめき合う。バングラデシュ、コックスバザールのロヒンギャ難民キャンプ。もともとジャングルだった場所を切り開いて作られたキャンプは、地滑りが頻繁に起き、ゾウがキャンプを暴れ回ったことも。いとうさんがキャンプを訪れる数日前も豪雨による土砂崩れの被害がありました。現在100万人以上が暮らす「メガキャンプ」の様子を、いとうさんは次のように振り返ります。

「とにかく子どもが多い。キャンプでは1年に4万人ずつ人口が増えていると聞きました。紛争の激化しているミャンマーから、安全を求め新たに逃れてくる人もいます」

その一方で、国際的な支援は減少しており、一人当たりの食料も減っています。また、キャンプはフェンスに囲まれており自由な移動はできません。その環境に7年も置かれ、いまもそこに留まるしかない──そのような状況はロヒンギャの人びとに深い絶望や閉塞感を与えています。

医療面での課題も深刻です。いとうさんは、MSFの運営する「丘の上の病院」で患者に話を聞き、「紛争地などで多くみられる外傷ではなく、感染症や慢性疾患を患う患者さんがたくさんいました」と振り返りました。特にC型肝炎のまん延は深刻で、キャンプ内の成人の5人に1人が感染しているといわれています。

キャンプ内にはさまざまな医療ニーズがありますが、そのほとんどが劣悪な生活環境に起因しており、近年は国際社会からの支援金の減少により栄養失調も増えています。MSFをはじめ病院は存在するものの、患者の多さに医療が追い付いていません。その現実を前にいとうさんは、「治る見込みのない息子さんと、彼に付き添うお父さんにお会いしたときは、辛かったですね……。彼らにかける言葉が見つかりませんでした」と話しました。

治安の悪化、同胞を搾取する現実

7年が経過し、キャンプ内の治安の悪化も問題になっています。犯罪が増え、一部のギャング集団による強盗や殺人も起きているほか、ミャンマーの武装勢力であるアラカン軍による強制徴兵も報告されています。いとうさんは実際に被害に遭われた方にも話を聞きました。

MSFでロヒンギャのボランティアスタッフとして活動に携わるアヌワル・イスラムさんもその一人です。アヌワルさんの3人の妹のうち一人がロヒンギャのギャングに結婚を迫られており、身の危険を感じた彼女は知人を頼ってキャンプの外へと逃れました。しかし、ギャングは15歳の別の妹にも接近。恐怖にかられた彼女は家族に相談することなく密航業者に連絡を取り、タイを経由しマレーシアへと渡ってしまったといいます。

「アヌワルさんは密航業者から金銭を要求され、日本円で50万円ほどを何とかかき集めて、送ったそうです。しかし、現在妹さんはマレーシアで不法入国者として収監されているといいます」

危険な難民キャンプを逃れて、どこか別の場所へ──。「そのようなアヌワルさんの望みは、キャンプで暮らす100万人の人びとの望んでいること。しかし、その願いがかなう人は一人もいない」といとうさんは話します。

また、住民を脅し犯罪行為を続けるギャングも、同じ「ロヒンギャ難民」です。キャンプでコミュニティが形成され格差が生まれると、その階層の下部に置かれた人びとが搾取されてしまう。そんな「人間社会」の厳しい現実がそこにはありました。

いとうさんは、「ここで起きていることは、とんでもない地獄。“底辺の中の底辺の中の底辺へ”と、差別が構造化されてしまっている」とロヒンギャがロヒンギャを攻撃し搾取する難民キャンプの現状を、強い言葉で訴えました。

花のマークをたどって

高台に建つMSFの「丘の上の病院」の訪問、地域のアウトリーチ活動への同行、水と衛生の活動の視察など、現地ではさまざまな場所を訪れたいとうさん。印象的だった事柄の一つに、性暴力の被害者のケアを挙げました。診療所内のあちこちに「花のマーク」が貼ってあり、そのマークをたどっていくとケアが受けられるしくみになっていたといいます。

「性暴力の被害者がケアを受けるためにどのような方法が最善か。考えぬいて作られたものだな、と感心しました。誰かに場所を聞かなくても、このマークをたどるだけで安心して助けを求めることができる。現場のスタッフにも周知され、二次被害が起こらないよう徹底されているのも印象的だった」と語りました。

また、検査室に貼られた「MSFの原則」も心に残ったと言います。

「MSFの10カ条のような大原則が大きく張り出されているんです。独立・中立・公平という人道援助の大原則はもちろん、医の倫理によってのみ活動し、プロフィット(見返り)を求めない。自分たちはどのような思想の下に活動を行っているのか。それが現場スタッフの身近にあるのはいいなと思いました」と話しました。

ガザとの共通点、そして日本にいる一人一人ができること

2019年にガザ地区を訪れたいとうさん。今回のバングラデシュの難民キャンプの訪問では、ガザとの共通点を見出したといいます。「ロヒンギャの問題というのは歴史も長く複雑で、その複雑さが理解を難しくしている。そこがパレスチナ問題と似ているなと思いました」

また、キャンプ内では小さな子どもが「Free Palestine(パレスチナ解放)」と書かれたTシャツを着ており、その光景に驚いたというエピソードも。「難民としてキャンプに暮らしている人たちが、遠く離れたパレスチナに思いを馳せる気持ちを持っていること。俺も同じ気持ちだよ、と伝えたくなりました」

世界最大の難民キャンプが同じアジアにあること、そしてロヒンギャの悲劇はいまも続いていることを、日本にいる私たちはどのように考えていくべきでしょうか。私たち一人一人ができることについて、最後にいとうさんは次のように話しました。

「日本はミャンマーとバングラデシュに支援を行う最大の拠出国です。私たちが支援を提供している国で、いま何が起きているのか。私たちには知る責任があるし、知るべきだと思う。お金を落とすだけではなく、知恵を落とさなきゃいけない」と、世界で起きている問題について考え続けることの大切さを訴えました。

「僕たち一人一人が、何らかの形で力になれるものを持っています。その方法の一つが寄付かもしれないし、将来MSFのスタッフになって参加することかもしれない。実際にMSFの現場に行くと思うんです。やっぱり、世界で起きていることと自分は無関係ではない。まったく無関係ではいられないはずなんだよなって」と言葉を結びました。

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