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戦火の中で命を宿すこと──シリア北西部で起きている産科医療の危機

国境なき医師団 / 2024年11月11日 17時6分

MSFが支援する病院にてケアを受ける新生児 © Abdulrahman Sadeq/MSF

「私の住む地域には、救急車も来てくれないんです」
ここはシリア北西部。国境なき医師団(MSF)が支援する病院で、流産の治療を受けている33歳のマリアム・ダヘルさんは語る。彼女は、18歳の息子と一緒に、バイクで20キロかけて病院までたどり着いたという。 「ここに着いた時点で、体力は使い切りました。この治療が終わったあと、どうやってバイクで家まで帰るか、いま思案しているところです」 ここシリアでは、13年にわたって内戦が続いてきた。2023年2月には大地震も起きた。医療インフラを再建しなければならないが、国際社会からの支援はいまだ十分とは言えない。

妊娠した女性たち、新たに母親となった女性たち──彼女たちは、妊娠や出産に関わる基本的権利を奪われている。本来ならば、妊産婦は本人の意思に基づき、尊厳が守られる形で、必要かつ十分な産科ケアを受ける資格があるはずなのだ。しかし、実際には、彼女たちの権利は遠く彼方にかすむ、はかないものとなっている。

破壊された病院、残された人びと

かつてはシリア北西部にも、産科医療のための施設が数多く存在した。しかし、内戦や暴力が激化するなかで、その多くは破壊された。現在、産前産後の女性たちが産科医療を受けられる施設は、大幅に減少している。 その数少ない施設にたどり着くために、彼女たちは遠い距離を旅する。破壊された道路、治安上のリスク──彼女たちにとっては不安しかない。 地元住民のアイシャ・マンスールさん(61歳)は、次のように語る。
「息子の妻が出産間近となったので、自宅近くの病院に急いで向かったんですが、閉鎖されていました。警備員に聞くと、運営資金がなくなったからだというんです」

隣町の病院に行こうとしましたが、戦闘のために、町に入ることすらできなかったのです。

国連の保健部門によると、シリア北西部では2024年6月現在、160カ所の医療施設が、完全または部分的に閉鎖される危機にあるという。そのうち9カ所は、専門医療を提供する貴重な施設である。

国連人道問題調整事務所(UNOCHA)の報告書によると、2024年12月までに、稼働中の医療施設のうち50%が完全または部分的に活動を停止する見通しだ。その理由は資金削減である。

さらには、現在稼働している医療施設を見ても、妊産婦のための医療環境は不十分だ。産婦人科などの専門医が足りておらず、医療機器や医薬品なども不足している。妊産婦が入院せざるを得ない状況となっても、医療施設サイドから拒否されることが多い。

シリア北西部でMSF医療チームリーダーを務めるキアーラ・マルティノッタが、次のように話す。

「専門医は、もっと安定した生活環境を求めて、国外に避難したり移住しています。その結果、高度な産科医療を担える医師が不足している。医療施設が稼働できたとしても、患者のニーズに応えきれなくなっているのです」

妊娠にまつわる社会的な制約

シリア北西部でMSF助産師スーパーバイザーを務めるファティマ・アンナーサンは、次のように話す。 「ある女性が病院に運ばれてきました。出血多量ですでに死亡していました。助産師が検査したところ、彼女の身体には深刻な損傷があった。彼女の母親によると、自宅近くに医療施設があったにも関わらず、夫は、伝統的分娩介助者(地元の習慣や経験に基づいて出産を手伝う人びと)のところに連れていくことにこだわり続けたそうです」 この地では、妊娠中の女性が医療を受ける際には、男性の付き添いを求められることが多い。受診に際して、男性親族の同意を得る必要もある。男性の付き添い役が見つからなければ、それだけ遅れが生じる。妊婦を医療施設まで速やかに運ぶことができなくなるのだ。 女性は、家事や育児といった家庭内の務めを負わされやすい。それだけ、自分自身の健康は後回しになる。さらには、社会的な偏見や非難を恐れるあまり、妊娠中に医師の診察を受けることをためらうケースも多い。 アレッポから避難してきた23歳の母親カワタル・アリさんは、次のように語る。 「多くの女性が妊娠したことを後悔しています。厳しい生活環境、過酷なキャンプ生活が続くなかで、妊婦は、周りから非難の目で見られやすいのです」

子どもができたら、それだけ家族の苦労が増えるだけだ、という考え方をする人も多いのです。

MSFの支援施設でも、子宮内避妊器具やインプラントは、夫の署名入り同意を要することにしている。現地の文化的規範に従わざるを得ないのだ。

また、若年妊娠も、現地の社会規範と結びついた深刻な課題だ。2024年だけ見ても、MSFが支援する産科病院に入院した女性のうち、4人に1人は19歳以下だった。

経済的苦難のなかでの妊娠

7人の子どもを持つ避難民ハリド・ユスフさんが語る。

病院には薬がないので、民間の薬局で買うしかないのです。でも、日常生活もままならないのに、薬を買う余裕などありません。

シリアではインフレが高まっており、あらゆるものが値上がりしている。民間病院で診療や手術を受けられるような経済的余裕のある家庭は少ない。

その一方、貧困が広がるなか、多くの妊婦たちが貧血や栄養失調に苦しんでいる。シリア北西部で活動する複数の人道援助機関の推計(2023年8月発表値)によると、イドリブ県とアレッポ県における妊産婦のうち、7〜15%が栄養失調に陥っているという。

MSFが活動する国内避難民キャンプを見ると、概して5世帯に1世帯の割合で、成人男性が存在しない事態となっている。

男性の稼ぎ手がいない上に、生活費は高騰し続ける。こうした状況では、妊娠中の女性であっても、農作業などの労働に従事するしかない。結果として、彼女たちの健康にも、胎児の安全にも、大きなリスクを及ぼすことになる。

避難民の中には、私有地に古びたテントを張って暮らしている人びとも多い。その状況も深刻だ。極寒や猛暑といった過酷な環境にも耐えていかなければならない。土地所有者から立ち退きを要求されるリスクも負っている。

2024年に入ってからも、こうした状況は続いている。今後さらなる資金不足が予想される中で、栄養不足の問題もさらに深刻化する。女性や赤ちゃんたちは、さらに大きなリスクにさらされていく。

暴力の渦中に置かれた妊婦たち

妊産婦たちの中には、戦闘の最前線エリアに住む人びともいる。彼女らは、銃撃戦に巻き込まれたり、暴力を受けたり、不当に拘束されるといった危険と、常に隣り合わせの状況にある。

検問所、外出禁止令、軍事行動などの影響で、現地の人びとは、移動そのものを制限されている。女性たちは、自宅を出て医療施設まで出向くために、そうした障壁にも向き合わなければならない。

その結果、治療が遅れたり、治療を受けること自体を思いとどまるケースが発生するのだ。

女性と赤ちゃんへの一刻も早い援助を

2023年以来、シリア北西部のMSFは2万5500件超の分娩を支援、5500件超の帝王切開を実施し、11万1000件超の産科診療に携わってきた。

一方で、現在のキャパシティでは高まり続ける産科医療へのニーズには対応しきれない。医療のための資金が減少し続けているためだ。 妊婦の健康を守るには、産前ケアが欠かせない。妊婦たちは、定期検診を通して適切な指導を受けることで、潜在的なリスクを早期発見できるようになる。自分の健康について十分な情報に基づいた選択ができるようになる。女性や赤ちゃんの健康も支えていくためにも、産科ケアへの支援強化が必要なのだ。 MSFは産科ケアの拡大のため、シリア北西部のジンデリス準区で新たな産科病院の建設を支援している。この病院では、産前産後ケア、分娩診療、緊急産科ケアなど、包括的な産科体制が整備される予定だ。 さらにMSFは、マラエ市のアッシャバー病院という施設においても、産科体制を拡充して帝王切開、手術、新生児ケアを提供している。他地域の医療施設からの患者移送も受け付けているところだ。 MSFシリア北西部の活動責任者シハム・ハジャジは、次のように訴えた。 「ここでは、妊娠中の女性たちが医療を受けるのを妨げる障壁がいくつも存在します。私たちは一刻も早い対処を迫られているのです。しかし、そのための資金は削減され続けており、事態は悪化する一方です。MSFは、世界各国や国際機関に対して、このシリア北西部への援助体制を強化するよう要請しているところです」

この地において、産科ケアのニーズがどれだけ高まっているか、基礎レベルから専門レベルに至るまで、支援拡大がどれだけ必要となっているかを知ってほしい。女性と赤ちゃんの命がどれだけ危険にさらされているかを知ってほしいのです。

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