刑務所で育った子、震え続ける男性──前政権崩壊後、シリアの人びとが語った惨状
国境なき医師団 / 2024年12月16日 19時36分
シリアで前政権が崩壊したが、人びとの人道状況は今も厳しい。国境なき医師団(MSF)はシリア北西部のサルキン病院で、ダマスカス近郊のセドナヤ刑務所などの拘束施設から解放された患者の治療にあたっている。患者の状況は深刻だ。
MSFはこれまで前政権が支配してきた地域での活動許可を得られなかったが、ダマスカスの新当局と交渉を始めている。一方、シリア北東部と北西部では、糖尿病などの非感染症患者へのケア、移動診療、その他の重要なサービスを含む医療・人道援助を続けてきた。北西部の避難民キャンプでは、いったん自宅を見に行った人びとが「とても住める状態ではない」「水も電気も病院もない」と戻ってきており、帰郷のめどはたっていない。
MSFの医師と心理士、そして避難民への支援を続けてきたヘルスプロモーターが、シリアの人びとの今を伝える。
刑務所で育ちおもちゃを知らない子
心のケアチームのリーダー/心理士 オマル・アル・オマル
ダマスカス近郊の刑務所から解放された患者を数人、北西部のサルキン病院で受け入れました。 ほとんどの患者に心的外傷(トラウマ)の兆候が見られました。 彼らは、身体的、心理的、性的といったさまざまな種類の拷問を受けてショックを受けており、食事や日光を遮断されていました。
ほとんどの元受刑者はひどく泣き、眠れず、常に警戒し、おびえていました。 彼らは震え、私達と話すと集中力が途切れてしまいます。彼らのほとんどは刑務所に戻ることが恐怖で、閉所恐怖症に苦しんでいます。中には、開放的な場所で医療ケアを受けたいと希望する人もいます。
昨日、セドナヤ刑務所に8年間収容されていた、27歳の女性患者が来ました。彼女は生後3カ月の幼い息子を連れて刑務所に入り、8歳になった息子とともに解放されました。
その子はビスケットやジュース、鳥、あるいはおもちゃとは何かさえ、知りません。 読み書きもできません。家族のことも、父親のことも知りません。そして、母親が身体的、性的虐待を受けているのを見ていたのです。
今日は70時間前に刑務所を出たばかりの患者を受け入れました。彼は泣きながら震えており、まともに話すこともできませんでした。自分が刑務所を出たことをまだ信じられないようです。
死んだ友人の遺体と、同じ独房で2日間過ごしたことにトラウマを抱えています。その友人は、政府軍の兵士に殴られ続けて死んだとのことです。
患者らが抱える深刻なトラウマ
【北西部イドリブ】MSF医療活動マネジャー/医師 ビラル・アル・サラキビ
セドナヤ刑務所やダマスカス市内で拘束されていた患者が、サルキン病院に搬送されてきています。
これまでに3人の患者を受け入れました。一人は19歳の時に投獄された患者です。閉所恐怖症の症状と精神状態の悪化を抱え、こちらの病院に到着しました。病院では、心のケアチームの支援を受け、患者の秘密を完全に守った状態で治療を行いました。
彼らは何年も拘束されていました。母親と息子には今でも拷問の跡が見られます。拘束された人びとが性的虐待を受けている様子を、子どもは目撃していました。そして、この子と話すのは、とても困難でした。例えば、彼は道路や木が何なのかも知らないのです。
この2人の患者が示していた主な症状は、深刻なトラウマでした。
心のケアについては、チームが週に一度、彼らの実家を訪問し、子どもの行動障害と母親の精神状態の改善に取り組んでいます。また、家族を対象とした心理教育セッションも実施します。
また、いつでも病院に来られるよう、必要な情報をすべて提供しました。
戻っても家も水も電気ない──続く避難生活
MSFヘルスプロモーター アブドルカリム・ムスタファ
私はシリア北西部の避難民キャンプで働いていますが、避難民の人びとが荷物をまとめて帰郷するのを見たことはありません。
ほとんどの人びとが地元の町や村を訪れ、様子を一通り見るとキャンプに戻ってきます。家が破壊されているため、戻れないのです。
特に、キャンプで暮らす人びとの8割を占める北西部イドリブとアレッポ、中部ハマの農村部から来た人たちは、同じような状況です。
自宅に戻れない二つ目の理由は、医療、水道、電気など、基本的な生活に不可欠なサービスがないことです。三つ目は、子どもの教育です。
だから、自宅が破壊されていないことが分かっても、戻ることは考えられない状況なのです。
人びとは苦しいまま。引き続き支援を——MSF日本事務局長・村田慎二郎
シリアで前政権が崩壊しました。しかし、人びとが置かれた状況は非常に厳しいままです。
私は2012年から15年にかけて、シリア北西部での緊急援助活動に計5回、派遣されました。これからシリアは本格的な冬を迎えます。雪も降ります。私にとって雪とは、シリアで見た避難民の人びとの苦しさを改めて思い出させるものでもあります。
シリアの冬は厳しく、気温は氷点下に下がります。自宅を追われたり失ったりした人びとが、十分な暖房機器もないままテントなどで暮らすのは、大変です。小さな子どもたちが文字通り凍えるような寒さに直面し、そこに雪が降るのです。その様子を見ると、胸が痛みました。
シリアでは、今も一部の地域で衝突が続いています。人道援助の観点から予断を許さない状況が続いています。
地元当局によると、8万人超が北西部のアレッポ北部から北東部のタブカ、ラッカ、ハサカに避難しました。北東部地域での人道ニーズの高まりを受け、MSFは新たに避難民となった人びとへ緊急の医療・人道援助を提供しています。当局が十分な準備をする時間や資源がなく、トイレも水も食料も温まる毛布も足りません。 避難民はさらに増える可能性もあり、国際社会による支援の拡大が必要です。
アレッポ近郊の農村部などから、シリア北西部の避難民キャンプに逃れている人びとの多くは「政権が倒れたというので自宅を見に戻ってみたが、破壊され住める状態ではなかった」「水も電気も学校も病院もない」と語っており、この冬も避難生活を続けざるを得ない状況です。
シリアの人びとへの援助は、これからが本番です。長く苦しい日々を過ごしてきたシリアの人びとの暮らしが少しでも安定し、未来への希望が持てるよう、みなさまのご支援を心からお願い申し上げます。
命を救う活動を、どうぞご支援ください。
※国境なき医師団日本への寄付は税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。
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