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「服は決して抑圧の対象ではなく、自由を掴み取るための手段なんだと伝えたかった」『パピチャ 未来へのランウェイ』ムニア・メドゥール監督インタビュー

NeoL / 2020年10月22日 17時0分

「服は決して抑圧の対象ではなく、自由を掴み取るための手段なんだと伝えたかった」『パピチャ 未来へのランウェイ』ムニア・メドゥール監督インタビュー



アルジェリアに18歳まで暮らしたムニア・メドゥール監督自身の経験から生まれた長編初監督作品『パピチャ 未来へのランウェイ』。アルジェリアで1991年に始まった政府軍とイスラム主義の反政府軍による内戦、いわゆる「暗黒の10年」を舞台に、イスラム主義による女性弾圧の真実を、ファッションデザイナーを夢見る大学生ネジュマの視点で描いた本作は、フィクションであるものの現実に起こった出来事(文化人、知識人の虐殺など)も多く下敷きとなっている。ネジュマが暮らす大学の女子寮での様々な出来事は、個人的体験でありながら、性差や抑圧に苦しみながらも抵抗する女性たちに呼びかけ鼓舞するものとして、出品された第72回カンヌ国際映画祭ある視点部門でも大きな反響を呼んだ。タイトルの“パピチャ”とは、アルジェリアのスラングで“愉快で魅力的で常識にとらわれない自由な女性”という意味だが、まさにその女性たちによる連帯が起こったのだ。
しかし、昨年12月に大統領選を控え政治情勢が不安定となっていた本国アルジェリアでは、先行上映が当局によって説明なしに中止され、未だに本国での公開に至らず。第92回アカデミー賞®国際長編映画賞への代表選出を危ぶまれたが、制作陣が政府からの圧力があったと訴え、最終的に特例措置でアルジェリア代表として認められ選考に進むことが許可された。その後も第45回セザール賞では新人監督賞を受賞するなど世界各地で高い評価が続いている。また、主人公ネジュマを演じるアルジェリア出身のリナ・クードリもセザール賞で有望若手女優賞を受賞。ウェス・アンダーソン監督最新作『The French Dispatch』でティモシー・シャラメの相手役として、2021年フランスで公開予定のDIOR全面協力映画『Haute Couture』では主演への抜擢など注目作への出演が続く。NeoLでは「この映画が、女性たちの心の扉を開き、声を上げるきっかけになることを願ってやまない」と語るメドゥール監督に、本作に登場する女性たちの造形やファッションについて、またアルジェリアの暗黒の10年がその後どのような影響をもたらしたのかを聞いた。




ーーまず、このような素晴らしい作品を届けてくれてありがとうございます。女性として勇気をもらいました。


ムニア・メドゥール監督「ありがとうございます。それこそが映画の役目です」


ーー自伝的な作品だそうですが、寮での女性たちの生活がとても生き生きしていて本作の大きな魅力になっていますね。彼女たちは寮という男性がいない社会で自由に活力を持って生きていて、壁にはマドンナの切り抜きが貼ってあったり、アルジェリアの暗黒の10年間にこんな生活があったのかと驚きました。国を取り巻く状況は悪化しているけれども日常の生活には楽しいこともあったという闇を浮き立たせる光という描写にも思えたのですが、実際に監督が大学生活という女性達の箱庭を舞台にすることで見せたかったのはどういったことだったのでしょうか。


ムニア・メドゥール監督「私がこの作品の中でこだわったのは、現実に即していることと同時に普遍性があるということです。90年代の若者は実際にマドンナやNew Kids On The Blockを聴いていたり、アルジェリアの音楽だけじゃなくアメリカ、フランス、カナダと世界中のあらゆるポップミュージックを聴いていたのです。西洋の文化にアンテナを張りまくっていたんですよ。実際に1980年代にはパラボラアンテナがあって、世界にどんなカルチャーシーンがあるかということをパラボラアンテナを通じてアルジェリアでも観ることができていました。国自体は内戦中でしたが、そのような夢の世界も知っていたし、その内戦という文脈の中でも若者たちの生きるんだという生命への衝動は確かにあったのです。
そしてネジュマの生き方は私自身の生き方ともオーバーラップしています。私もカセットを持ち歩き、ポスターを貼ったり、雑誌を友達同士で売りあったり、女の子同士の豊かなカルチャーを謳歌していたし、生きるんだという欲求はとても強くありましたが、同時に内戦下でしたから非常に抑圧された青春時代だったことも事実です。私自身は西洋に開かれた、ポップスに憧れるような青春を送っていましたが、もちろんアルジェリア社会にも保守的な層がおり、全ての若者がそういうポップ・ミュージックを聴いていたわけではなく、もっと伝統的な生き方をしている若者もいたと思います。アルジェリア社会は一つの均質な社会ではなく、階層ごとに宗教に対する考え方も違いますし、保守的だったりそうじゃなかったりという多様性があります。そういうアルジェリアの多様性を本作のキャラクターや個性豊かな役者たちを通じて描きたいと思っていたわけです。男性はあまり描かれていませんが、なぜかというと、男性の視点だと外からの視点になりやすいから。私が描きたかったのはアルジェリアの中でもミクロコスモス。とても小さい社会であるけれど、ネジュマやお姉さん、個性的な女友達という内側からの視点をとても大切にしてこの作品を描きたいと思っていたのです」












ーーその様々な層がいたというのは寮の中でも可視化されています。彼女たちはそれぞれ個性は違っているけれど、互いに励ましたり、いたわり合い、誰ひとり欠けてはいけない存在として描かれていることも女性の連帯という点で印象的でした。


ムニア・メドゥール監督「彼女たちをどのように造形するかということについてはとても考えました。ネジュマは主人公として軸になっているわけですが、彼女は強さと、まだ若さの真っ只中にいるためにそれゆえの儚さ、脆弱さも持っています。他の女性たちはフィクションの部分もありますが、実際に私が大学のキャンパスで知っていた女性たちからインスパイアされています。彼女たちは本当にそれぞれに個性的で、実際にカナダに行くんだと言っていた女の子もいました。当時はカナダの男性アイドルでRoch Voisineという人がいて、多くのアルジェリアの女の子が泳いでもカナダに行くということを言っていたんです(笑)。ネジュマの親友であるワシマは、ちょっとナイーヴでセンチメンタルで男性に釣られやすいのですが、そういう人も実際にいましたね。愛が一番、私の人生は男の人で築き上げていくというような。ルームメイトであるサミラは宗教的には敬虔な信者で、ベールをかぶってお祈りをしたり、勉強もしっかりしていますが、精神的にはとても開かれています。
先ほど彼女たちが生き生きとしたとおっしゃっていただきましたが、演じている女性たちは実際にアルジェリアの子たちだから、その土地でのコードというものを熟知していたということもあると思います。数週間リハーサルをしましたが、彼女たちから出てくるエネルギーも活用するためにアドリブもしていいと伝えて臨みました。撮影監督には、彼女たちは自由に動いていくから、あなたが彼女たちについていくのだという風に指示をしました。彼女たちがあなたの撮影プランに順応するのではなく、あなたが順応するのだと。だから彼女たちから映画を豊かにしてもらったし、相乗作用を生み出せたのだと思います」


ーー本作ではハイク(アルジェリアをはじめ北西アフリカ諸国のムスリム女性が着用するもの、フランス独立戦争時代にその下に武器を隠していた)が重要な意味を持ちます。原理主義者が「ベールで覆え」というように、またはナチスが軍服をクールにデザインすることでファシストが量産されたように、ファッションは人を表すと同時に、逆にファッションによって人の行動が導かれるという能動性も持つものだと思います。そのファッションを中心に据えた理由を教えてください。


ムニア・メドゥール監督「この作品においてファッションや洋服というのは、一番大切な要素と言っても過言ではありません。作品内ではファッションを、女性は自分の身体を洋服を通じて抑圧するのではなく開放するのだという形で使っています。さらにそれを中でだけでなく、公で着て見せるということも、自分自身を開放していく一つの方法なんです。だからそれが反抗の行為にもなりえる。一般的な若い女性にとって洋服はとても大切なものですよね。本作ではハイクという伝統的な布を使って、ネジュマなりにリサイクルをして自由を掴み取っていく姿というのを描きたかったのです。服は決して抑圧の対象ではなく、自由を掴み取るための手段なんだと伝えたかった。アルジェリア社会やあの暗黒の時代、自由を求める女性たちを描き出す口実として、ファッション、洋服というのはとても大切でした」












――国を愛しているけれど同時にそこに存在する抑圧や暴力を嫌悪しているネジュマはパラドックスを抱えていますね。世界的に右傾化している今は、多くの人々がこのようなパラドックスに陥っているように思います。監督ご自身は2005年の恩赦(国民投票によって制定された大赦法。多くの国民の命を奪った原理主義の武装集団たちはお咎めなしとなった。政府軍に殺された遺族への資金援助を与える「平和と国民和解のための憲章」も同時に制定)をどう受け止めましたか。


ムニア・メドゥール監督「ええ、多くの人々がパラドックスを抱えているというのはよくわかります。我々の言葉では恩赦というより市民的和解という風に呼んでいるのですが、それはアルジェリア内戦にピリオドをうつひとつの解決策だったわけです。でも私はそれはアンフェアだと思っています。犯した罪はきちんと償われるべきだし、亡くなった方々の家族にも違和感が残っているはず。しかし最近、恩赦を見直そうという動きが再興しているんですよ」



ーー見直そうということは傷が完治しなかった、修復しなかったからなのではないでしょうか。そのように市民的和解が行われたことで、アルジェリアはどのような影響を受けたと考えていますか。例えば統治者によって歴史が修正されていくことは多々ありますが、アルジェリアでは虐殺ではなく悲劇という言い換えがされたように、「過去を修正する/なかったことにする」ことの影響をどう捉えているか教えてください。



ムニア・メドゥール監督「アルジェリアに限らず、世界のどの国にでも自分たちが生きたドラマを見たくないというトラウマを抱えています。社会の中には、過去をきちんと理解しようという方向と、それを拒絶しようという相反する二つの方向性が共存すると思います。現実というものを直視したくないという、現在でもトラウマを抱えている人たちが今の時点では混在していますし、直視して理解するには時間がかかるでしょう。少しずつそういうものに対する著作ができて、映画ができて、みんなが理解する方向にいけばいいですね。もちろん、この映画も一つの手段。アルジェリア社会には未だなおこの作品に出てくる現実を直視できない人たちがいる一方で、公開されていなくてもなんとかフランスに観に行ったり、フランスの友人にリンクを送ってもらったりして、観よう、理解しようとしてくれる人もいます。そんなことはアルジェリアにはなかったという人たちが存在する原因の一つには、情報の欠如があります。彼ら彼女たちに情報がきちんと行き渡っていない。だから私は映画がとても大切だと思っているのです。映画は討論のきっかけになったり、観た一人一人が自問するきっかけになるので、状況を改善していくためにも映画というものの力を信じて作っているのです」










(c)Faycal Bezzaoucha


text Ryoko Kuwahara



『パピチャ 未来へのランウェイ』
10月30日(金)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー
公式HP papicha-movie.com 

1990年代、アルジェリア。ファッションデザインに夢中な大学生のネジュマはナイトクラブで自作のドレスを販売している。夢は、世界中の女性の服を作るデザイナーになること。だが武装した過激派のイスラム主義勢力の台頭によりテロが頻発する首都アルジェでは、ヒジャブの着用を強制するポスターがいたるところに貼られるように。従うことを拒むネジュマはある悲劇的な出来事をきっかけに、自分たちの自由と未来のため、命がけでファッションショーを行うことを決意する―。
監督 : ムニア・メドゥール
出演:リナ・クードリ/シリン・ブティラ/アミラ・イルダ・ドゥアウダ/ザーラ・ドゥモンディ
2019年/フランス・アルジェリア・ベルギー・カタール/スコープサイズ/109分/アラビア語・フランス語・英語/原題:PAPICHA/映倫G
配給:クロックワークス
© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS - JOUR2FETE – CREAMINAL - CALESON – CADC



『パピチャ 未来へのランウェイ』公式note 豪華エッセイ連載企画
「マイ・チョイス-わたしがした、自分らしく生きるための選択」 
主人公ネジュマ達のファッションショーを行うという“選択”にちなんで、選択を前にしている日本の多くの方たちに向け<自分らしく生きるための選択>をするための背中を押す一助になることを願い、本作公式noteにおいて<選択>をテーマにした豪華執筆陣によるエッセイ連載企画「マイ・チョイス-わたしがした、自分らしく生きるための選択」が10月11日より始動。
筆者には、企画に賛同した各界のトップランナーとして活躍する人々が多数参加。第一弾として、2015年に「ナイルパーチの女子会」で第28回山本周五郎賞を受賞した小説家の柚木麻子によるエッセイ「『守りたい』の殺意」が掲載中(10/11時点)。今後も、10名以上による、それぞれがこれまでにしてきた“選択”にまつわる珠玉のエッセイを掲載していく。


映画『パピチャ 未来へのランウェイ』公式note
エッセイ連載企画「マイ・チョイス-わたしがした、自分らしく生きるための選択」筆者紹介(五十音順/10月7日まで到着分/敬称略)
伊藤詩織(ジャーナリスト)、北原みのり(作家・ラブピースクラブ代表)、小山圭一(ELLE ONLINE エディター)、治部れんげ(ジャーナリスト)、瀬谷ルミ子(認定NPO法人 REALs理事長)、なみちえ(アーティスト)、笛美(会社員)、松尾亜紀子(エトセトラブックス代表)、山本和奈(一般社団法人Voice Up Japan代表理事)、ヤン ヨンヒ(映画監督)、柚木麻子(小説家)
映画『パピチャ 未来へのランウェイ』公式note URL:https://note.com/papichamovie
本企画目次ページURL:https://note.com/papichamovie/n/n12fcba4b5f2a

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https://www.neol.jp/movie-2/

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