過去は変えられないけど、ほかの人のために役立てることができる。『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
NeoL / 2023年1月14日 17時0分
[caption id="attachment_118884" align="alignnone" width="4528"] (from left) Megan Twohey (Carey Mulligan) and Jodi Kantor (Zoe Kazan) in She Said, directed by Maria Schrader.[/caption]
2019年に出版された『その名を暴けー#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘いー』をもとにした映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』が1月13日より公開中。
2017年10月5日、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行事件の詳細なレポートは世界中に衝撃を与えた。『ロード・オブ・ザ・リング』『恋におちたシェイクスピア』『パルプ・フィクション』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『英国王のスピーチ』ら数々の名作を手掛けた映画界の絶対的権力者であるプロデューサーの数十年に及ぶ性的暴行事件を告発したその記事は、翌年にはジャーナリズムの権威であるピューリッツァー賞を受賞、さらに映画業界や国を超えて世界中の性犯罪、セクシャルハラスメントの被害の声による #MeeToo や Time’s Up といったムーヴメントを促すことになる。
本作は、記事を手掛けたニューヨーク・タイムズの調査報道の記者ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーによる著書を基に、どのようにして被害者たちにたどり着き、口を閉ざしていた彼女たちの声を託されたかという過程、その最中で明らかになる「加害者を守るシステム」や女性たちから力を奪う言われなき批判、ワインスタインからの妨害工作などを詳かに描いている。
ミーガンは大統領選挙時にドナルド・トランプによる性犯罪をオープンにし、ジョディはアマゾン社での性差別などを調査報道など、2人はこの記事に至るまでに性差別に関する記事でそれぞれに名を博していた。しかしタッグを組んだのはワインスタインの調査報道が初。ジョディはハリウッドでの性被害や「供給のシステム」があること、そこに君臨する権力者の存在に気づき、調査をはじめる。華やかに見える“女優”たちがその職場である撮影現場や打ち合わせ現場で直面していることは、名もなき企業の一職員が希望に満ちて訪れた重役や取引先との打ち合わせで、能力で判断されることなく性の対象として矮小化される出来事と同じだったのだ。
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(from left) Jodi Kantor (Zoe Kazan), Megan Twohey (Carey Mulligan), Dean Baquet (Andre Braugher), and Rebecca Corbett (Patricia Clarkson) in SHE SAID, directed by Maria Schrader.[/caption]
ジョディとミーガンは性差別や性的暴行事件の調査報道というだけでなく、共に小さな子どもを育てる母親でもあり、ミーガンが初の出産とトランプ支持者からの誹謗中傷で消耗している時に、ジョディは長女の出産後の鬱体験を共有するなどパーソナルな領域でも絆を育んでいき、互いを尊重する強固なチームとしての姿が作品内でも見て取れる。また直属の上司であり、常に2人に寄り添い力になっていたレベッカ・コルベットをはじめ、編集長や法務担当者まで多くの社内の人物たちが彼女たちをサポート(ちなみにニューヨーク・タイムズ紙の執筆者には女性の名前が半分を占めている)。ワインスタインからの権力をかさにきた言いがかりのような数多の電話なども代わって対応し、記事の校正を名乗り出てくれ、現れた人物が敵か味方か判断つきかねる時に助言をくれるなど、2人の周囲のバックアップを見るにつけ浮かび上がるのは被害者たちの孤立。
ある被害者は「私は0、ワインスタインが10」とそのパワーバランスを語る。別の被害者は「Noと言えなかったあの出来事が自分の人生にずっと影響を与えている」、また別の被害者は「加害者を守るシステムが問題なのだ」と、被害者を守るはずの弁護士が裁判になれば勝利しなければもらえない弁護士費用を示談金ならばその金額の40%獲得できるからという理由で意図的に示談に誘導すること、そこで交わされる秘密保持契約によって沈黙を強いられるという法的、社会的なシステムの問題を突きつける。
これらはアメリカだけの問題ではもちろんなく、日本でも同様。むしろより劣悪な環境だ。警察が被害届を受理して捜査する、犯人の検挙、検察が被疑者を起訴というこの過程を経て法廷に加害者が立つケースは法治国家としてあり得ないほどに低い。性被害に関連する法律は女性の権利や立場が著しく低かった明治時代から更新されていない状況で、加害者を守るシステムが壁として立ち塞がっている。
多くの問題を内包するこの事件に際し、2人が度々使用していたのは「みんなで」「1人じゃなければ」という言葉。
秘密保持契約で強いられた沈黙は、自分の体験を他の同じような体験をした人と共有することでもたらされる連帯やエンパワメントを奪い、リカバリーやレジリアンスを奪っていた。本作では文書や証言者など加害者に付け込まれる脆弱性をなくすための法的根拠や客観的事実を集める調査報道の過程とともに、孤立させられていた被害者たちがジョディとミーガンを軸に「過去の体験は変えられない。でもほかの人の役に立つことができる」と結びつき、巨大な権力に対して数や結びつきで立ち向かっていく過程を克明に描く。
調査報道の緻密さや厳密さと大きな感情を呼び起こすストーリー性を見事にヴィジュアライズした脚本家と監督の本作への手腕に加え、ジョディとミランダに密着し役を築き上げたキャリー・マリガン、ゾーイ・カザンの目線や歩き方に至るまでの丁寧で考え抜かれた演技。自分自身を演じたアシュリー・ジャッドは真実味を加えているし、グウィネス・パルトロウは映画に物理的に登場しないが極めて重要な電話シーンに自分の声を提供している。実名で証言した作中の人物たちはこの体験が自分の人生にどんなことをもたらしたかを語って映画をリコメンドし、グヴィネス・パルトロウと当時交際しており、ハーヴェイ・ワインスタインに直接対決したことでも知られるブラッド・ピットも製作総指揮に名前を連ねている。この映画が多くの連帯から生まれたように、声を取り戻し、1人ではなくなったみんなの証言が法を変え、企業のあり方を変え、社会のシステムに迫った。
大きくなった #MeToo のムーヴメントには複雑な問題も発生し、深刻なバックラッシュも起きている。そんな今だからこそ、声を上げることがどのような意味を持つのかを追体験し、映画館を出た後に胸をはって歩くことができる力をもらえる本作の感想をシェアし、広く多くの人々と繋がっていくことはとても大切だと思う。
また、原作『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―』ではワインスタインによるスパイ工作やフェミニストを謳いながらワインスタイン側に立った弁護士のリサ・ブルーム、ワインスタインの友人であり献金を受け取っていたヒラリー・クリントンの対応なども記されているのでこちらもぜひ手にとってみてほしい。
text Ryoko Kuwahara
『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
2023年1月13日(金)全国ロードショー
shesaid-sononawoabake.jp
【ストーリー】
ジョディとミーガンは共にアメリカ大手新聞社の一つ、ニューヨーク・タイムズ紙の調査報道記者。大統領選挙から職場環境まで数多くの問題を調査報道し実績を残してきた。そんな中、ハリウッドから大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの数十年に及ぶ権力を行使した性的暴行の噂を聞きジョディは調査へと乗り出す。ジョディは産休中で産後うつ気味のミーガンと共に、様々な嫌がらせや生命を脅かされる目にあいながらも懸命に調査を続けるが――。果たして、自身の未来と引き換えに秘密保持契約と多額の示談金で口を封じられた女性たちを説得し記事で告発することはできるのか?
監督:マリア・シュラーダー
製作総指揮:ブラッド・ピット、リラ・ヤコブ、ミーガン・エリソン、スー・ネイグル
出演:キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートンほか
原作:『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―』
ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー/著(新潮文庫刊)古屋美登里 / 訳
配給:東宝東和
© Universal Studios. All Rights Reserved.
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