環境の流動と自身との関係性を辿る。ニナ・カネル / 和田礼治郎の2人展「42 Days」が開催
NeoL / 2024年1月20日 12時0分
SCAI PIRAMIDEにて、2月15日(木)より、ニナ・カネル/和田礼治郎の2人展「42 Days」が開催される。両作家ともにオープン時には来日予定。
ニナ・カネルと和田礼治郎はそれぞれに、独自の芸術言語を用いながら、物質の絶え間ない循環の様相や、環境の流動と自身との関係性を辿る。ふたりの実践はともに拡張された彫刻観を出発点としているが、その狙いは、生物学、化学、エネルギー、さらには哲学をめぐる抜け穴や繋がりの在り処にこそ定められている。両者にとって物質とは、単に機械的で受動的なものではなく、常に変形可能性へと開かれた、ダイナミックな存在なのだ。
「42 Days」と題された今回の二人展では、近作の彫刻を中心に、カネルと和田の作品がふたつの重なり合う空間配置において提示される。本展では展覧会が持続する時間それ自体がひとつの能動的な要素となっており、人間および非人間によるアクションが孕む、時間の経過やエネルギーの流動による力の動きが、そのまま展示空間に招き入れられる。こうした時間性の焦点化を通じて鑑賞者は、カネルと和田の言葉を援用するなら「推移する曲線軌道」とでも呼ぶべき事象を目撃するだろう。ここでは出来事が非直線的な中間段階を進み、あらゆる瞬間が唯一無二、反復不可能だ。経験の究極的な貨幣として流通するのは専ら可視性と永続性だが、二人はそれに異を唱え、表面的な安定性の背後にある諸々のインフラストラクチャーやパターンを介して詩的な語りかけを試みるのだ。
ひとつめの展示室では、各作家のふたつの作品群から選ばれた作例が共存する。ニナ・カネルが現地制作したくDays of Inertia)(2023)は、日中の自然光の強さや遠くから伝わる振動など、展示室の環境条件に応じて変化する彫刻だ。少量の水を湛えた2枚の伊達冠石の板が床に直に置かれているが、その縁には疎水性のナノコーティングが施されており、それによって水は決して溢れず、張力の漲った界面を伝わるあらゆる振動が詳らかに示される。対して和田礼治郎の(Still Life)(2024)は垂直性を指向する彫刻で、変形版の三連画のようにガラス板が斜めに設置され、その狭間に複数の果実が投げ込まれている。吊りにされた時間のパノラマとでも呼ぶべきこの状態は、時折、果実の落下によって乱される。ガラスは金属同様、モダニズムが約束した永遠の成長の揺籃となった素材だが、ここでそれが直に触れ合う朽ちた果実が指し示すのは、儚さのみならず、その基盤にあるスピリチュアリティの諸概念でもあるのだ。
この空間には壁面を用いた作品も展示される。和田の(Absinthe Mirror)(2023)が鑑賞者に見せるのは、緑色の表層題名にあるとおり、退廃と陶酔を強化する作用によってモダニズム期の(欧州)美術界で名を馳せた蒸留酒、アブサンによるもの一に映り込む自身の姿。ぽつんと佇むカネルの作品(Bonfire)(2022)は、壁面に開く配線用差込口から展示空間に流入するの彫刻だ。アンリ・ルフェーヴルは赤々と燃え上がる焚き火として都市を捉えたが、そのことに心を動かされたカネルにとって、この彫刻は展示室内におけるエネルギーの流れの指標、静的なマーカーであり、空間に多孔性と流動性をもたらすものなのだ。建物と身体とのインフラストラクチュラルな境界(カネル)および生理学的-心理学的な境界(和田)を探求することで、どちらの作品も内部と外部の狭間でバランスを取りながら揺れ動いている。
ひとつめの展示室を特徴づけるのが抑制された緊張とでも呼ぶべき空気感であるとするなら、ふたつめの展示室は物質の循環と超過の精妙な祝福として捉えられるだろう。和田による4点組の作品(Exosphere)(2023)に干渉色を伴って現れる、まるで回転する銀河のような様相は、研磨されたチタニウム板の背後から強烈な高熱を加えることで作り出されている。温度変化によって一外部から物理的な力を加えることなく一湾曲させた作品の表情は、鑑賞者の位置によって無限に変化する。4つの連作が表現するのは、新たに生命が誕生する瞬間のような、宇宙生成のヴィジョン。これらの中心に置かれた、ギシギシと軋んだ音を出す機械装置には、空間と時間が奇妙に衝突する「Elsewhen」という言葉が題名として冠されている。本作はカネルが継続的に抱くミネラルへの、そしてテクノロジーに潜む粗暴な生成力への関心から生まれたものだ。そこでは、さまざまな場所を歩きながら集められた複数の小石が、それぞれの不規則的な形体と機械装置の円滑な稼働との予測不能な相互作用によって、絶え間なく転がり続けている。それはまた私たちに、相互依存の広大なネットワークの最中であらゆる存在物の生を特徴づける、大小さまざまな力の相互的な戯れについて思考することを促すのだ。
二人の軽やかで切り詰められた芸術言語から窺い知ることができるのは、1960年代から1970年代にかけて日本と西洋の両地において芸術をより自由な方向へ発展させた、ミニマル・アートおよびコンセプチュアル・アートの実践との繋がりだ。当時は美術史と政治がともに大きく変動し、終わりなき成長の限界、そして地球という惑星上の生に関する個別の事柄が明白な問題として浮上する時代であったが、それらは現在、また別の危急性を帯びている。ニナ・カネルが実行するように人間の生の規模を超えた物質の生態学を包含すること、そして和田礼治郎の取り組みに代表されるように物理学と形而上学という両極から宇宙-生命-時間の構造を探究することは、過程や変化こそが共存のための究極的なパラダイムであるという認識を導く指標として、有効な芸術の作法であると言えるだろう。
和田礼治郎
(1977年広島県生まれ/現在はベルリンを拠点に活動)
東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程彫刻專攻修了。
宇宙、生命、時間、などの形而上学的な主題への関心を、物理的な現象やカ学による独自の手法で刻化してく。それは時に自然そのものを用いて環境に直接的に働きかけ、多次元的な彫刻として、私たちが生きる空間や時間に介入し、我々の知覚に作用を及ぼす。
近年の主な展覧会に、2023年「Before/After」(広島市現代美術館、広島)、2022年「Ambivalent Landscapes」(ベルリン国立アジア美術館、ベルリン)、2021年「りんご宇宙」(弘前れんが倉庫美術館、青森)、2020年個展「Embraced Void」(ダニエル・マルツォーナ、ベルリン)、2018年「トビリシ建築ビエンナーレ」(トビリシ)、2017年「On the art of building a tea house」 ニュルンベルグ新美術館、ニュルンベルグ)、2013年「あいちトリエンナーレ」(愛知)など。また、ベルリン国立アジア美術館、弘前れんが倉庫美術館、東日本鉄道文化財団、ベオグラード現代美術館(セルビア)に作品がコレクションされている。
1月24日から国立新美術館 正面入り口にて新作「FORBIDDEN FRUIT」が展示される。
カネル・ニナ
(1979年スウェーデン・ベクショー生まれ/現在はベルリンを拠点に活動)
アイルランド・ダブリンのダン・レアリー芸術デザイン技術研究所(ADT / Dun Laoghaire Institute of Art, Design and Technology)にて学ぶ。彼女の活動は、ファウンドオブジェクトの素材や物理的かつ化学的な特性にフォーカスし、隠れたプロセスや時間性を明らかにすることによって、目に見えないエネルギーを顕在化しようとする。
近年の主な個展に、2022年「Tectonic Tender Berlinische Galerie Museum of Modern Art (ベルリン、ドイツ)、2018年「Reflexologies」Kunstmusem (ザンクト・ガレン、スイス)、「Energy」 S.M.A.K.(ヘント、ベルギー)、2017年「Aryton」タマヨミュージアム(メキシコシティ、メキシコ)、2016年「Mid-Sentence」 ダラス美術館(ダラス、アメリカ)などがある。
また、第57回ヴェネチア・ビエンナーレ(2017)の北欧パビリオンで行われた共同プロジェクト「Mirrored」に参加作家6人の一人でもあり、第13回リヨン・ビエンナーレ(2015)、第18回シドニー・ビエンナーレ(2010)、第7回光州ビエンナーレ(2008)、など多くの国際展にも参加している。
ハンブルガー・バーンホフ (ベルリン)、Kiasma(ヘルシンキ)、ピノー・コレクション(パリ)、S.M.A.K.(ヘント)、ダラス美術館、ウォーカー・アートセンター(ミネアポリス)など世界中の主要な個人および公的コレクションに作品が所蔵。
ロビン・ワトキンスとは、インスタレーションやアーティストブックで度々コラボレーションしている。
【展覧会概要】
ニナ・カネル / 和田礼治郎
42 Days
会期:2024年2月15日(木)- 5月25日(土)
時間:12:00 - 18:00
日・月・火・水・祝日休廊
会場:SCAI PIRAMIDE
106-0032 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル3F
電話:03-6447-4817
www.scaithebathhouse.com
また本展開催時には、森美術館では、ニナ・カネルが参加するグループ展「森美術館開館20 周年記念展 私たちのエコロジー地球という惑星を生きるために」が、国立新美術館では、和田礼治郎の新作がエントランスに展示される。
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