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「具体」からパリへ、パリから世界へ飛躍した松谷武判の全貌を総数 200 点以上で大回顧。「松谷武判 Takesada Matsutani」

NeoL / 2024年10月4日 17時0分

「具体」からパリへ、パリから世界へ飛躍した松谷武判の全貌を総数 200 点以上で大回顧。「松谷武判 Takesada Matsutani」

《二つの形》 2022 作家蔵 Courtesy the artist and Hauser & Wirth ©Takesada Matsutani Photo: Benoît Fougeirol



松谷武判(1937-)は、60年を越える活動を通して、物質が示す表情や肌理(きめ)、存在感と生命の波動、流動を交錯させる優れた制作を続けてきた。


1960年代前半に当時の新素材であるビニール系接着剤(ボンド)を使って有機的フォルムを生み出すレリーフ状の作品で具体美術協会*の第2世代の俊英として名を馳せ、1966年に渡仏。パリを拠点に、当時現代アートの最前線であった版画の領域で新たな取り組みを開始する。


平面メディアにおける空間性と時間性の探求から、やがて表現は幾何学的であると同時に有機的なフォルムと鮮烈な色彩を特徴とするハードエッジの表現に移行。1970年代後半からは紙と鉛筆という身近な素材を用いて制作行為の始原へと溯行し、黒のストロークで画面を塗り込めて生命的な時間を胚胎させる表現を確立。ボンドによる有機的な造形にも改めて取り組み、そこに鉛筆の黒を重ねた作品で新境地を拓く。作品は建築を取り込んだインスタレーションの形をとることも多くなり、同時にパフォーマンスでも独自の個性を発揮。


現在もパリを拠点に旺盛な制作を続ける松谷は、2017年のヴェネチア・ビエンナーレ、2019年のパリ、ポンピドゥー・センターでの回顧展など、改めて国際的な評価を高めている。近年はひとつの手法や表現にとらわれることなく、その制作はますます自由で大らか、大胆にして密やかな繊細さをたたえて進行しています。さまざまな物質が示す表情に生身の身体と五感で対峙することで生み出される松谷武判の作品、その豊かな多様性は、見るものに語りかけてやまない。


本展は、最新の調査に基づいて構成される初期から最新作を含む作品、資料、映像など200点以上によって松谷武判の全貌を紹介する。


*具体美術協会:1950-70年代に戦後日本の前衛芸術を牽引した芸術家集団。その先駆性は世界的な評価と注目を集めている。



松谷武判 Takesada Matsutani
会期:2024年10月3日[木]- 12月17日[火]*65日間 
https://www.operacity.jp/ag/
会場:東京オペラシティ アートギャラリー(ギャラリー1, 2, 3)
開館時間:11:00 - 19:00(入場は18:30まで) 休館日:月曜日(祝休日の場合は翌火曜日)
入 場 料:一般 1600[1400]円/大・高生 1000[800]円/中学生以下無料
*同時開催「抽象の小径|収蔵品展081 寺田コレクションより」、「project N 96 ナカバヤシアリサ」の入場料を含みます。
*[ ]内は各種割引料金。 
*障害者手帳等をお持ちの方および付添1名は無料。 
*割引の併用および入場料の払い戻しはできません。

主  催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団
協  賛:日本生命保険相互会社
協  力:相互物産株式会社、ハウザー&ワース
出品協力:芦屋市立美術博物館

お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)


本展の見どころ


1. 空前絶後の大松谷武判展
各時期の代表作を網羅、満を持して開催する国内初の美術館個展にして、過去最大規模の回顧展。国内外で行われてきたあらゆる過去展をしのぐ松谷の決定版展覧会。


2. 異色作、希少作品も勢揃い
いままで発表されたことのない希少な作品も積極的に紹介。代表作からは想像できない、新たな作家像を提示。


3. 近作、最新作で走り続ける松谷の今を伝える
ますます自由で大らか、大胆にして密やかな繊細さをもって制作を続ける松谷の今が伝わる展覧会。


4. 未発表のスケッチブックから制作の裏側に迫る
スケッチブック、制作日誌、ドローイングなどから、制作の背後に分け入り、松谷の時期ごとの関心のありかや、多様な表現を根底から支える一貫した関心のありかを浮かび上がらせる展覧会。


展示構成(仮)


1. 初期から「具体」での飛躍へ:「新素材」ボンドで未知の表現を拓く。
「抽象的」であることを標榜した具体美術協会にあって、抽象的でありながら官能的な暗示や連想を誘う松谷の作風は、きわめてユニークな存在だった。官能性や生命性、時間や運動、目には見えない「力」を、フォルムと物質の両面から語りかけるような表現として成立させること。それが松谷の出発点であり、少しずつかたちを変えながら生涯にわたって探求していくテーマでもある。





《圧迫》1958 作家蔵 Courtesy the artist ©Takesada Matsutani Photo: Kaoru Minamino





《作品 63-A-36》1963 姫路市立美術館蔵





《作品 66-2》1966 宮城県美術館蔵





2. パリ時代初期:版画での新たな取り組み。空間と時間の探求からハードエッジへ。
1966年パリに渡った松谷は、世界中の作家たちが集うスタンリー・ウィリアム・ヘイターの版画工房「アトリエ17」に入門、やがて助手をつとめるように。自己の制作を根底において導いているフォルム上の重要なモチーフ、すなわち「イメージ」を版画という平面のなかでいかに把握し、空間と時間をはらんだ表現として確立するかを探求し、やがて表現は幾何学的であると同時に有機的なフォルム、そして鮮烈な色彩を特徴とするハードエッジの表現に移行する。







《繁殖-ピンク》1970 芦屋市立美術博物館蔵





《日本海-8》1978 芦屋市立美術博物館蔵


3.紙と鉛筆から生まれる新たな挑戦:「黒」の世界での新境地。
1970年代後半、松谷は改めて紙と鉛筆という身近な素材を用いて制作行為の始原へと溯行しはじめる。やがて黒のストロークで画面を塗り込め、生命的な時間を胚胎させる表現を確立。ボンドによる有機的な造形にも改めて取り組み、そこに鉛筆の黒を重ねた作品で新境地を拓きます。永遠への射程を秘めた「流れ」のテーマが重要性を増し、以後の松谷は様々な作品系列やモチーフを行き来しながら、多様な作品を生み出し続けていく。





《雫》1985 東京オペラシティ アートギャラリー蔵






《接点2009》2009 神奈川県立近代美術館蔵



4.松谷の今:融通(ゆうづう)無碍(むげ)の制作と表現レンジの拡大。
近年の松谷は、ひとつの手法や表現にとらわれることなく、その制作はますます自由で大らか、大胆にして密やかな繊細さをたたえて進行している。日々出会ったモノや感覚に触発されながら、「日記」のように制作する松谷。今なお新鮮な発見と驚きに満ちた作品を自らの身体と五感を働かせて生み出し続けている。







《Soft and Hard 9-11-2010》2010 作家蔵 
Courtesy the artist and Hauser & Wirth ©Takesada Matsutani Photo: Marc Domage







《丸い丘》2023 作家蔵 Courtesy the artist and Hauser & Wirth ©Takesada Matsutani Photo: Nicolas Brasseur



5.スケッチブック、制作日誌、ドローイング:初発のイメージ群が語る制作の裏側。
未公開のスケッチブック、制作日誌、ドローイングなどを積極的に紹介。制作の背後に分け入り、松谷の時期ごとの関心のありかや、多様な表現を根底から支える一貫した関心のありかを、浮かび上がらせる。





《「スケッチブック、パリ 1980-」より》1984頃 作家蔵 





《無題(モニュメントのための構想図)》1985 作家蔵
Courtesy the artist and Hauser & Wirth ©Takesada Matsutani Photo: Nicolas Brasseur



[caption id="attachment_130379" align="alignnone" width="3508"]

Matsutani Takesada dans son atelier de Paris le 11 mars 2019. � Michel Lunardelli[/caption]
パリ、バスティーユのアトリエにて制作中の松谷武判、2019 Photo: Michel Lunardelli


松谷武判
 
1937年、大阪市に生まれる。14歳で結核にかかり、22歳まで8年にわたり闘病。その間に日本画を学ぶ。1963年に戦後日本の前衛芸術を牽引した「具体美術協会」の会員となり、ボンドをつかったレリーフ状の作品を発表。1966年に渡仏し、パリに拠点をおき版画制作に取り組み、やがてボンドによる造形に鉛筆の黒鉛を重ねた漆黒の作品で独自の境地を拓く。またインスタレーションやパフォーマンスでも個性を発揮し、87歳になる現在もパリで旺盛な制作を続けている。
 

1937 大阪市阿倍野区に生まれる。
1951 (14歳) 結核を発病。以後8年間にわたり闘病。その間、大阪市立工芸高校で日本画を学ぶが病のため2年で中退。
1959 (22歳) 結核が全快。この頃、具体美術協会の元永定正に出会う。
1963 (26歳) 具体美術協会会員となり、グタイピナコテカで個展開催。白髪一雄、元永定正らにつづく具体第2世代の俊英として名を馳せる。
1966 (29歳) フランス政府留学生選抜第1回毎日美術コンクールで一席を得て渡仏。翌年S・W・ヘイターの主宰する版画工房「アトリエ17」に入門。
1970 (33歳) 「アトリエ17」を辞し、モンパルナスのシルクスクリーンの版画工房に移る。この頃から1980年代にかけて数々の国際版画展で受賞を重ねる。
1970年代後半 紙と鉛筆という身近な素材を用いて制作行為の始源へと溯行し、黒のストロークで画面を塗り込め、生命的な時間を胚胎させる表現を確立。ボンドによる有機的な造形にも改めて取り組み、そこに鉛筆の黒を重ねた作品で新境地を拓く。永遠への射程を秘めた「流れ」のテーマが重要性を増し、以後の松谷は様々な作品系列やモチーフを行き来しながら、多様な作品を生み出していく。
2017 (80歳) 第57回ヴェネチア・ビエンナーレのメインの企画展「Viva Arte Viva」に大規模インスタレーション《流れ-ヴェニス》を出品。
2019 (82歳) パリ、ポンピドゥー・センターで回顧展。




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https://www.neol.jp/art-2/

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