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映画『マエストロ!』小林聖太郎監督インタビュー

NeoL / 2015年1月26日 16時28分

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映画『マエストロ!』小林聖太郎監督インタビュー

 


「この作品を準備しながら何度も思ったんですけど、オーケストラって、僕らが生きてる社会の縮図みたいなんですよね」。1月31日に公開される映画『マエストロ!』を手がけた小林聖太郎監督は、クラシック音楽の面白さについてこんな風に表現する。一癖も二癖もある“負け組”楽団員たちが集まって、とある理由で空中分解してしまった名門オケを復活させていく群像劇。2011年の『毎日かあさん』で数多くの賞を獲得した人間ドラマの名手は、長い準備期間をへて、この物語をどんな風に料理したのか──。一瞬で消えゆく音楽の躍動感を映像化する苦労から、ハードな特訓をこなした役者たちへの思いまで、存分に語ってもらった。


 

──映画『マエストロ!』、クラシックをテーマにした音楽劇としても、オーケストラという職人集団を描いた群像劇としてもすごく楽しめました。原作は、さそうあきらさんの同名コミックス。文化庁メディア芸術祭で最優秀賞を受賞した名作ですが、そもそも小林監督が映画化に関わった経緯から教えていただけますか。

小林「2011年の春だったかな、映画会社アスミック・エースのプロデューサーとお会いして。『こういう作品があるんですけど、いかがですか?』って声をかけていただいたのが最初ですね。すぐに読ませてもらって。『これは難しい。難しいですよ〜!』ってお伝えしたのを覚えてます(笑)」

──ははは。何がそんなに?

小林「うーん、やっぱりさそう先生独特の、あの絵柄ですかね。すごいなと思った表現がいろいろあるんですけど、いちばん強烈だったのは、崩壊しかかってたオケが再結集して、ようやく本番を迎えるシーン。見開きの誌面にバーン!と、筆で描いたような龍が舞ってるんですね。その姿がまさに交響曲の響きそのもので。ページから音が鳴ってるように思えた。ものすごい感動的だったんですよ。でもそれは、マンガだから成立する、いわばさそう先生の発明みたいなものであって…。スクリーンにCGで龍を飛ばしたところで、ナンノコッチャにしかならない(笑)」

──なるほど。実写映画というまったく別の表現ジャンルで、どうすればその感動を伝えられるか、と。

小林「ええ、不安いっぱいでしたね。しかも『マエストロ!』に出てくる楽団員たちって、それぞれ一癖も二癖もありつつも、実はみんなプロとして仕事してきた人たちなんですよ。つまり楽譜通りの、正しいけれども面白みのない演奏をしていたプロが、天道という邪道の指揮者とすったもんだあった末に、いわば集団として一皮むけて最高の演奏を披露する。何だろう、『仏つくってようやく魂入る』じゃないですけど。オケの演奏が微妙に、でも決定的に変化するところを観客に示さないといけない。でもそれって本来は、よっぽど耳のいいクラシックファンでないと分からないような違いじゃないですか(笑)。はたして映像で、そんな細かい変化をちゃんと描けるのだろうかと」




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──たしかに、トータルな演出力が問われますね。

小林「まぁ、たとえば観客席に音楽評論家を座らせて、『おおっ、なんて素晴らしい演奏だ』とか言わせれば一発で伝わるんでしょうけど。それはそれでかっこ悪い(笑)。とはいえ正攻法でちゃんと撮ろうとしたら、50人からいるオケのメンバーを演じる役者さんたちに全員、きちんと楽器を扱えるようになってもらわないといけない。もちろん今の日本映画でそこまで準備期間をとる大変さも、重々わかってますし。頑張ってやったからといって、自分がイメージしてるものが撮れるとはかぎらないですしね」

──でも結局は、トライする方を選ばれた(笑)。

小林「ええ、まあ。はははは」

──ズルしちゃおうとは思わなかったんですか。さっきおっしゃったようなベタな演出を積み重ねて、演奏シーンはぜんぶ手元の吹き替え映像にするとか…。

小林「でも、それだと結局、『マエストロ!The Movie』みたいな感じになっちゃうでしょう。安っぽいドラマにするのは簡単だと思うんですけど、それだとやっても意味がない」

──脚本は『八日目の蝉』(2011)や『おおかみこどもの雨と雪』(2012)などを手がけた奥寺佐渡子さん。オムニバス形式っぽい原作の持ち味を生かしつつ、オーケストラ再生にまつわる骨太な物語に仕上げておられます。

小林「たしかに原作は、もうちょっと短編集っぽいんですよね。登場人物それぞれに“いい話”があって。楽器にまつわるウンチクなんかもたくさん入ってます。その中からどうやって映画の背骨となるエッセンスを抽出するかというのは、奥寺さんとけっこう話しました。エピソードの断片をつぎはぎするんじゃなくて、むしろ原作を一回バラして。原作の核にあったエモーションみたいなものを、奥寺さんと一緒に再構築していったという感じでしょうか」

──そのエモーションというのは、具体的には?

小林「うーん……月並みですけど、やっぱり“音と命”ということじゃないですかね。どちらも一瞬で消えてしまうんだけど、だからこそ心が震える。クラシックという音楽を通じて、そういう感じを出せればいいなと。ただ、僕も奥寺さんも、2人のプロデューサーもクラシックについては、具体的には何も知らなかったので。だから今回、音楽を担当してくださった上野耕路さんに、いちから講義をお願いしました。それこそ、『ベートーヴェンってどんな人なんですか?』っていうレベルから始まって、『そもそもソナタ形式って何ですか?』みたいな(笑)。あとは、実際のオーケストラのリハーサルを見学させてもらったり。何だかんだで、半年くらい“お勉強期間”があったと思います」

──物語のプロットを考える前に、本当にベーシックなところから取り組んだわけですね。その勉強を通じて、小林監督の中でクラシック観が変化した部分はありましたか?

小林「オーケストラって、知れば知るほど社会の縮図みたいなところがあるんですよ。知的で高尚なイメージがあるかもしれないけれど、中味は決してユートピアみたいな場所じゃなくて。技術とプライドを持った一匹狼の集りだから、むしろものすごく人間くさい。指揮者は『なんでこいつら、俺の思うとおりに演奏しないんだ』とイライラしてるかもしれないし。音楽観の違う楽団員同士が、見えないところでいがみあってることだって、そんなに珍しくはないと思う……実際見たわけじゃないですけど(笑)。でもその一方で、どこか1つのパートが欠けても演奏が成立しないのも現実なんですよ。たとえばヴィオラなんて、一般にはあまり馴染みのない楽器ですけど、いなくなった途端にオケの音が味気なくなってしまう。そうやっていろんな不満を抱えつつ、日々なんとかやっていく姿って、僕らが生きてる社会と同じなんじゃないかなと。そう思えたのは、自分にとっては発見でしたね」

──美しいハーモニーも、次の瞬間には空中に消えてしまう。この映画のテーマにも直接関係します。

小林「そう。たしかに音楽は、至福の時間を体験させてくれるけれど、演奏が終わればまた苦しい日常が待っている。でもまぁ、人生そういうもんだと思うんで(笑)」




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──楽団員を演じた役者さんたちの役作りも素晴らしかったですね。個性的なキャラクターの造形に加えて、それこそプロ並みに楽器を弾きこなしていて。

小林「これについてはもう、役者さんの努力にすがるしかないというか……。『頑張って習得してください』とお願いした後は、信じて待ってるしかなかった(笑)。その意味では、皆さんほとんど完璧にこなしてくれて。ありがたいとしか言えないです。演出部、製作部も本当によくやってくれました。練習日を確保するために、40人以上の役者さんとトレーナーのスケジュールを長期にわたりやりくりし、同時進行で複数の場所も用意して」

──高度なスタッフワークも求められますね。コンサート・マスター役の松坂桃李さんは、劇中で描かれるベートーヴェンの交響曲「運命」とシューベルトの「未完成」をほぼ完璧に弾きこなせるようになったとか。

小林「2013年の6月くらいから特訓をはじめて、トータルで9か月くらいかな。こういう場合、普通はスクリーンに映る部分だけ集中的に練習することが多いんですが、彼は忙しいスケジュールをやりくりし、時間をかけて基礎からしっかり学んでくれました。あまりにハードで、撮影が終わった後は『もう二度とやりたくない』と話してましたけれど(笑)」

──いろんな人物が登場する群像劇として、小林監督らしい温かいトーンも魅力的でした。キャストの演出について特に意識したことはありましたか? 

小林「なにしろ個性的な役者さんがたくさん揃ってましたからね。全体的なトーンの統一とか、そういうことはあまり考えないで…。むしろ、いろんな人がバラバラに混じってる雰囲気を、そのままスクリーンに出したいと思ってましたね。ある種の混沌っていうか、異質なキャラクターがそれぞれ全然違うリズムで動いてる面白さがお客さんに伝わればいいなと。だから撮影が始まった当初、俳優部の人たちには『これ口にしたらマズイかなとか思わずに、気になることはどんどん言ってください!』と話したんです(笑)。キャストもスタッフも、思ったことなり違和感があったらどんどん表明して。みんなが『こりゃ大変だなぁ、収集つかないぞ』という思いを共有するような現場にしましょうと」

──破天荒な指揮者・天道徹三郎を演じた西田敏行さんの存在感もさすがでした。そういえば小林監督はかつて、西田さんが主演した映画『ゲロッパ!』(2003)に助監督として参加されていましたが、久々に現場で向き合った感想はいかがでした?

小林「いやもう、やっぱり圧倒的でしたね。天道役を西田さんに演じていただけたのは本当に幸せでした。ただ、クランクアップ後の打ち上げで話したんですけど、ご本人いわく、すごく苦労されたそうです。今まで出た映画では『植村直己物語』(1986)が肉体的にはいちばんキツかったそうですが、精神的には並ぶくらい──『僕の人生でも何本かに入るくらいしんどかったです』と」

──やはり指揮法のマスターが大変だったんでしょうか?

小林「もちろんそれも大きかったでしょうし、あとは役柄上、関西弁という縛りもあったので。ご自分が思い描く芝居がなかなか自由にできないというフラストレーションを、つねに抱えてらっしゃったようですね。もちろん、それを微塵も感じさせないのが西田さんの凄いところなんですけれども……。ただ正直に言うと、それこそが僕のやってもらいたかったことだという部分も、実はあるんですよね。西田敏行という猛獣のような俳優さんに、わざといろんな制約を押し付けて。キングコングが鎖を断ち切ろうと暴れるように、思わずフレームの外にはみ出す瞬間が見られたらいいなと」

──なるほど。キャスト・スタッフみんなでストレスを共有するというのが、『マエストロ!』撮影現場の隠れテーマだったのかもしれませんね(笑)。

小林「そうですね。言葉にするとヒドイ監督ですけど(笑)」

──クライマックスのコンサートシーンも、映像そのものが躍動しているようで素晴らしかったです。監督は撮影前にいろんなオケのライブ映像を見比べて研究されたそうですが、特に苦心したところを挙げるとすると? 

小林「コンサートの中継映像というのはやっぱり、演奏者の邪魔にならないことが一番に考えられてるんですね。そうするとカメラを客席や舞台袖に据えて、遠くから撮影するケースが多くなる。静的で美しいけど、ステージとの間にはちょっと距離感があるんです。でも今回のコンサート場面は、楽団員の高揚感にまんま乗っかったような映像にしたかった。だから長玉(望遠レンズ)はあえて多用せず、至近距離からワイドで撮ってみたり。あるいはカメラ自体を大きく動かしたり、ラジコンを使って空から撮ってみたり(笑)。いろんな方法を試しています」

──横須賀芸術劇場を借り切って撮影されたとか。

小林「はい。限られた撮影日数でいろんなカットを撮らなければいけなかったので、事前に細かいコンテも作成し、ビデオを使ってシミュレーションしてみたり…。とにかく、音楽の持ってるワクワクする感じがどうしたら映像にできるかということは、かなり突き詰めて考えたと思います。準備は大変で、1本の映画で2回クランクインがあった感じでしたが(笑)。すごく面白かったですね」

──ちなみに演奏の高揚感がマックスに達したところで、カメラがワーッと揺れながら動いていくカットがありますよね。もしかしてあれは、原作の龍のイメージが重なっていたり? 

小林「そうですね(笑)。そうかもしれません」

──最後に、これから映画を観にいくNeoL読者に、監督からひとことメッセージをいただけますか。

小林「月並みですけど、この映画を通じてクラシック音楽の面白さに触れてもらえると嬉しいですね。興味を持たれた方は、ベートーヴェンの『運命』だけでも通しで聴いてもらえたら、世界がぐんと広がると思います。僕自身、この撮影で初めて楽譜を見ながら第1楽章から第4楽章までちゃんと聴いたんですけど、いろんな構造が隠されていてすごく面白かった。指揮者によっても曲の印象が全然変わりますし、聴けば聴くほど奥深い。それで、これを機会にコンサートに足を運んでくれる人が増えたら、もう最高ですね」

 


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1月31日(土)全国ロードショー


公式サイト: http://maestro-movie.com/


配給:松竹/アスミック・エース


(C)2015『マエストロ!』製作委員会


(C)さそうあきら/双葉社


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監督:小林聖太郎(『毎日かあさん』)


脚本:奥寺佐渡子(『八日目の蝉』)


原作:さそうあきら「マエストロ」(双葉社刊)漫画アクション


出演:松坂桃李、miwa/西田敏行ほか


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★ストーリー


若きヴァイオリニスト香坂のもとに舞い込んだ、解散した名門オーケストラ再結成の報。だが、練習場は廃工場、集まったのは再就職先も決まらない「負け組」楽団員たちとアマチュアフルート奏者のあまね。合わせた音はとてもプロとは言えず、不安が募る。


そこに現れた謎の指揮者、天道。再結成を企画した張本人だが、経歴も素性も不明、指揮棒の代わりに大工道具を振り回す。自分勝手な進め方に楽団員たちは猛反発するが、次第に、天道が導く音の深さに皆引き込まれていく。だが、香坂だけは天道の隠された過去を知り、反発を強めてしまう。そして迎えた復活コンサート当日、楽団員たち全員が知らなかった、天道が仕掛けた本当の秘密が明らかになる――。





文 大谷隆之/text  Takayuki Otani

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http://www.neol.jp/culture/

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